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第一章 浮遊霊始めました

9.懺悔

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 予期せぬ訪問者は井出だった。大矢を自殺に追い込み、英介が川に落ちる原因を作ったやつだ。英介の父は一つため息をつくようなしぐさをし玄関へ向かう。まさか井出を迎え入れるつもりなのか!?

「だめだよ、なぜ追い返さないんだ!」

 英介は父の前に立ちはだかり押し戻そうとするが、その行為に何の意味も効果もない。ずるずると玄関前まで押された英介は諦めて脇へよけた。

 父が玄関のチェーンを外さないままドア開けると、その隙間から恨んでも恨み切れない、憎しみしか覚えないあの顔が半分だけ見えた。

「井出のやつ、のこのこと何しに来たんだ!」

 おとなしいというより臆病と言ってもいい英介には珍しく、まさに激昂と言える叫びだ。大矢は後ろで両の拳を握りしめていた。

「井出君、毎日ありがとう」

 英介は耳を疑った。思わず大矢を見ると、同じように戸惑っているのか目を見開いている。

「でもね、私達も普段の生活を取り戻さなくてはいけないし、それは君も同じことだろう。聞くところによると大会も近いらしいじゃないか。だからね、もう来てくれなくていいし責任を感じなくてもいいんだよ」

「いえ、でも……僕がもう少し早く飛び込んでいれば助かったかもしれないんです。本田君の後ろから急に声をかけたせいで驚いて落ちてしまったんだし……」

「それは結果論だ。君の責任ではないよ。だからもう私たちをそっとしておいてくれたまえ」

 父さんはあらかじめ決めておいたセリフの様にスラスラと話していた。井出は何か言いたそうだったが諦めたように頭を下げ玄関先から姿を消した。

 ぼさぼさ頭に無精髭の父さんがまた溜息をつく。またキッチンに戻り、椅子に座ってからコーヒーを飲むその姿はやけに疲れて見える。

 そりゃそうだ。僕らみたいに死んでしまったわけじゃなく、子供を亡くした親としてそれを背負ってこれからも生きていかなくてはならないのだから。

「しかし驚いたな、大矢」

 この変な空気と沈黙に耐えきれず思わず口を開く。

「う、うん……」

 井出が言っていたように確かに僕は勝手に川に落ちた。泳げないのも溺れたのも僕が悪いと言われてしまえば尤もかもしれないし、井出のさっきの言葉に嘘はないのかもしれない。
 
 でも僕らを標的にしていじめをしていたのはどうなんだ。そのせいで僕は溺れてしまったし、大矢も首を吊ってしまった。井出は確かに二人の人間の命を奪ったんだ。

 それなのになんださっきのは。まるでアクシデントだった、うまく対処できなかったから僕が死んだとでも言うのか。そんな言い訳みたいなこと言って自分は悪くなかったとでも思っているのか。

 許せない、絶対に許しちゃいけない。こうなったら何としても井出に仕返ししてやる。生きてる者たちの世界に手出しできないのはわかってるけど、もしかしたら何か方法があるかもしれない。

 僕はそのために、そこに未練を感じてこうやって幽霊としてここにとどまったに違いない。英介は何か忘れていたことを思い出したかのように一人頷いた。

 そうだ、重子さんや先生に聞けば何か知っているかもしれない。病院へ戻って聞いてみよう。それとも井出の様子も気になるから学校へ行こうか。英介はその場で考え込んでしまった。

「英ちゃん、復讐したいって考えてるでしょぉ」

大矢は時々勘が鋭い。とはいえ今このタイミングで考え込んでいれば推測はできるかもしれない。

「うん、なにかできることは無いのかな」

「そうだねぇ、重子さんたちに相談してみるくらいしか思いつかないけどぉ。それよりも……」

「それよりも?」

「どうやってぇ、ここからでよぉかねぇ」

 キッチンを見ると父さんがテーブルに伏せて寝てしまっている様子が見えた。

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