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第二章:オッサンは起業する

17.巣林一枝(そうりんいっし)

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 上へ上へと進んでいくとやがて平らになり、今度は下り坂へと入る。しばらくすると階段のように段々ができている場所を降りて行くことになるのだが、自然に出来たとは思えないほど規則正しい階段状である。

「こんな地形を見ちまうと、やっぱりダンジョンは大昔に誰かが作ったか、今でも作られ続けてるって説を推したくなるねえ。上りはそうでもなかったが下りに入ってからは明らかに人の手が入ってそうじゃないかい」

「どうなんだろうなあ。オレみたいなマッパーにしてみりゃ規則正しいのは歓迎だけどな。誰が作ろうとどんな意図があろうと、稼げるならそれで十分だしよ」

「でも無理して死んじまうやつもいるだろ? そりゃ欲をかいて危ない目に合うのはそいつの勝手だけどさ。ダンジョンが無ければのんびりと畑でも耕してたかもしれないじゃないか」

「それを冒険者であるオマエさんが言うのかい? まるで自分の子供を亡くしたみてえな物言い―― まさかハイヤーン! オメエってやつぁ―― イテッ、イテッ」エンタクの頭上からこぶし大の石ころがいくつも降り注いだ。

「アタイは子供なんて産んだことないさね! まだ若いつもりなんだからおかしなこと言うのやめておくれよ。実は誰にも話してないんだけどさ。幼馴染がいたんだよね。でもそいつはホントちょっとした魔法が使えるだけだったんだ。でも冒険者に憧れちまっておじゃんさ。アタイのせいでもあるんだよね」

「オマエさんが冒険者として相当の実力者だったから、ってこったな? それは仕方ねえよ。誰かしらに憧れるのは止められねえしな。それがたまたま身近なやつだっただけだと割り切るしかねえぜ?」

「まあそうなんだけどさ、だから簡単にはやめられないって思ってたら、いつの間にか冒険しか知らない三十路になっちゃったってわけ。しかもSSSSなんてもんまで背負わされちゃってさ。結構辛いって言うか楽じゃないよ」

 しんみりした話をしながらも、ハイヤーンはコウモリを落としている。気配を感じ取り、視界の端で捉えてすかさず魔法を撃ち込むのだからさすがと言うほかない。

「高ランクってのも傍から見るより楽じゃないか。だが―― まあいい、今はランクなんて関係ねえんだから探索を楽しめゃいいのさ。せっかく始めて来た場所なんだからな」

『おいオッサン、こそばゆくなるような口説き文句言ってるとこ悪いがそろそろ最深部だぜ? ハイヤーンに任せちゃっていいんだろ?』

「おっと、もうこんなとこか。それじゃハイヤーンに片付けてもらうとしよう。表皮を傷つけないように頼むぜ? この程度でも近隣で取れる素材の中では最上位品なんだからよ」

「それを聞いただけで、アンタがどれ程ぬるま湯暮らししてるかわかるってもんさね。本当にそんなんでいいのかはアタイにわかんないけどさ。いざって時に誰かを守りきれないとか困っちゃうだろうに」

「人には分相応の暮らしってもんがあらあな。それにハイヤーンならオレよりも強いんだから全く問題ないだろうぜ……―――― いや、まて、今のはそう言う意味じゃなくてだな、この場でパーティーを組んでる面子って意味であって今後とか将来の話とかそう言うわけじゃねえんだから勘違いすんなよな!?」

「は、はああっ!? か、か、かかか、勘違いなんてしてないし。なにも意識なんてしてないし。アタイのが強いのは事実だし、オッサンごときに何とも思わないし、くたびれたオッサンのくせにたまにいいこと言ってるとか思ってないし、この村で再会したアンタのほうが生き生きして見えるだなんて思ってないし…… このバカヤロウッ!」ハイヤーンは耳まで赤くしながら大きく腕を振る。

『ドスンッ!』「いってええええ!」エンタクの頭上からは、今度は石つぶてではなく頭の大きさほどある岩が落ちてきた。まったく何度同じようなやり取りをすれば気が済むのかと、クプルは呆れながら尻を掻いてバカにするような仕草を見せた。

 だがお遊びもここまで、いよいよ最深部に現れる洞穴主ダンジョンボスのお出ましだ。どのダンジョンでも概ね共通しているのは、最深部だったり区切りのいい場所だったりには強めのモンスターが現れる。

 倒せないなら逃げればいいのだが出現場所は決まっているので、そこへいくこととボスを倒すことは同じ目的である。つまりよほどの初心者や背伸びをし過ぎたパーティーでなければやることは一つだ。

 このグノルスス洞穴最深部に現れる相手は腹広蛇ツチコノという大型の蛇なのだが、一般的な蛇と異なり全長はそう長くないのが特徴である。エンタクのようにずんぐりむっくりした体型を伸び縮みさせながら飛び込み、相手へと噛みつく攻撃が主体である。

 強さの目安としては、FランクからEランクへ上がろうかという冒険者が腕試しをするのにちょうど良い程度だ。すなわちSSSSランクのハイヤーンにとってはコウモリ同様その他大勢の雑魚に過ぎない。

 かと言って適当に片づけたのでは見せ場もないと考えたハイヤーンは、クプルが得意としている空気系の魔法を使って、幅広蛇を瞬時に二枚下ろしにした。そのまま背と腹の皮を剥いで四つに分けたら出来上がりである。

『はあ、すげえ手際の良さだな。あんなことがオレサマでも出来るようになるのかねえ』

「どうだろうなあ、ハイヤーンは王国でもトップクラスの天才だからな。本来は俺みてえな半端なやつと組むこたぁねんだからよ。いやはや見事なモンだったぜ」

「やっぱり精霊語を覚えないと不便だね。悪口言われてるかと思うと気が気じゃないしさあ。でも今のは多分褒め言葉だと思っておくさね」

「うむ、本当に褒めてたから喜んでいいぞ。やっぱオメエさんはすげえよ。俺に魔法はさっぱりわかんが、ナイフで同じことやれって言われても無理だからなあ」

 この過剰なまでの褒め言葉にまたもや紅潮したハイヤーンだが、さすがに今度は石つぶてを降らせたりはしない。第一そんなことをしている場合でもない。

 なにせ洞窟内の一部が不自然に輝き始めているのだから。もちろん三人は何事なのかとその光を見つめるのだった。


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そうりん-いっし【巣林一枝】  
 小さい家に満足すること。分相応の暮らしに満足すること。不必要に他の物まで求めようとせず、分相応を守るたとえ。鳥は木のたくさんある林に巣を作っても、自分で使うのは一本の枝だけであるという意から。
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