上 下
2 / 46
序章:オッサンの受難

2.危急存亡(ききゅうそんぼう)

しおりを挟む
 馬車が『ガタン、ガッタン』と激しく揺れたことでエンタクは目を覚ました。その瞬間、自分が乗り物に揺られていることに驚き記憶を探る。

『なんでオレは馬車に乗ってるんだ!? ――たしか昨晩はポキリの店で呑んでたはず…… ああそうだ、そこでもバカにされたから王都を出ることにしたんだったな。と言うことは今どっかへ向かっているのか』

 前方を覗き込むとあまり整備が進んでいない荒れた道が続いているのが目に入った。つまりここは田舎道と言うことになるが、王都から比べればどこも田舎に決まっているのだから焦点はそこではない。

「なあ御者ぎょしゃのアンちゃんよ? なんで北へ向かってるんだ? 王都からすぐ北へ行っても山しかないだろうに。それにこんな道全く記憶にないが、一体どこへ向かってるんだ?」

「ああ、アンタやっと起きたのかい。それどころじゃないんですよ、追われてるんですから今忙しいんです、細かい話は後にしてくださいや」

「追われてる? まさか王国内にまだ野盗がいるとは驚きの命知らずだな。早く騎士団を呼べばいいだろうに。王都の近くならすぐに来てくれるだろ?」ナロパ王国は治安維持のために犯罪者をすぐ処刑することで有名だ。その効果は絶大で、強盗や追剥の数はかなり少ない。

「王都の近く? バカ言っちゃいけない、アンタは三日も眠ってたんだ、ここはもう山を越えた王国の端っこなんだぜ? 騎士団はすでに呼んだがまだ来てくれてないんだよ」

「ふむ、それは困ったな。つまり行き先はムサイムサ村ってとこか? 何もねえところだと聞いているが、行ったことねえからちょいと楽しみではあるな」

「そんなのんきなこと言ってないで、アンタも冒険者なら何とかしてみようとか思わんのかい? 荷台に鉄球が積んであるからヤツラへぶつけてくれりゃいいんだ。アンタでも時間稼ぎくらい出来るだろ?」

 この言葉にエンタクは愕然がくぜんとした。つまりこの御者はエンタクが何者で何をやらかしたのか知っていると言うことになる。正確にはやらかしたのは彼ではなく『回廊の冥王』なのではあるが、やじ馬にとってそんなことは関係ない。

 それにしてもいくら辺境である北の山を越えたからと言って、騎士団がすぐに来てくれないのは問題だしおかしな話だ。交易馬車には騎士団へ救援要請をするためにボチセコ魔道具が搭載されているのだから。

「おい、騎士団へ連絡してからどれくれえ経つんだ? この辺りにも拠点はあるはずだがなあ。まさか壊れてるんじゃねえだろうな? 魔力玉を補充してないとかありがちだぞ?」

「まさかそんなはずないぜ、コイツがいれば魔力玉はいらねえって言われて買って来たんだからな。ほら、何とかしろ、コイツ寝てんじゃねえ!」御者は興奮しておかしな入れ物を叩いている。それはまるで猛獣用の檻の模型みたいなものだった。

「ほお、コイツは妖精か? 珍しいもんを持ってるじゃねえか。これが狙いだったりしてな。お前さん誰かに自慢したり言いふらしたりしたんだろ。確かにちゃんと働いてくれりゃ灯りも調理もその他なんにでも使い放題だろ」

「そうさ、だから魔力玉が無くてもポチセコは作動したはず、だよなあ」

「他に試したことはあるか? ランタンを灯させたとか、魔導コンロを動かしてみたとかそう言う間違いないと思えるヤツだよ。俺の知る限り妖精なら性別や大きさは問わないとおもうが、契約がきちんとできてねえと言うことは聞いてくれねえぞ?」

「そんなバカなことあるかってんだ。オイラはコイツを手に入れるために一年分の蓄えを突っ込んだんだぜ?」

「随分と偉そうなことを言ってるがな? 妖精を買うなんて冒険者でも相当稼いでる奴だけだぜ? 言っちゃ悪いが御者の稼ぎを一年分溜めたくらいで買えるはずがねえシロモンさ。どうせ急いでるから格安にするだとかうまいこと言われて騙されたんだろうよ。いいから早くポチセコへ魔力玉を突っ込んで救援を呼べよ、のんびりしてると金だけじゃなく命まで無くなっちまうぞ?」

「そ、そんなバカな! じゃあ俺はどうすりゃいいんだよ。騎士団は来ねえ、客の冒険者は役立たず、蓄えは無くなったってよお、コイツを買うのに魔力玉も売っぱらっちまったんだあああ……」

 役立たず扱いだけは余計だと思ったエンタクだが、ここまで綺麗にやられたとあれば御者が嘆くもの無理はない。そのうち馬が力尽きて足を止めてしまったら、妖精はやすやす奪われてしまうだろう。それにこのままでは口封じで殺されてしまう可能性が高い。

 おそらく襲ってきている連中はこの妖精を売ったヤツラだろうと、エンタクは当たりを付けていた。有り金を巻き上げておいて、さらに不足分だと魔力玉まで取り上げておけば騎士団を呼ばれることもない。

 全てを終えたら妖精を回収して繰り返すだけ。おまけに全員亡き者にすれば、この火種と薪売りマッチポンプ詐欺が知られることもない。

「ヤレヤレ、それじゃ助けが来ねえことは確定なんじゃねえか。つまりアンちゃんの命もここまでってこった。オレはただの客だし、飛び降りて逃げるから後は頑張ってくれよ」

「ちょ、ちょっと待ってくれよ、一人にするのは勘弁してくれ! アンタはSSSSパーティーにいた冒険者なんだろ? あんなヤツラくらい倒せないのかよ!」

「バカ言っちゃいけねえよ、多勢に無勢って言葉知らねえのか? 大体オレのこと知ってるなら無理なことくれえわかるだろうに。確かにAランク冒険者だが、しょせんはただのマッパーでしかねえんだ、無理を言わねえでくれ。だがな? 報酬次第では出来るだけのことをしてやってもいいぜ?」

「報酬って言ったってオイラにゃもう金はねえ。あるのはこの馬車と運んでる荷物くらいなもんだ。でも届けなかったら一銭にもならないし、ムサイムサ村で待ってる業者との取引があるから持ってかれたら困るんだよ」

「なに言ってんだ、いいもんがあるじゃねえか。このチッコイやつ妖精がよ。なあに、あいつらを何とかすりゃ払った金は戻ってくるし報償金も出るんだ。充分儲けが出るだろうよ」

 エンタクはこの分の悪そうな商談を楽しそうに持ちかけた。


ー=+--*--*--+=-ー=+--*--*--+=-

ききゅう-そんぼう【危急存亡】  
 危険が切迫して存続するか滅びるか、生き残れるか死ぬかの瀬戸際のこと。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうも、命中率0%の最弱村人です 〜隠しダンジョンを周回してたらレベル∞になったので、種族進化して『半神』目指そうと思います〜

サイダーボウイ
ファンタジー
この世界では15歳になって成人を迎えると『天恵の儀式』でジョブを授かる。 〈村人〉のジョブを授かったティムは、勇者一行が訪れるのを待つ村で妹とともに仲良く暮らしていた。 だがちょっとした出来事をきっかけにティムは村から追放を言い渡され、モンスターが棲息する森へと放り出されてしまう。 〈村人〉の固有スキルは【命中率0%】というデメリットしかない最弱スキルのため、ティムはスライムすらまともに倒せない。 危うく死にかけたティムは森の中をさまよっているうちにある隠しダンジョンを発見する。 『【煌世主の意志】を感知しました。EXスキル【オートスキップ】が覚醒します』 いきなり現れたウィンドウに驚きつつもティムは試しに【オートスキップ】を使ってみることに。 すると、いつの間にか自分のレベルが∞になって……。 これは、やがて【種族の支配者(キング・オブ・オーバーロード)】と呼ばれる男が、最弱の村人から最強種族の『半神』へと至り、世界を救ってしまうお話である。

全能で楽しく公爵家!!

山椒
ファンタジー
平凡な人生であることを自負し、それを受け入れていた二十四歳の男性が交通事故で若くして死んでしまった。 未練はあれど死を受け入れた男性は、転生できるのであれば二度目の人生も平凡でモブキャラのような人生を送りたいと思ったところ、魔神によって全能の力を与えられてしまう! 転生した先は望んだ地位とは程遠い公爵家の長男、アーサー・ランスロットとして生まれてしまった。 スローライフをしようにも公爵家でできるかどうかも怪しいが、のんびりと全能の力を発揮していく転生者の物語。 ※少しだけ設定を変えているため、書き直し、設定を加えているリメイク版になっています。 ※リメイク前まで投稿しているところまで書き直せたので、二章はかなりの速度で投稿していきます。

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
ファンタジー
HOT 1位!ファンタジー 3位! ありがとうございます!  父親が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 その他、多数投稿しています! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

日本帝国陸海軍 混成異世界根拠地隊

北鴨梨
ファンタジー
太平洋戦争も終盤に近付いた1944(昭和19)年末、日本海軍が特攻作戦のため終結させた南方の小規模な空母機動部隊、北方の輸送兼対潜掃討部隊、小笠原増援輸送部隊が突如として消失し、異世界へ転移した。米軍相手には苦戦続きの彼らが、航空戦力と火力、機動力を生かして他を圧倒し、図らずも異世界最強の軍隊となってしまい、その情勢に大きく関わって引っ掻き回すことになる。

誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!

ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく  高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。  高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。  しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。  召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。 ※カクヨムでも連載しています

異世界でネットショッピングをして商いをしました。

ss
ファンタジー
異世界に飛ばされた主人公、アキラが使えたスキルは「ネットショッピング」だった。 それは、地球の物を買えるというスキルだった。アキラはこれを駆使して異世界で荒稼ぎする。 これはそんなアキラの爽快で時には苦難ありの異世界生活の一端である。(ハーレムはないよ) よければお気に入り、感想よろしくお願いしますm(_ _)m hotランキング23位(18日11時時点) 本当にありがとうございます 誤字指摘などありがとうございます!スキルの「作者の権限」で直していこうと思いますが、発動条件がたくさんあるので直すのに時間がかかりますので気長にお待ちください。

異世界転移「スキル無!」~授かったユニークスキルは「なし」ではなく触れたモノを「無」に帰す最強スキルだったようです~

夢・風魔
ファンタジー
林間学校の最中に召喚(誘拐?)された鈴村翔は「スキルが無い役立たずはいらない」と金髪縦ロール女に言われ、その場に取り残された。 しかしそのスキル鑑定は間違っていた。スキルが無いのではなく、転移特典で授かったのは『無』というスキルだったのだ。 とにかく生き残るために行動を起こした翔は、モンスターに襲われていた双子のエルフ姉妹を助ける。 エルフの里へと案内された翔は、林間学校で用意したキャンプ用品一式を使って彼らの食生活を改革することに。 スキル『無』で時々無双。双子の美少女エルフや木に宿る幼女精霊に囲まれ、翔の異世界生活冒険譚は始まった。 *小説家になろう・カクヨムでも投稿しております(完結済み

処理中です...