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序章:オッサンの受難
2.危急存亡(ききゅうそんぼう)
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馬車が『ガタン、ガッタン』と激しく揺れたことでエンタクは目を覚ました。その瞬間、自分が乗り物に揺られていることに驚き記憶を探る。
『なんでオレは馬車に乗ってるんだ!? ――たしか昨晩はポキリの店で呑んでたはず…… ああそうだ、そこでもバカにされたから王都を出ることにしたんだったな。と言うことは今どっかへ向かっているのか』
前方を覗き込むとあまり整備が進んでいない荒れた道が続いているのが目に入った。つまりここは田舎道と言うことになるが、王都から比べればどこも田舎に決まっているのだから焦点はそこではない。
「なあ御者のアンちゃんよ? なんで北へ向かってるんだ? 王都からすぐ北へ行っても山しかないだろうに。それにこんな道全く記憶にないが、一体どこへ向かってるんだ?」
「ああ、アンタやっと起きたのかい。それどころじゃないんですよ、追われてるんですから今忙しいんです、細かい話は後にしてくださいや」
「追われてる? まさか王国内にまだ野盗がいるとは驚きの命知らずだな。早く騎士団を呼べばいいだろうに。王都の近くならすぐに来てくれるだろ?」ナロパ王国は治安維持のために犯罪者をすぐ処刑することで有名だ。その効果は絶大で、強盗や追剥の数はかなり少ない。
「王都の近く? バカ言っちゃいけない、アンタは三日も眠ってたんだ、ここはもう山を越えた王国の端っこなんだぜ? 騎士団はすでに呼んだがまだ来てくれてないんだよ」
「ふむ、それは困ったな。つまり行き先はムサイムサ村ってとこか? 何もねえところだと聞いているが、行ったことねえからちょいと楽しみではあるな」
「そんなのんきなこと言ってないで、アンタも冒険者なら何とかしてみようとか思わんのかい? 荷台に鉄球が積んであるからヤツラへぶつけてくれりゃいいんだ。アンタでも時間稼ぎくらい出来るだろ?」
この言葉にエンタクは愕然とした。つまりこの御者はエンタクが何者で何をやらかしたのか知っていると言うことになる。正確にはやらかしたのは彼ではなく『回廊の冥王』なのではあるが、やじ馬にとってそんなことは関係ない。
それにしてもいくら辺境である北の山を越えたからと言って、騎士団がすぐに来てくれないのは問題だしおかしな話だ。交易馬車には騎士団へ救援要請をするためにボチセコが搭載されているのだから。
「おい、騎士団へ連絡してからどれくれえ経つんだ? この辺りにも拠点はあるはずだがなあ。まさか壊れてるんじゃねえだろうな? 魔力玉を補充してないとかありがちだぞ?」
「まさかそんなはずないぜ、コイツがいれば魔力玉はいらねえって言われて買って来たんだからな。ほら、何とかしろ、コイツ寝てんじゃねえ!」御者は興奮しておかしな入れ物を叩いている。それはまるで猛獣用の檻の模型みたいなものだった。
「ほお、コイツは妖精か? 珍しいもんを持ってるじゃねえか。これが狙いだったりしてな。お前さん誰かに自慢したり言いふらしたりしたんだろ。確かにちゃんと働いてくれりゃ灯りも調理もその他なんにでも使い放題だろ」
「そうさ、だから魔力玉が無くてもポチセコは作動したはず、だよなあ」
「他に試したことはあるか? ランタンを灯させたとか、魔導コンロを動かしてみたとかそう言う間違いないと思えるヤツだよ。俺の知る限り妖精なら性別や大きさは問わないとおもうが、契約がきちんとできてねえと言うことは聞いてくれねえぞ?」
「そんなバカなことあるかってんだ。オイラはコイツを手に入れるために一年分の蓄えを突っ込んだんだぜ?」
「随分と偉そうなことを言ってるがな? 妖精を買うなんて冒険者でも相当稼いでる奴だけだぜ? 言っちゃ悪いが御者の稼ぎを一年分溜めたくらいで買えるはずがねえシロモンさ。どうせ急いでるから格安にするだとかうまいこと言われて騙されたんだろうよ。いいから早くポチセコへ魔力玉を突っ込んで救援を呼べよ、のんびりしてると金だけじゃなく命まで無くなっちまうぞ?」
「そ、そんなバカな! じゃあ俺はどうすりゃいいんだよ。騎士団は来ねえ、客の冒険者は役立たず、蓄えは無くなったってよお、コイツを買うのに魔力玉も売っぱらっちまったんだあああ……」
役立たず扱いだけは余計だと思ったエンタクだが、ここまで綺麗にやられたとあれば御者が嘆くもの無理はない。そのうち馬が力尽きて足を止めてしまったら、妖精はやすやす奪われてしまうだろう。それにこのままでは口封じで殺されてしまう可能性が高い。
おそらく襲ってきている連中はこの妖精を売ったヤツラだろうと、エンタクは当たりを付けていた。有り金を巻き上げておいて、さらに不足分だと魔力玉まで取り上げておけば騎士団を呼ばれることもない。
全てを終えたら妖精を回収して繰り返すだけ。おまけに全員亡き者にすれば、この火種と薪売り詐欺が知られることもない。
「ヤレヤレ、それじゃ助けが来ねえことは確定なんじゃねえか。つまりアンちゃんの命もここまでってこった。オレはただの客だし、飛び降りて逃げるから後は頑張ってくれよ」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ、一人にするのは勘弁してくれ! アンタはSSSSパーティーにいた冒険者なんだろ? あんなヤツラくらい倒せないのかよ!」
「バカ言っちゃいけねえよ、多勢に無勢って言葉知らねえのか? 大体オレのこと知ってるなら無理なことくれえわかるだろうに。確かにAランク冒険者だが、しょせんはただのマッパーでしかねえんだ、無理を言わねえでくれ。だがな? 報酬次第では出来るだけのことをしてやってもいいぜ?」
「報酬って言ったってオイラにゃもう金はねえ。あるのはこの馬車と運んでる荷物くらいなもんだ。でも届けなかったら一銭にもならないし、ムサイムサ村で待ってる業者との取引があるから持ってかれたら困るんだよ」
「なに言ってんだ、いいもんがあるじゃねえか。このチッコイやつがよ。なあに、あいつらを何とかすりゃ払った金は戻ってくるし報償金も出るんだ。充分儲けが出るだろうよ」
エンタクはこの分の悪そうな商談を楽しそうに持ちかけた。
ー=+--*--*--+=-ー=+--*--*--+=-
ききゅう-そんぼう【危急存亡】
危険が切迫して存続するか滅びるか、生き残れるか死ぬかの瀬戸際のこと。
『なんでオレは馬車に乗ってるんだ!? ――たしか昨晩はポキリの店で呑んでたはず…… ああそうだ、そこでもバカにされたから王都を出ることにしたんだったな。と言うことは今どっかへ向かっているのか』
前方を覗き込むとあまり整備が進んでいない荒れた道が続いているのが目に入った。つまりここは田舎道と言うことになるが、王都から比べればどこも田舎に決まっているのだから焦点はそこではない。
「なあ御者のアンちゃんよ? なんで北へ向かってるんだ? 王都からすぐ北へ行っても山しかないだろうに。それにこんな道全く記憶にないが、一体どこへ向かってるんだ?」
「ああ、アンタやっと起きたのかい。それどころじゃないんですよ、追われてるんですから今忙しいんです、細かい話は後にしてくださいや」
「追われてる? まさか王国内にまだ野盗がいるとは驚きの命知らずだな。早く騎士団を呼べばいいだろうに。王都の近くならすぐに来てくれるだろ?」ナロパ王国は治安維持のために犯罪者をすぐ処刑することで有名だ。その効果は絶大で、強盗や追剥の数はかなり少ない。
「王都の近く? バカ言っちゃいけない、アンタは三日も眠ってたんだ、ここはもう山を越えた王国の端っこなんだぜ? 騎士団はすでに呼んだがまだ来てくれてないんだよ」
「ふむ、それは困ったな。つまり行き先はムサイムサ村ってとこか? 何もねえところだと聞いているが、行ったことねえからちょいと楽しみではあるな」
「そんなのんきなこと言ってないで、アンタも冒険者なら何とかしてみようとか思わんのかい? 荷台に鉄球が積んであるからヤツラへぶつけてくれりゃいいんだ。アンタでも時間稼ぎくらい出来るだろ?」
この言葉にエンタクは愕然とした。つまりこの御者はエンタクが何者で何をやらかしたのか知っていると言うことになる。正確にはやらかしたのは彼ではなく『回廊の冥王』なのではあるが、やじ馬にとってそんなことは関係ない。
それにしてもいくら辺境である北の山を越えたからと言って、騎士団がすぐに来てくれないのは問題だしおかしな話だ。交易馬車には騎士団へ救援要請をするためにボチセコが搭載されているのだから。
「おい、騎士団へ連絡してからどれくれえ経つんだ? この辺りにも拠点はあるはずだがなあ。まさか壊れてるんじゃねえだろうな? 魔力玉を補充してないとかありがちだぞ?」
「まさかそんなはずないぜ、コイツがいれば魔力玉はいらねえって言われて買って来たんだからな。ほら、何とかしろ、コイツ寝てんじゃねえ!」御者は興奮しておかしな入れ物を叩いている。それはまるで猛獣用の檻の模型みたいなものだった。
「ほお、コイツは妖精か? 珍しいもんを持ってるじゃねえか。これが狙いだったりしてな。お前さん誰かに自慢したり言いふらしたりしたんだろ。確かにちゃんと働いてくれりゃ灯りも調理もその他なんにでも使い放題だろ」
「そうさ、だから魔力玉が無くてもポチセコは作動したはず、だよなあ」
「他に試したことはあるか? ランタンを灯させたとか、魔導コンロを動かしてみたとかそう言う間違いないと思えるヤツだよ。俺の知る限り妖精なら性別や大きさは問わないとおもうが、契約がきちんとできてねえと言うことは聞いてくれねえぞ?」
「そんなバカなことあるかってんだ。オイラはコイツを手に入れるために一年分の蓄えを突っ込んだんだぜ?」
「随分と偉そうなことを言ってるがな? 妖精を買うなんて冒険者でも相当稼いでる奴だけだぜ? 言っちゃ悪いが御者の稼ぎを一年分溜めたくらいで買えるはずがねえシロモンさ。どうせ急いでるから格安にするだとかうまいこと言われて騙されたんだろうよ。いいから早くポチセコへ魔力玉を突っ込んで救援を呼べよ、のんびりしてると金だけじゃなく命まで無くなっちまうぞ?」
「そ、そんなバカな! じゃあ俺はどうすりゃいいんだよ。騎士団は来ねえ、客の冒険者は役立たず、蓄えは無くなったってよお、コイツを買うのに魔力玉も売っぱらっちまったんだあああ……」
役立たず扱いだけは余計だと思ったエンタクだが、ここまで綺麗にやられたとあれば御者が嘆くもの無理はない。そのうち馬が力尽きて足を止めてしまったら、妖精はやすやす奪われてしまうだろう。それにこのままでは口封じで殺されてしまう可能性が高い。
おそらく襲ってきている連中はこの妖精を売ったヤツラだろうと、エンタクは当たりを付けていた。有り金を巻き上げておいて、さらに不足分だと魔力玉まで取り上げておけば騎士団を呼ばれることもない。
全てを終えたら妖精を回収して繰り返すだけ。おまけに全員亡き者にすれば、この火種と薪売り詐欺が知られることもない。
「ヤレヤレ、それじゃ助けが来ねえことは確定なんじゃねえか。つまりアンちゃんの命もここまでってこった。オレはただの客だし、飛び降りて逃げるから後は頑張ってくれよ」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ、一人にするのは勘弁してくれ! アンタはSSSSパーティーにいた冒険者なんだろ? あんなヤツラくらい倒せないのかよ!」
「バカ言っちゃいけねえよ、多勢に無勢って言葉知らねえのか? 大体オレのこと知ってるなら無理なことくれえわかるだろうに。確かにAランク冒険者だが、しょせんはただのマッパーでしかねえんだ、無理を言わねえでくれ。だがな? 報酬次第では出来るだけのことをしてやってもいいぜ?」
「報酬って言ったってオイラにゃもう金はねえ。あるのはこの馬車と運んでる荷物くらいなもんだ。でも届けなかったら一銭にもならないし、ムサイムサ村で待ってる業者との取引があるから持ってかれたら困るんだよ」
「なに言ってんだ、いいもんがあるじゃねえか。このチッコイやつがよ。なあに、あいつらを何とかすりゃ払った金は戻ってくるし報償金も出るんだ。充分儲けが出るだろうよ」
エンタクはこの分の悪そうな商談を楽しそうに持ちかけた。
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ききゅう-そんぼう【危急存亡】
危険が切迫して存続するか滅びるか、生き残れるか死ぬかの瀬戸際のこと。
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