私は白い結婚を勘違いしていたみたいです~夫婦の仮面は剥がれない、三十路女性の孤独と友情と愛憎~

釈 余白(しやく)

文字の大きさ
上 下
16 / 16

16.白い……

しおりを挟む
 なんてことをしてしまったのだろう。いくら感情が高ぶったからと言ってカトリーヌを刺してしまうとはやり過ぎたで許される話ではない。ああ、カトリーヌ、お願いだから無事でいて。

 私はそう思っているのだが、体は言うことを効かず恐怖のままに走り続けていた。町を出る? その後はどこへ? 自首した方がいいだろうか、きっと死刑になってしまう。怖い、恐怖だけが私を突き動かす。

 町はずれ近くまでやって来たところで、この場所に見覚えがあることに気が付いた。ここは――

「バーバラ? こんなところで何をしているんだ? まさか僕を探しているわけじゃないと思うけど、困ったことがあるなら聞こうじゃないか」まさかのハズモンドであった。そう言えばここはあの日に通った記憶がある。

「は、ハズモンド!? 私大変なことをしてしまったの。グラムエルとカトリーヌがいい仲になっているからと嫉妬してしまって…… 言い合いになっているうちに思わず彼女を刺してしまったの」とにかく恐怖に追われていた私は、懺悔の意味も込めて事実を吐き出したかった。この際、相手は誰でも良かったのだ。

「なんだって!? なんでそんな恐ろしいことをしてしまったんだ!?」一瞬笑ったようにも見えたが、彼の優しい顔立ちがそう勘違いさせてしまったのだろう。私は何も言えずに立ち尽していると、ハズモンドは私の肩を掴んで揺さぶってきた。

「いいかい? 彼女を傷つけてしまったのはもう仕方がない。しかしまだ間に合うのなら助けに向かうべきじゃないのか? さあ行こう、傷は浅かったと祈りながらでもいい、とにかく向かうんだ」確かに私の力でそれほど深く刺せないだろう。すぐに帰って医者へ連れて行くか呼びに行けば間に合うかもしれない。

 私はハズモンドに勇気づけられたおかげで、逃げ出すのではなく家へ向かって走る力を得た。息が切れて苦しいが、傷を負ったカトリーヌはもっと苦しいに違いない。それに比べたら傷つけた私の苦しみなんてどうでもいいことだ。


 ようやく家に帰りつくと、すでにカトリーヌはいなかった。いたのは椅子に腰かけて呆然としているグラムエルだけだ。

「あの…… グラムエル…… カトリーヌは? 私大変なことをしてしまったわ。どうしたらいいのかわからない……」何もできないことはわかっているが、それでもどうにか償いをすべきだともわかっていた。だがなにができるのだろうか。

「バーバラ…… キミはなぜあんなことを…… 大体、彼女の髪の毛をやたらと気にしていたのはなぜなんだ? 髪の毛くらい生活していればいくらでも落ちているだろうに」この期に及んでまだそんなことをいうのかと、私は怒りに震えた。カトリーヌを刺してしまった私がこんなことを言うのはずうずうしいが、きっかけを作ったのはグラムエルとカトリーヌなのだ。

「何を言っているの!? カトリーヌの金色の髪はあなたのベッドで集めた物なのよ? なんでそんな風にとぼけていられるの? ねえ答えて、グラムエル!」今こんな言い争いをしていても意味がないことは百も承知だが、聞かれたことには応えなければならないと感じ、思わず金切り声を張り上げてしまった。

「キミこそ何を言っているんだ? 僕のベッドにカトリーヌの髪だって!? そんなことはあり得ないよ、キミは覚えていないのかい? カトリーヌがここへ越してきてくれた日に、僕の部屋は彼女へ明け渡したことを。それ以来僕はリビングのソファで寝ているんだからね」それを聞いた私は息が苦しくなりその場へへたり込んでしまった。

「まさか…… そんな…… 私は勘違いしていたの? それで嫉妬してしまったと言うの? しまいには彼女を…… ああ、カトリーヌ、私のことを想ってくれていたのになんで私は……」後悔しても始まらない。だが涙は次々に溢れ出てくるのだ。

「そうよ、カトリーヌはどこへ行ってしまったの? まさか自分で歩いて出掛けたわけではないでしょう?」

「当たり前だろう? 彼女は呼びに行った医者が運んで行ったよ。邪魔になるから誰も来るなと言われ置いてきぼりさ…… いいかい? いまさら言っても仕方ないが、彼女は本当に僕の友人であり同僚なんだ。あんなすばらしい研究者はそうそういない。新種薬草の研究を一緒にやっているから、キミには話せないことばかりだったけどね」

 本当に今さら言われても遅すぎた。私の心はもうずたずたに壊れている。今はどうするべきかもわからず床に張り付いて動けない。まさか架空の行為に嫉妬してしまっていたなんて、なんでバカなことをしたんだろうか。ちゃんと信じることができていたなら全然違う結果になっていたに違いない。

 そんな後悔はなんにもならず、彼女が無事であったならいくらでも謝ろう。そして罪を償うのだ。今度こそ人を信用することを大切にすると誓う。だからお願い神様、カトリーヌを助けてください。代わりに私の命を捧げますから。



◇◇◇



『お願いします、お願いだから助けて―― カトリーヌ!』

 その声が聞こえなくなると、彼女の上には白いシーツがかけられた。



◇◇◇


 墓石にはカトリーヌここに眠ると彫られている。正面には彼の同僚であり友人、そしてその横へ寄り添うように恋人が立っていた。

「カトリーヌ、ついさっき全てが終わったよ。最後はキミの名を呼んでいたような気がする。それが懺悔だったのか、まさかとは思うが恨みだったのかはわからないけど無様な最期だったよ。それにしても、もっと早くあの薬草の研究ができていたならキミは助かったもしれない。無力で浅はかで愚かな僕を許しておくれ。」

「グラムエル…… あまり気にし過ぎないように。過ぎたことは考えすぎてもどうにもできないんだからさ」

「ありがとう、今はキミの支えがとてもうれしいよ。これからもよろしく頼む。ああ、僕があんな女に夫婦偽装を頼まなければ…… そうしたらこんな悲劇は起こらなかっただろうと思うと、悔やんでも悔やみきれないよ」

「すまない、僕のためにこんな結末となってしまって……」

「大丈夫、キミのせいではないさハズモンド、せっかくなんとかしようとしてくれたのに上手くいかなかったしな。だから女ってやつは扱いづらくて嫌なんだ。僕を本当に理解してくれるのはキミだけさ、愛しているよハズモンド」

「僕も愛してる、さあグラムエル、帰って暖かいものでも食べよう。今日は僕が作るよ。ホットワインとあわせるのもいいかもしれないな」
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

おしどり夫婦を演じていたら、いつの間にか本当に溺愛されていました。

木山楽斗
恋愛
ラフィティアは夫であるアルフェルグとおしどり夫婦を演じていた。 あくまで割り切った関係である二人は、自分達の評価を上げるためにも、対外的にはいい夫婦として過ごしていたのである。 実際の二人は、仲が悪いという訳ではないが、いい夫婦というものではなかった。 食事も別なくらいだったし、話すことと言えば口裏を合わせる時くらいだ。 しかしともに過ごしていく内に、二人の心境も徐々に変化していっていた。 二人はお互いのことを、少なからず意識していたのである。 そんな二人に、転機が訪れる。 ラフィティアがとある友人と出掛けることになったのだ。 アルフェルグは、その友人とラフィティアが特別な関係にあるのではないかと考えた。 そこから二人の関係は、一気に変わっていくのだった。

結婚しましたが、愛されていません

うみか
恋愛
愛する人との結婚は最悪な結末を迎えた。 彼は私を毎日のように侮辱し、挙句の果てには不倫をして離婚を叫ぶ。 為す術なく離婚に応じた私だが、その後国王に呼び出され……

氷の花嫁~偽りの契約と真実の愛

ゆる
恋愛
名門伯爵家の令嬢として生まれたルナ・モンディアルは、家族の借金を清算するため、冷酷な伯爵・エヴァンスとの「白い結婚」を余儀なくされる。愛も温もりもない形だけの婚姻生活に耐え続ける日々。そこへ偶然出会ったのは、公爵家の御曹司アデル・ヴェイル。冷たく見える態度の裏に優しさを秘めた彼の存在が、徐々にルナの心を溶かしていく。 しかし、エヴァンスは裏社会と手を結び、危険な取引を進めていた。さらにルナの実家をも支配しようと画策するエヴァンスに対し、ルナは“証拠”を握り、孤独な戦いへと身を投じる。やがて彼女は、アデルと共に立ち上がり、絶望の檻から抜け出す術を探していくが――。 氷のように冷えきった契約結婚が崩れるとき、真実の愛は芽生えるのか。愛情なき結婚の裏に潜む陰謀と、運命を切り開くヒロインの決意を描く、胸熱のラブファンタジー。

無口な婚約者の本音が甘すぎる

群青みどり
恋愛
リリアンには幼少期から親に決められた婚約者がいた。 十八歳になった今でも月に一度は必ず会い、社交の場は二人で参加。互いに尊重し合い、関係は良好だった。 しかしリリアンは婚約者であるアクアに恋をしていて、恋愛的に進展したいと思っていた。 無口で有名なアクアが何を考えているのかわからずにいたある日、何気なく尋ねた質問を通して、予想外の甘い本音を知り── ※全5話のさらっと読める短編です。

愛すべきマリア

志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。 学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。 家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。 早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。 頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。 その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。 体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。 しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。 他サイトでも掲載しています。 表紙は写真ACより転載しました。

【短編】旦那様、2年後に消えますので、その日まで恩返しをさせてください

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
「二年後には消えますので、ベネディック様。どうかその日まで、いつかの恩返しをさせてください」 「恩? 私と君は初対面だったはず」 「そうかもしれませんが、そうではないのかもしれません」 「意味がわからない──が、これでアルフの、弟の奇病も治るのならいいだろう」 奇病を癒すため魔法都市、最後の薬師フェリーネはベネディック・バルテルスと契約結婚を持ちかける。 彼女の目的は遺産目当てや、玉の輿ではなく──?

「いなくても困らない」と言われたから、他国の皇帝妃になってやりました

ネコ
恋愛
「お前はいなくても困らない」。そう告げられた瞬間、私の心は凍りついた。王国一の高貴な婚約者を得たはずなのに、彼の裏切りはあまりにも身勝手だった。かくなる上は、誰もが恐れ多いと敬う帝国の皇帝のもとへ嫁ぐまで。失意の底で誓った決意が、私の運命を大きく変えていく。

婚約破棄でかまいません!だから私に自由を下さい!

桗梛葉 (たなは)
恋愛
第一皇太子のセヴラン殿下の誕生パーティーの真っ最中に、突然ノエリア令嬢に対する嫌がらせの濡れ衣を着せられたシリル。 シリルの話をろくに聞かないまま、婚約者だった第二皇太子ガイラスは婚約破棄を言い渡す。 その横にはたったいまシリルを陥れようとしているノエリア令嬢が並んでいた。 そんな2人の姿が思わず溢れた涙でどんどんぼやけていく……。 ざまぁ展開のハピエンです。

処理中です...