12 / 16
12.亀裂
しおりを挟む
心の中の葛藤がさらに強まる中、私は白いシーツを眺めていた。その無垢な色合いが私の心に潜む不安を浮き彫りにする。結婚が契約であるのならその契約の内容は何だったのか? 私たちの契約は本当に成立しているのだろうか?
庭に吹く風が冷たく感じられてきた。それはまるで私の心の動揺を知っているかのように吹き抜けていく。シーツが揺れるたびにグラムエルの言葉や、ハズモンドの言葉が交互に脳裏へと蘇る。
「君を幸せにできる」と言ったハズモンドの言葉は私の望む言葉であり、心の隙間を巧妙に突いてきた。だがまたもや感情をぶちまけてしまったなら今度こそグラムエルは許してくれないだろう。
なんといっても今回は私に非があるのだ。どういう理由であれ夫を持つ者が夜に家を空けて他人の家、しかも男性のところへ泊まっていたなど許されるはずがない。なぜそんなことをしてしまったのか。後悔しても過ぎた時間がもう戻らない。
「私は今、いったい何を求めているのだろう?」私は自分に問いかける。愛、友情、自立、そして幸せ。これらはすべて私が手に入れたいものだったはずなのに、実際にはどれも満たされていない気がする。それほど重要視していなかった生活の安定だけが今得られているたった一つのものだ。
そして今度は白い友人ですら失うかもしれない局面にある。グラムエルの元を去ることにしてしまったら、当然カトリーヌにも友人の縁を切られるだろう。しかもそれは二人の望む展開でもあるのだ。私がいなければ、いや、いても同じかもしれないが、グラムエルとカトリーヌは誰に気兼ねすることなく二人で楽しく暮らすことができるだろう。
そんなことをさせてなるものか。私はいつしか、カトリーヌとの友情よりも彼女への嫉妬心が、自分の中で多くを占めていることに気が付いた。なぜ彼女は愛されているのだろうか。若いから? 美しいから? スタイルがいいから? それとも女としても魅力があるから?
グラムエルとカトリーヌの関係がどうあれ、私は私自身の幸せを見つけなければならない。その権利はちゃんとあるはずだし誰にも邪魔する権利はないはずだ。グラムエルが私と結婚しながらもカトリーヌと関係を持っているなら、私はハズモンドと親しくなってもいいと言うことになる。
一気に気持ちが軽くなった私は、グラムエルの部屋を隅から隅まで掃除し、髪の毛一本落ちていないほど綺麗にした。美しく整えられたベッドにピカピカの床はなんと気持ちの良いことか。グラムエルは私を見直すに違いない。
そんな高揚した気持ちで、私は二人の帰りを待ちながら、ソファでうとうとと眠ってしまった。
『ガタガタン、ゴトン』
突然の物音で目を覚ます。一体何が起きているのかわからないが地面が揺れている。慌てて周囲を見渡すと私はソファに寝ころんだままで庭へとだされていた。
「いったいこれはどういうこと? ねえグラムエル? あなたは一体私に何をしようとしているの?」冷ややかな顔でこちらを見下ろしているグラムエルへ向かって私は怒りを表現した。
「何しようとしているかだって? 最初に言う言葉がそれなのかい? それでは僕も尋ねるけど、キミは昨晩どこへ行っていたのだ? 散々探し回ったのにどこにもいなかったじゃないか。急に飛び出してしまって止める暇もなかった。とても心配したんだよ?」彼の表情からは心配していた様子は感じ取れない。どちらかと言えば呆れているのだろうか。
「酷く酔ってしまったようで、そこらじゅうをさまよっていたのよ。気が付いたらもう昼間だったので、そのまま家へ帰って来たわ」私は嘘をついているわけではない。これはまごうことなき事実であり、実際に何かをしてきたわけではないのだからこれで押し通すしかない。しかしこれは悪手だった。
「なるほど、それは事実なのだろうね。ところで今日、ハズモンドは遅刻してきたよ。キミには関係ないことだとは思うけど一応ね。どうやら愛する人と昨晩がんばり過ぎたらしい」明らかに私の行動を知っていての発言だ。なぜいつもグラムエルはすべてお見通しなのだろうか。
「ごめんなさい、隠すつもりだったけど知られてしまっているなら仕方ないわ。確かに私はハズモンドの家に泊めてもらった。でもあなたが考えているようなことは何もなかったの、それだけは信じてちょうだい!」必死に事実を伝えるが、彼にとってもはやそれはどうでもいい事らしく、あまり興味を持って聞いてくれているようには見えない。
「疑うも何も、男女が一晩同じベッドで過ごした事実は変わらないだろう? それ以上何を知って何を考えろと言うんだい?」本来であれば言い返すことなどできるはずもない。私は客観的に見たら不貞を働いた女なのだから。しかし――
「でもあなただってカトリーヌと毎晩楽しんでいるじゃないの! 私の大切な友達と! こうして同じベッドで! 私が寝てしまった後だから何をしてもわからないと高をくくっていたのでしょうね。でも私だって何もわからない子供ではないのよ!?」どうだと言わんばかりにグラムエルへ叩きつけたのは、掃除の時に集めていたカトリーヌの長い金髪だった。
庭に吹く風が冷たく感じられてきた。それはまるで私の心の動揺を知っているかのように吹き抜けていく。シーツが揺れるたびにグラムエルの言葉や、ハズモンドの言葉が交互に脳裏へと蘇る。
「君を幸せにできる」と言ったハズモンドの言葉は私の望む言葉であり、心の隙間を巧妙に突いてきた。だがまたもや感情をぶちまけてしまったなら今度こそグラムエルは許してくれないだろう。
なんといっても今回は私に非があるのだ。どういう理由であれ夫を持つ者が夜に家を空けて他人の家、しかも男性のところへ泊まっていたなど許されるはずがない。なぜそんなことをしてしまったのか。後悔しても過ぎた時間がもう戻らない。
「私は今、いったい何を求めているのだろう?」私は自分に問いかける。愛、友情、自立、そして幸せ。これらはすべて私が手に入れたいものだったはずなのに、実際にはどれも満たされていない気がする。それほど重要視していなかった生活の安定だけが今得られているたった一つのものだ。
そして今度は白い友人ですら失うかもしれない局面にある。グラムエルの元を去ることにしてしまったら、当然カトリーヌにも友人の縁を切られるだろう。しかもそれは二人の望む展開でもあるのだ。私がいなければ、いや、いても同じかもしれないが、グラムエルとカトリーヌは誰に気兼ねすることなく二人で楽しく暮らすことができるだろう。
そんなことをさせてなるものか。私はいつしか、カトリーヌとの友情よりも彼女への嫉妬心が、自分の中で多くを占めていることに気が付いた。なぜ彼女は愛されているのだろうか。若いから? 美しいから? スタイルがいいから? それとも女としても魅力があるから?
グラムエルとカトリーヌの関係がどうあれ、私は私自身の幸せを見つけなければならない。その権利はちゃんとあるはずだし誰にも邪魔する権利はないはずだ。グラムエルが私と結婚しながらもカトリーヌと関係を持っているなら、私はハズモンドと親しくなってもいいと言うことになる。
一気に気持ちが軽くなった私は、グラムエルの部屋を隅から隅まで掃除し、髪の毛一本落ちていないほど綺麗にした。美しく整えられたベッドにピカピカの床はなんと気持ちの良いことか。グラムエルは私を見直すに違いない。
そんな高揚した気持ちで、私は二人の帰りを待ちながら、ソファでうとうとと眠ってしまった。
『ガタガタン、ゴトン』
突然の物音で目を覚ます。一体何が起きているのかわからないが地面が揺れている。慌てて周囲を見渡すと私はソファに寝ころんだままで庭へとだされていた。
「いったいこれはどういうこと? ねえグラムエル? あなたは一体私に何をしようとしているの?」冷ややかな顔でこちらを見下ろしているグラムエルへ向かって私は怒りを表現した。
「何しようとしているかだって? 最初に言う言葉がそれなのかい? それでは僕も尋ねるけど、キミは昨晩どこへ行っていたのだ? 散々探し回ったのにどこにもいなかったじゃないか。急に飛び出してしまって止める暇もなかった。とても心配したんだよ?」彼の表情からは心配していた様子は感じ取れない。どちらかと言えば呆れているのだろうか。
「酷く酔ってしまったようで、そこらじゅうをさまよっていたのよ。気が付いたらもう昼間だったので、そのまま家へ帰って来たわ」私は嘘をついているわけではない。これはまごうことなき事実であり、実際に何かをしてきたわけではないのだからこれで押し通すしかない。しかしこれは悪手だった。
「なるほど、それは事実なのだろうね。ところで今日、ハズモンドは遅刻してきたよ。キミには関係ないことだとは思うけど一応ね。どうやら愛する人と昨晩がんばり過ぎたらしい」明らかに私の行動を知っていての発言だ。なぜいつもグラムエルはすべてお見通しなのだろうか。
「ごめんなさい、隠すつもりだったけど知られてしまっているなら仕方ないわ。確かに私はハズモンドの家に泊めてもらった。でもあなたが考えているようなことは何もなかったの、それだけは信じてちょうだい!」必死に事実を伝えるが、彼にとってもはやそれはどうでもいい事らしく、あまり興味を持って聞いてくれているようには見えない。
「疑うも何も、男女が一晩同じベッドで過ごした事実は変わらないだろう? それ以上何を知って何を考えろと言うんだい?」本来であれば言い返すことなどできるはずもない。私は客観的に見たら不貞を働いた女なのだから。しかし――
「でもあなただってカトリーヌと毎晩楽しんでいるじゃないの! 私の大切な友達と! こうして同じベッドで! 私が寝てしまった後だから何をしてもわからないと高をくくっていたのでしょうね。でも私だって何もわからない子供ではないのよ!?」どうだと言わんばかりにグラムエルへ叩きつけたのは、掃除の時に集めていたカトリーヌの長い金髪だった。
2
お気に入りに追加
15
あなたにおすすめの小説
炎華繚乱 ~偽妃は後宮に咲く~
悠井すみれ
キャラ文芸
昊耀国は、天より賜った《力》を持つ者たちが統べる国。後宮である天遊林では名家から選りすぐった姫たちが競い合い、皇子に選ばれるのを待っている。
強い《遠見》の力を持つ朱華は、とある家の姫の身代わりとして天遊林に入る。そしてめでたく第四皇子・炎俊の妃に選ばれるが、皇子は彼女が偽物だと見抜いていた。しかし炎俊は咎めることなく、自身の秘密を打ち明けてきた。「皇子」を名乗って帝位を狙う「彼」は、実は「女」なのだと。
お互いに秘密を握り合う仮初の「夫婦」は、次第に信頼を深めながら陰謀渦巻く後宮を生き抜いていく。
表紙は同人誌表紙メーカーで作成しました。
第6回キャラ文芸大賞応募作品です。
悪役令嬢のビフォーアフター
すけさん
恋愛
婚約者に断罪され修道院に行く途中に山賊に襲われた悪役令嬢だが、何故か死ぬことはなく、気がつくと断罪から3年前の自分に逆行していた。
腹黒ヒロインと戦う逆行の転生悪役令嬢カナ!
とりあえずダイエットしなきゃ!
そんな中、
あれ?婚約者も何か昔と態度が違う気がするんだけど・・・
そんな私に新たに出会いが!!
婚約者さん何気に嫉妬してない?
【完結】私たち白い結婚だったので、離婚してください
楠結衣
恋愛
田舎の薬屋に生まれたエリサは、薬草が大好き。薬草を摘みに出掛けると、怪我をした一匹の子犬を助ける。子犬だと思っていたら、領主の息子の狼獣人ヒューゴだった。
ヒューゴとエリサは、一緒に薬草採取に出掛ける日々を送る。そんなある日、魔王復活の知らせが世界を駆け抜け、神託によりヒューゴが勇者に選ばれることに。
ヒューゴが出立の日、エリサは自身の恋心に気づいてヒューゴに告白したところ二人は即結婚することに……!
「エリサを泣かせるなんて、絶対許さない」
「エリサ、愛してる!」
ちょっぴり鈍感で薬草を愛するヒロインが、一途で愛が重たい変態風味な勇者に溺愛されるお話です。

これ以上私の心をかき乱さないで下さい
Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユーリは、幼馴染のアレックスの事が、子供の頃から大好きだった。アレックスに振り向いてもらえるよう、日々努力を重ねているが、中々うまく行かない。
そんな中、アレックスが伯爵令嬢のセレナと、楽しそうにお茶をしている姿を目撃したユーリ。既に5度も婚約の申し込みを断られているユーリは、もう一度真剣にアレックスに気持ちを伝え、断られたら諦めよう。
そう決意し、アレックスに気持ちを伝えるが、いつも通りはぐらかされてしまった。それでも諦めきれないユーリは、アレックスに詰め寄るが
“君を令嬢として受け入れられない、この気持ちは一生変わらない”
そうはっきりと言われてしまう。アレックスの本心を聞き、酷く傷ついたユーリは、半期休みを利用し、兄夫婦が暮らす領地に向かう事にしたのだが。
そこでユーリを待っていたのは…
【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす
まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。
彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。
しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。
彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。
他掌編七作品収録。
※無断転載を禁止します。
※朗読動画の無断配信も禁止します
「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」
某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。
【収録作品】
①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」
②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」
③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」
④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」
⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」
⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」
⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」
⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」
誰にも言えないあなたへ
天海月
恋愛
子爵令嬢のクリスティーナは心に決めた思い人がいたが、彼が平民だという理由で結ばれることを諦め、彼女の事を見初めたという騎士で伯爵のマリオンと婚姻を結ぶ。
マリオンは家格も高いうえに、優しく美しい男であったが、常に他人と一線を引き、妻であるクリスティーナにさえ、どこか壁があるようだった。
年齢が離れている彼にとって自分は子供にしか見えないのかもしれない、と落ち込む彼女だったが・・・マリオンには誰にも言えない秘密があって・・・。

【完結】婚約者は私を大切にしてくれるけれど、好きでは無かったみたい。
まりぃべる
恋愛
伯爵家の娘、クラーラ。彼女の婚約者は、いつも優しくエスコートしてくれる。そして蕩けるような甘い言葉をくれる。
少しだけ疑問に思う部分もあるけれど、彼が不器用なだけなのだと思っていた。
そんな甘い言葉に騙されて、きっと幸せな結婚生活が送れると思ったのに、それは偽りだった……。
そんな人と結婚生活を送りたくないと両親に相談すると、それに向けて動いてくれる。
人生を変える人にも出会い、学院生活を送りながら新しい一歩を踏み出していくお話。
☆※感想頂いたからからのご指摘により、この一文を追加します。
王道(?)の、世間にありふれたお話とは多分一味違います。
王道のお話がいい方は、引っ掛かるご様子ですので、申し訳ありませんが引き返して下さいませ。
☆現実にも似たような名前、言い回し、言葉、表現などがあると思いますが、作者の世界観の為、現実世界とは少し異なります。
作者の、緩い世界観だと思って頂けると幸いです。
☆以前投稿した作品の中に出てくる子がチラッと出てきます。分かる人は少ないと思いますが、万が一分かって下さった方がいましたら嬉しいです。(全く物語には響きませんので、読んでいなくても全く問題ありません。)
☆完結してますので、随時更新していきます。番外編も含めて全35話です。
★感想いただきまして、さすがにちょっと可哀想かなと最後の35話、文を少し付けたしました。私めの表現の力不足でした…それでも読んで下さいまして嬉しいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる