私は白い結婚を勘違いしていたみたいです~夫婦の仮面は剥がれない、三十路女性の孤独と友情と愛憎~

釈 余白(しやく)

文字の大きさ
上 下
6 / 16

6.カトリーヌ

しおりを挟む
 まさかどころかありえない姿がそこにあった。夫であるグラムエルと共に帰宅したのは友人のカトリーヌだった。私にとって元同僚であり友人でもあるし女性でもある。正直かなり複雑な気分だと言いたいが、昨日の今日でわがままは言えない。

「カトリーヌ!? いったいどうして?」思わず驚きの声が出た。彼女はいつものように明るい笑顔でグラムエルの隣に立っている。どうしてと言う私の問いにはグラムエルが答えてくれた。

「簡単なことさ。君が一人でいるのは寂しいと思ったからカトリーヌに住み込みで手伝ってもらうことにしたんだ」グラムエルは少し誇らしげに言った。恐らくはいいアイデアだと思っているだろうし、実際に悪い考えでもない。しかし――

「手伝うって…… 私がやることすら何もないのに何を手伝うと言うの?」今の私は複雑な心境だ。女性が生活に加わることへの不安はあるが、気の置けない友人と共に暮らせる嬉しさがせめぎ合っている。

「いいかい? 君が何かをするでもカトリーヌが何をするでもなく、友人がそばにいると言うことが大事だと考えたんだ。彼女がここにいることで君の心を軽くできればとお願いしたところ、快く承知してくれたんだよ? 良い友を持ったじゃないか」グラムエルの言葉には愛あふれる優しさが滲み出ていた。

「そうなのね、カトリーヌがいつもそばに、毎日一緒にいてくれるというのね? 夢みたいだわ、ありがとうカトリーヌ、もちろんグラムエルもね」私の心が少し温かくなる。友人がそばにいることで、私の孤独感が和らぐかもしれない。

「もちろん私も嬉しいわ、バーバラのそばにいて助けになりたいと考えていたんだもの。私はあなたの一番の友人だし、あなたが少しでも楽になれるなら喜んでここにいるわ」カトリーヌはいつもの笑顔を浮かべ私を元気づけてくれる。

「でも私はこんなに甘えてしまって、贅沢ばかりでいいのかしら……」自分の中の戸惑いが再浮上する。グラムエルが私に与えてくれる安心感に、今度は友人の存在までが加わることになるのだ。いくらなんでも恵まれ過ぎていて不安を感じずにはいられない。

「気にしないでいいんだよ? 君が求めていることを遠慮せずに受け入れるのも大切なことさ。嬉しいと感じていることを拒絶する必要はないだろう?」グラムエルは私の心を優しく包み込むように言った。

「ありがとう、グラムエル…… そしてカトリーヌも来てくれて嬉しいわ」私は二人に感謝の気持ちを伝える。なんとも驚くべき新しい生活、きっと素晴らしいものになるだろう。これからは不安を抱いて考えすぎてしまってもカトリーヌにすぐ相談できる。彼女はいつも私の気持ちを察してくれる力強い理解者なのだ。

 こうしてカトリーヌは自分の荷物を運びこむと、そのまま私たちの新しい生活についてのアイデアを話し始めた。グラムエルも積極的に話へ参加してくれたのだが、こんな風に家の中に会話が溢れたのは初めてではないだろうか。これもカトリーヌが来てくれたおかげだと私は感謝の気持ちに埋もれてしまいそうになっていた。

 その夜、私の心の中に少しずつ温かさが広がっていくのを感じた。ただし、新しい生活が始まることへの期待が膨らむ一方で、これからどうなるのかという不安を感じないわけでもない。それでも愛にあふれるグラムエルと、明るく優しいカトリーヌが側にいてくれることを考えれば不安を感じるなんてばからしいことだ、私はそう考えながらゆっくりと眠りについた。

◇◇◇

 翌朝、私が目覚めると部屋の中に心地よい光が差し込み、ほのかな麦の香りが漂っていることに気が付いた。そうか、今日からカトリーヌがいるのだ。そう思うと特別な朝だと感じたが、これが毎日続くのだと思うと幸せの洪水が押し寄せてくる気分になる。

「おはよう、バーバラ!」カトリーヌの明るい声が聞こえ思わず笑顔になる。
「今日は一緒に朝食を作りましょう!」

「おはよう、カトリーヌ。朝食を作るなんて初めてよ!」私はカトリーヌの手招きに応じてキッチンへと向かった。こんなに気持ちの軽い朝はいつ振りだろうか。彼女が私のそばにいるだけで自然と気持ちが軽くなるに違いない。

 二人で卵とベーコンを焼きトーストへと添える。いつもと変わらないものを食べているのに全然違う味になるのはなぜだろう。

「今日は少し散歩でもしない?新しい環境を一緒に楽しみたいわ」食事が終わるとカトリーヌが私を表へと誘った。しばらく家から出ていなかったからいい気分転換になりそうだ。

「それはいい考えだわ、たまには外の空気を吸わないといけないものね」私たちは食器を片付けてから外に出て当てもなく散歩する。風はこんなにも心地よく、鳥の声はなんと美しいのだろう。

「バーバラ、あなたが幸せそうで本当に嬉しいわ。私は今までそうでもなかったけど、あなたと一緒に過ごせる毎日で、これからはきっと楽しくなることを予感しているのよ」カトリーヌが言った。その言葉に私は少し照れくさくなったが、心の中では強く同意していた。素直に私もカトリーヌが来てくれたおかげで幸せだと言えたら良かったのに。

 だが今日の幸せはここまでだった。カトリーヌだって仕事へ行かなければならない。私のために今後は昼からの変えてもらったと言うし、あまり我がままを言って困らせないよう気を付けようと思う。

「では行ってくるわね、夜には帰るのだからそんな寂しそうな顔をしないで?」そう明るく言ってくれるが、寂しいものは寂しいのだ。でも頑張って作り笑いをしながら彼女を見送った。


 そして夜、グラムエルとカトリーヌが揃って帰ってきたのを精一杯の笑顔で出迎えた。食事は済ませて来たらしく二人からは同じワインの香りが漂っている。それを嗅いだ私の心はチクリと痛む。

 だが二人は同じ職場なのだから揃って帰ってくるに決まっている。そんな細かいことを気にする私は、まだ心になにか良くないものを抱えているのかもしれない。

 ついそんなことを考えてしまった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

カタブツ上司の溺愛本能

加地アヤメ
恋愛
社内一の美人と噂されながらも、性格は至って地味な二十八歳のOL・珠海。これまで、外国人の父に似た目立つ容姿のせいで、散々な目に遭ってきた彼女にとって、トラブルに直結しやすい恋愛は一番の面倒事。極力関わらず避けまくってきた結果、お付き合いはおろか結婚のけの字も見えないおひとり様生活を送っていた。ところがある日、難攻不落な上司・斎賀に恋をしてしまう。一筋縄ではいかない恋に頭を抱える珠海だけれど、破壊力たっぷりな無自覚アプローチが、クールな堅物イケメンの溺愛本能を刺激して……!? 愛さずにはいられない――甘きゅんオフィス・ラブ!

月城副社長うっかり結婚する 〜仮面夫婦は背中で泣く〜

白亜凛
恋愛
佐藤弥衣 25歳 yayoi × 月城尊 29歳 takeru 母が亡くなり、失意の中現れた謎の御曹司 彼は、母が持っていた指輪を探しているという。 指輪を巡る秘密を探し、 私、弥衣は、愛のない結婚をしようと思います。

【短編】旦那様、2年後に消えますので、その日まで恩返しをさせてください

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
「二年後には消えますので、ベネディック様。どうかその日まで、いつかの恩返しをさせてください」 「恩? 私と君は初対面だったはず」 「そうかもしれませんが、そうではないのかもしれません」 「意味がわからない──が、これでアルフの、弟の奇病も治るのならいいだろう」 奇病を癒すため魔法都市、最後の薬師フェリーネはベネディック・バルテルスと契約結婚を持ちかける。 彼女の目的は遺産目当てや、玉の輿ではなく──?

忙しい男

菅井群青
恋愛
付き合っていた彼氏に別れを告げた。忙しいという彼を信じていたけれど、私から別れを告げる前に……きっと私は半分捨てられていたんだ。 「私のことなんてもうなんとも思ってないくせに」 「お前は一体俺の何を見て言ってる──お前は、俺を知らな過ぎる」 すれ違う想いはどうしてこうも上手くいかないのか。いつだって思うことはただ一つ、愛おしいという気持ちだ。 ※ハッピーエンドです かなりやきもきさせてしまうと思います。 どうか温かい目でみてやってくださいね。 ※本編完結しました(2019/07/15) スピンオフ &番外編 【泣く背中】 菊田夫妻のストーリーを追加しました(2019/08/19) 改稿 (2020/01/01) 本編のみカクヨムさんでも公開しました。

【完結済】姿を偽った黒髪令嬢は、女嫌いな公爵様のお世話係をしているうちに溺愛されていたみたいです

鳴宮野々花@書籍2冊発売中
恋愛
王国の片田舎にある小さな町から、八歳の時に母方の縁戚であるエヴェリー伯爵家に引き取られたミシェル。彼女は伯爵一家に疎まれ、美しい髪を黒く染めて使用人として生活するよう強いられた。以来エヴェリー一家に虐げられて育つ。 十年後。ミシェルは同い年でエヴェリー伯爵家の一人娘であるパドマの婚約者に嵌められ、伯爵家を身一つで追い出されることに。ボロボロの格好で人気のない場所を彷徨っていたミシェルは、空腹のあまりふらつき倒れそうになる。 そこへ馬で通りがかった男性と、危うくぶつかりそうになり────── ※いつもの独自の世界のゆる設定なお話です。何もかもファンタジーです。よろしくお願いします。 ※この作品はカクヨム、小説家になろう、ベリーズカフェにも投稿しています。

おしどり夫婦を演じていたら、いつの間にか本当に溺愛されていました。

木山楽斗
恋愛
ラフィティアは夫であるアルフェルグとおしどり夫婦を演じていた。 あくまで割り切った関係である二人は、自分達の評価を上げるためにも、対外的にはいい夫婦として過ごしていたのである。 実際の二人は、仲が悪いという訳ではないが、いい夫婦というものではなかった。 食事も別なくらいだったし、話すことと言えば口裏を合わせる時くらいだ。 しかしともに過ごしていく内に、二人の心境も徐々に変化していっていた。 二人はお互いのことを、少なからず意識していたのである。 そんな二人に、転機が訪れる。 ラフィティアがとある友人と出掛けることになったのだ。 アルフェルグは、その友人とラフィティアが特別な関係にあるのではないかと考えた。 そこから二人の関係は、一気に変わっていくのだった。

雪解けの白い結婚 〜触れることもないし触れないでほしい……からの純愛!?〜

川奈あさ
恋愛
セレンは前世で夫と友人から酷い裏切りを受けたレスられ・不倫サレ妻だった。 前世の深い傷は、転生先の心にも残ったまま。 恋人も友人も一人もいないけれど、大好きな魔法具の開発をしながらそれなりに楽しい仕事人生を送っていたセレンは、祖父のために結婚相手を探すことになる。 だけど凍り付いた表情は、舞踏会で恐れられるだけで……。 そんな時に出会った壁の花仲間かつ高嶺の花でもあるレインに契約結婚を持ちかけられる。 「私は貴女に触れることもないし、私にも触れないでほしい」 レインの条件はひとつ、触らないこと、触ることを求めないこと。 実はレインは女性に触れられると、身体にひどいアレルギー症状が出てしまうのだった。 女性アレルギーのスノープリンス侯爵 × 誰かを愛することが怖いブリザード令嬢。 過去に深い傷を抱えて、人を愛することが怖い。 二人がゆっくり夫婦になっていくお話です。

処理中です...