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ちいさな猫
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「あらおじいちゃん、猫カフェですって。
猫を飼って無くても触れ合えるなんてステキじゃありませんか?」
「まったくいい歳してなにを言ってるんじゃ。
いいかげん猫も孫もいらんわい」
「そんなこと言わずに入ってみましょう?
前から興味があったんですよ
一度だけ、ね? 一度だけお願いします」
だいたいカフェなんつーものは若い奴らが行くものだ。ばあさんのやつこんなところに引っ張っていきおって。猫がいるからなんだと言うんじゃ。
愛想笑いのウマイ店員に誘導され席へ座ったがどうにも落ち着かん。それに動物がいる飲食店というのは衛生的にどうなっとるんじゃ。保健所もグルなのか?
「おじいちゃん、そんな顔してたら猫が怖がりますよ。
ほら、この子なんてすぐに乗ってきてカワイイですねえ」
「知らん、ワシは興味ない。
お前が入りたいと言ったんだから勝手に楽しみなさい」
「あらあら、いくつになっても偏屈なままですねえ。
それじゃ遠慮なく。
さあこっちおいで、抱っこさせてくれるの?」
ばあさんの手には目つきの良くない小さな猫が抱かれていた。保護猫と言うだけあって見たことの無い柄が入っているが、ペットショップで売られているような猫とは血統が違うのだろう。
そう言えば大昔うちでも猫を飼っていた。息子が小学生のころ拾って来たのだからもう何十年も前のことでよく覚えていない。世話をしたこともなかったし、当然ワシにはちっとも懐いてなかった。
こないだ産まれたばかりだと思った息子がいつしか孫を連れてきて、俺もとうとうじいさまか、もうすぐお迎えが来るなんて考えを持ってからさらに十数年経つ。時間の流れは早いのか遅いのか、それを考えるのも面倒なくらいに歳を取ってしまった。
「そんな小さな猫が捨て猫で、こんな店でホステスの真似事させられてるなんてなあ。
この年になっても世間はわからねえことだらけだ、まったく世の中それでいいのか?」
ワシがそういうとばあさんが目を細めながら微笑んだ。こいつこんな顔することあったのか。いや、今までワシがちゃんと見てこなかっただけでいつも笑っていたはず。なぜなら大昔に見た笑顔とそう変りないと感じたのだから。
「おめえも随分皺くちゃになったもんだ。
つーことはワシも皺くちゃになったってこった」
「何を言ってるんですか、おじいちゃんったら。
そんなの当たり前じゃないですか。
こんな年寄り二人のところ、孫たちだってわざわざ来てくれませんよねえ」
孫のことを話す時、ばあさんは寂しそうな顔をする。以前はちょくちょく顔を出してくれたもんだが学校へ上がったころから来ることが減っていき、いまや年に一度がいいところだ。
「なんだ、そんなに寂しいのか。
ワシはそれほど気にならないがなあ」
『そんなこと言ってどうせ強がってるだけでしょ?
こうやっておばあちゃんの散歩に付き合ってるくせに。
優しく見られるのがそんなにいやなの?』
「子供のくせに生意気なことを言うんじゃない。
お前なんかに何がわかるんじゃ」
『わかるわけないよ。
子供のくせに、なんて言葉を口にする人にわかってもらいたいことなんて何もないもの。
きっとお子さんもお孫さんもそう感じてるんじゃないかな』
「ぐ、それは……
男親なんてそんなもんだ、それでいいんだ」
『そうだね、おじいちゃんが今のままでいいならいいんでしょうね。
でもおばあちゃんはどう思ってるかなあ。
寂しそうだなんてわかるくらいなら本当の気持ちもわかるでしょ?』
「じゃあワシにどうしろと言うんじゃ。
性格や生き方なんぞ今更そうそう変えられんわい」
『さあね、私は何もわからない子供だもの。
何かできることなんてないよ』
「まったく無責任な……
だからこんなところへ入るのは嫌だったんじゃ」
『でもおばあちゃんは喜んだんじゃない?
久しぶりにお爺ちゃんとお散歩できたんだから。
いつもよりいい顔で笑ってたじゃないの』
「そ、そうか? ワシにはわからん。
笑ってる顔自体久しぶりに見たからな」
『それはダメだねえ。
手始めに名前で呼んであげればいいよ。
どうせもう何十年も呼んでないんでしょ』
「ばあさんがそんなことで喜ぶものかねえ。
ワシにはさっぱり理解できん」
『何言ってるの。
嬉しいことも嫌なことも、いいことも悪いことも、なんでもわずかな言葉や行動から始まるものでしょ?』
「わずかな、か……
まあ気が向いたら試してみようかの」
『結果報告、楽しみにしてるからね』
ああわかったよ。子供だか猫だか夢だか神様だか知らんが、もし次に会うことがあったならな。
「それにしても名前を呼ぶなんてごく普通のことではないのかねえ」
「おじいちゃん、どうしたんですか?
まだ寝ぼけているんですか?
目が覚めたなら帰りますよ?
お洗濯物仕舞わないと湿気ってしまいますからね」
「なんじゃ、ワシは寝ておったのか?
さっきの小さい猫はどうした?」
「あらあら、さっきまで一緒になって寝てたじゃないですか。
お爺ちゃんが起き上がった時に逃げて行ってしまいましたよ」
「ふむ…… それじゃ帰るとするか、早苗」
「えっ!? え、ええ、帰りましょうか、隆文さん」
◇◇◇
うーむ、さすがに一人で入るのは気が引けるな…… しかし…… ええい、男は度胸だ、これしきのこと一人で出来なくてどうする。
「いらっしゃいませー
あら? 今日はお一人ですか?」
「あ、ああ、孫が遊びに来るからと家内は支度が忙しいらしい。
こんなじじいが一人で来て申し訳ないが、家内に頼まれたんでね。
あの小さい猫におやつを上げに来たんじゃよ」
「それではお席にご案内いたします。
こちらへどうぞ。
おやつはメニューから――」
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猫を飼って無くても触れ合えるなんてステキじゃありませんか?」
「まったくいい歳してなにを言ってるんじゃ。
いいかげん猫も孫もいらんわい」
「そんなこと言わずに入ってみましょう?
前から興味があったんですよ
一度だけ、ね? 一度だけお願いします」
だいたいカフェなんつーものは若い奴らが行くものだ。ばあさんのやつこんなところに引っ張っていきおって。猫がいるからなんだと言うんじゃ。
愛想笑いのウマイ店員に誘導され席へ座ったがどうにも落ち着かん。それに動物がいる飲食店というのは衛生的にどうなっとるんじゃ。保健所もグルなのか?
「おじいちゃん、そんな顔してたら猫が怖がりますよ。
ほら、この子なんてすぐに乗ってきてカワイイですねえ」
「知らん、ワシは興味ない。
お前が入りたいと言ったんだから勝手に楽しみなさい」
「あらあら、いくつになっても偏屈なままですねえ。
それじゃ遠慮なく。
さあこっちおいで、抱っこさせてくれるの?」
ばあさんの手には目つきの良くない小さな猫が抱かれていた。保護猫と言うだけあって見たことの無い柄が入っているが、ペットショップで売られているような猫とは血統が違うのだろう。
そう言えば大昔うちでも猫を飼っていた。息子が小学生のころ拾って来たのだからもう何十年も前のことでよく覚えていない。世話をしたこともなかったし、当然ワシにはちっとも懐いてなかった。
こないだ産まれたばかりだと思った息子がいつしか孫を連れてきて、俺もとうとうじいさまか、もうすぐお迎えが来るなんて考えを持ってからさらに十数年経つ。時間の流れは早いのか遅いのか、それを考えるのも面倒なくらいに歳を取ってしまった。
「そんな小さな猫が捨て猫で、こんな店でホステスの真似事させられてるなんてなあ。
この年になっても世間はわからねえことだらけだ、まったく世の中それでいいのか?」
ワシがそういうとばあさんが目を細めながら微笑んだ。こいつこんな顔することあったのか。いや、今までワシがちゃんと見てこなかっただけでいつも笑っていたはず。なぜなら大昔に見た笑顔とそう変りないと感じたのだから。
「おめえも随分皺くちゃになったもんだ。
つーことはワシも皺くちゃになったってこった」
「何を言ってるんですか、おじいちゃんったら。
そんなの当たり前じゃないですか。
こんな年寄り二人のところ、孫たちだってわざわざ来てくれませんよねえ」
孫のことを話す時、ばあさんは寂しそうな顔をする。以前はちょくちょく顔を出してくれたもんだが学校へ上がったころから来ることが減っていき、いまや年に一度がいいところだ。
「なんだ、そんなに寂しいのか。
ワシはそれほど気にならないがなあ」
『そんなこと言ってどうせ強がってるだけでしょ?
こうやっておばあちゃんの散歩に付き合ってるくせに。
優しく見られるのがそんなにいやなの?』
「子供のくせに生意気なことを言うんじゃない。
お前なんかに何がわかるんじゃ」
『わかるわけないよ。
子供のくせに、なんて言葉を口にする人にわかってもらいたいことなんて何もないもの。
きっとお子さんもお孫さんもそう感じてるんじゃないかな』
「ぐ、それは……
男親なんてそんなもんだ、それでいいんだ」
『そうだね、おじいちゃんが今のままでいいならいいんでしょうね。
でもおばあちゃんはどう思ってるかなあ。
寂しそうだなんてわかるくらいなら本当の気持ちもわかるでしょ?』
「じゃあワシにどうしろと言うんじゃ。
性格や生き方なんぞ今更そうそう変えられんわい」
『さあね、私は何もわからない子供だもの。
何かできることなんてないよ』
「まったく無責任な……
だからこんなところへ入るのは嫌だったんじゃ」
『でもおばあちゃんは喜んだんじゃない?
久しぶりにお爺ちゃんとお散歩できたんだから。
いつもよりいい顔で笑ってたじゃないの』
「そ、そうか? ワシにはわからん。
笑ってる顔自体久しぶりに見たからな」
『それはダメだねえ。
手始めに名前で呼んであげればいいよ。
どうせもう何十年も呼んでないんでしょ』
「ばあさんがそんなことで喜ぶものかねえ。
ワシにはさっぱり理解できん」
『何言ってるの。
嬉しいことも嫌なことも、いいことも悪いことも、なんでもわずかな言葉や行動から始まるものでしょ?』
「わずかな、か……
まあ気が向いたら試してみようかの」
『結果報告、楽しみにしてるからね』
ああわかったよ。子供だか猫だか夢だか神様だか知らんが、もし次に会うことがあったならな。
「それにしても名前を呼ぶなんてごく普通のことではないのかねえ」
「おじいちゃん、どうしたんですか?
まだ寝ぼけているんですか?
目が覚めたなら帰りますよ?
お洗濯物仕舞わないと湿気ってしまいますからね」
「なんじゃ、ワシは寝ておったのか?
さっきの小さい猫はどうした?」
「あらあら、さっきまで一緒になって寝てたじゃないですか。
お爺ちゃんが起き上がった時に逃げて行ってしまいましたよ」
「ふむ…… それじゃ帰るとするか、早苗」
「えっ!? え、ええ、帰りましょうか、隆文さん」
◇◇◇
うーむ、さすがに一人で入るのは気が引けるな…… しかし…… ええい、男は度胸だ、これしきのこと一人で出来なくてどうする。
「いらっしゃいませー
あら? 今日はお一人ですか?」
「あ、ああ、孫が遊びに来るからと家内は支度が忙しいらしい。
こんなじじいが一人で来て申し訳ないが、家内に頼まれたんでね。
あの小さい猫におやつを上げに来たんじゃよ」
「それではお席にご案内いたします。
こちらへどうぞ。
おやつはメニューから――」
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