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第六章 番外 閑話集

61.勇者御一行ご到着

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 真琴の宣告より二日が過ぎた夜には、すでに街中は魔王の噂でもちきりだった。住民たちは家の中で震えるくらいしかできず、街から活気は失われている。いつもは賑わっている酒場には店主すらおらずひっそりとしているが決して無人ではなく、中央の大きなテーブルには十人の勇者が集まっていた。名ばかりの勇者たちの表情は暗く、怯え、絶望を感じさせるものだった。

「お、おい、一体どうなってるんだ?
 あんな子供にやられたままなのはシャクだがとても勝てそうにないぞ?」

「でもようやく大作RPGらしくなってきたじゃねえか。
 今までは何の目的もなく退屈してたんだ。
 いくらやられたって実際に死ぬわけでもねえし、レベル上げをしながら勝てるまで挑めばいいさ」

「まあそれは確かに正論だな。
 心がおれなきゃ、だけどよ。
 なんと言ってもやられても大して痛くないってところがいいよな」

「それならやはりレベルアップのためのトレーニングをするのがいいだろう。
 地球の一日がこちらでは100日なのだから一週間で大分鍛えられるはずだ。
 十分に強くなればあんな子供なんて恐れるに足らず」

「よし、それでは明日から本格的にレベルアップに励むとするか。
 ダンジョンへ行けばクソ魔物どもがいくらでもいるだろうから楽なミッションさ」

 どうやら勇者たちの方針は決まったようで、明日以降五人ずつのパーティーを組んで魔物のいそうなところへ出かけていくことになった。思惑は人それぞれだろうが、ほぼ全員が地球では大成功を収めたセレブばかりだ。

 財界や政治、スポーツや芸術、科学に工業等々で財を成した人たちが魔神ドーンに選ばれ、誘われて、この異世界ゲームの場にやって来たのだ。そんな成功者たちなだけに我が強く、異世界へ来てからも自分たちの思うがまま、やりたい放題だったのだが、そんな日々が突然打ち砕かれたのだから心穏やかではいられない、そんなところだろう。

 二つのパーティーは世界の中心にあるダンジョンへ向い、レベルが低い者たちを集めたパーティーは途中にある森で魔物を倒しながらレベル上げ、もう一方はダンジョンへ先行するという計画を立てていた。その計画通りにトラストを出発した勇者一行の半分は途中の森に、もう半分は数日かけてダンジョンへと進み、数日後には目的地へ到着した。

「このダンジョンの中には本当にあの魔王がいるんだろうな?
 子供だと思って油断したらあの始末だ、きっちりお仕置きが必要だぜ」

「だがこの間は手も足も出なかったじゃないか。
 一太刀浴びせるどころか歩いているところを眺めるだけしかできなかったからな。
 一体あの化け物は何者なんだ?」

「このゲームは世界地図もアバウトでよくわからん。
 しかし大雑把に東側には魔族や獣人が多いようだな。
 俺たちが拠点にしているトラストがある西側には、人間やエルフが多いということだ」

「それなら魔族が住んでいる村を全て焼き払ってしまうか。
 報復と考えれば正当と言えるし気が晴れるってもんだ」

「何を言ってるんだ、ゲームとは言え非人道的な行動は慎むべきだろう。
 ここはベトナムでもアフガンでもないんだぞ。
 名目上と言っても勇者なんて呼ばれているのだからな」

「それは正論だな。
 魔王同様に、勇者らしく宣言してからやっちまえばいいだろう。
 まずは奴らの集落を探して軽く襲撃してやろうじゃないか」

 こうして彼ら勇者五人はダンジョンへ入らず、魔族の集落を探しに東へと向かった。中央ダンジョン東から一番近い集落は魔人族の住むコ村であり、魔王扱いされている真琴の出身地である。もちろん勇者たちはそんなこと知る由もなく、彼らが魔神信仰側の集落を襲撃することにしたことを含めて偶然の産物だ。

「こいつらは魔族というのだったか?
 見た目は人間と変わらないのに角なんて生やしてんだな」

「確かこれは魔人ってやつのはずだ。
 魔族は翼が生えている種族だからな。
 魔王も魔人だったが区別がついてなかったのか?」

「区別なんてつける必要はないさ。
 人間もそれ以外も全てを屈服させて奴隷にでもしてやるさ。
 現実と違って何しても許されるんだからな。
 さあ、キツネ狩りを始めようじゃないか」

「よし、それじゃあ魔王と同じようにまずは宣戦布告だな。
 おい! 魔人共! この世界は俺たち人間様のものだ!
 無駄な抵抗をしないで従うなら命は助けてやろう!
 しかし抵抗するのであれば容赦はしない、治めている者がいるなら相談を許す!
 夕方四時まで待つ、その時に返答を聞かせてもらおう!」

 コ村の外壁から中を見下ろしていた勇者たちは高らかに宣言し、村の西にある荒野へと陣を張った。当然村民たちは右往左往の大騒ぎを始めていたが、勇者たちはそんなことに興味はないようだ。

「いやあ、あんな田舎の村じゃ冒険者もいないだろうし全員震え上がっているだろうよ。
 出来れば降伏なんてせずに少しくらい抵抗してくれた方が楽しいんだがな。
 見た目は角以外は人間と変わらないことだし、何人か味わってみるのも悪くない」

「けっ、そう言う考えは止めろと言っただろう?
 有事に民間人を凌辱するなんて下衆な民族のやることと同じではないか」

「なにきれいごと言ってるんだよ。
 ここはステーツでも地球でもない、ファンタジーだぞ?
 制限がかかってないことなら何したっていいのさ。
 トラストでもそうして楽しんできたじゃないか」

「そんなことしていたのは貴様だけだ、反吐が出る。
 あまりに暴虐が過ぎるようなら私が貴様を斬る」

「へえへえ、流石勇者様、品行方正なこった。
 まあそれぞれ好きにするってことでいいんじゃないか?
 別に一緒に行動しなけりゃならないルールもないしな」

「それなら私はダンジョンへ戻らせてもらう。
 魔王を倒すつもりなら自分の力を高めることが最優先だからな」

「おいおい、仲間割れはよせよ。
 あの魔王相手に単独でなにか出来るはずがないだろう?
 全員の協力は不可欠だとわかっているはずさ」

「はあ? お前たちビビってんのかよ。
 魔王だなんて言っても明らかに子供じゃねえか。
 ここを足掛かりに全ての村や街を壊滅させてやれば泣いて詫びいれるに違いない。
 最後は人質でも取って脅してやればどうとでもなるさ」

「貴様は何を言ってるんだ!
 そんな非人道的なこと許されるわけがない。
 少なくとも私はそんな残虐な行為を止めて見せる」

「まったくいい子ちゃんはこれだから困る。
 ゲームなんだから割り切ればいい、楽しんだもの勝ちさ」

 五人の勇者たちは決して特別仲の良い間柄と言うわけでもない。それぞれ異なる思想や宗教観を持っているだけに意見がまとまらなくなると収拾がつかなくなる。そんな内輪もめの真っ只中、彼らを監視している者がいた。

「ライさま、どうやら人間たちは即時攻撃をせずに、一旦西門から出たみたい。
 村人を虐殺するか奴隷にするか、そんな物騒なことを相談してました。」

「それは確かに物騒で捨て置けないね。
 チャーシの目から見てどのくらいの強さに見えるかな。
 村人たちで対処できると思うかい?」

「ちょっと難しいかと。
 チャーシであれば余裕っぽいです。
 雰囲気だけいっちょまえで中身は弱そうだもの」

 勇者たちを監視しているのは魔人の少年と白い毛皮の狐人の二人だった。どうやら二人は相当の手練れのようだが、それでも五人が散らばって村人を襲い始めたら人数差はいかんともしがたく、被害を出さずに済ますのは困難だろう。魔人たちもそれを理解している様子で対処を始めるようだ。

「それじゃチャーシ、先手を打つことにしようか。
 時間が来る前にこちらから仕掛けてくれるかい?
 さっき無茶苦茶言っていた狂ってそうなやつをまずは片付けることにしよう」

「わかりました、標的は本当に一人だけでいいんですか?
 あの者だけ始末すればいいならチャーシ一人で余裕だわ。
 全員でも構わないんだけどライさまの分を残せってことなの?」

「いやいや、こちらが先に動けば残りは帰って行くと思うんだ。
 ここまでやって来たことはともかく、虐殺したいなんて思って無さそうだしね。
 まずは一人だけ無効化して相手の出かたを見てみよう。
 他の四人には十分驚いてもらいたいから殺してしまって構わないよ。
 あいつらはどうせ生き返るからね」

「それじゃさっそく行ってきまーす。
 お話はしなくていいのですよね?」

「もちろんだよ、チャーシはすぐに引いてしまっていいからね。
 すぐに僕が出て行って話をつけるから安心してよ」

「良かったー
 チャーシは行儀よくお話するの苦手だもの」

 話がまとまった二人は、村の中で避難誘導している人たちへ声をかけた後西門へと向かった。門を出るとすぐに広がる荒野が有り、勇者たちは門から数十秒のところに陣取っており、門から出てきた二人をすぐに視認するのは当然のことだった。

「なんだこの獣人は、村人代表ってことは無さそうだが?
 もう一人が魔人と言うことはこっちが村長か?
 それにしては随分と若そうだな」

「けっ、獣人ごときがメイドの格好してるなんざ笑わせる。
 今ここで真っ二つにしてくれるわ!」

 そういって飛び出した勇者の一人が獣人のメイドへと切りかかると、言葉通り真っ二つにはならず、地面へと食い込んでいた。悶絶しながら身動きがとれずうめき声を上げている勇者の背中に狐娘の拳が振り下ろされると、地面へ人型のくぼみだけ残して彼は跡形もなく消え去った。

「ライさま、本当に一人でいいんですか?
 なんならもう一人くらい、いえ全員でもやってしまいますよ?
 チャーシったら手ごたえ無さ過ぎて物足りないんだもの」

「相手の出方しだいかな。
 抵抗しないで帰るなら許してあげようよ。

 人間の勇者たちよ、このまま帰って二度と来ないならこれ以上何もしない。
 村へ一歩でも立ち入るようなら容赦はしないからね。
 警告に従わない場合、先ほどの彼のようにあっさり死ねると思わないでくれ」

 魔人の少年が勇者たちへ宣言すると、残った四人は大慌てで荷物を片付け引き上げていった。その様子は明らかに怯えており、相手を侮っていた後悔の表情である。ただ一人、命を落とし人間の街トラストの神殿へと強制送還された勇者だけは憎しみの表情を浮かべていた。

 コ村西の荒野では、どうやら警告には効果があったらしい、と安堵する少年と狐娘がハイタッチをしながら村の中へと戻って行った。村人たちは歓喜の声を上げ、少年たちへ礼と賛辞の言葉を浴びせている。興奮冷めやらぬと言った様子で大騒ぎしているところを見ると、きっと今夜は宴でも開かれそうだ。

 こうして、勇者が初めて行った魔人の村襲撃は、圧倒的な力の差を見せつけられた勇者側の敗北で終わった。
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