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第三章 学校生活始めました

39.驚くべき事実

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 マハルタと仲良くなってからと言うもの、教室ではいつも一緒にいるようになってしまった。それが嫌なわけではないけど、やっぱり周囲の目は厳しいままだしマハルタも同じように変な目で見られているようにも思えて罪悪感を持ってしまう。

「多分気にしすぎだと思うよ?
 どちらかと言えば警戒心が解けて来ているような気はしない?
 実は怖くもない普通の人なんだってわかってもらえるきっかけになると思うの」

「まあそうだね、理解してもらうに越したことはないか。
 でも僕が理解されても何の意味もないんだよ。
 うちの妹は村へ来ることが出来ずに家に籠っちゃってるんだし。
 しょっちゅうロミが来てくれるのが救いだよ」

「ロミさん学校には全然来ないけどね。
 このまま魔術覚えないで生きていくのかなぁ。
 そんなことできるのかな……」

 マハルタは不安そうな顔を見せているが、その気持ちは僕にも多少わかる。魔術は生きていく上で必須ではないが、生活には欠かせないと言っていいほど日々の暮らしに浸透している。朝起きて顔を洗ったり帰ってきて風呂に入ったりする代わりの浄化魔術、これがあれば洗濯も不要だ。水を汲みたければ水を作る呪文を唱えればいいし、調理をするなら魔道具焜炉へ魔力を流すのが常識である。

 僕やマハルタ、そしてこのクラスにいる生徒たちはそんなごく一般的なこともできない落ちこぼれである。基礎クラスで魔力放出までできれば魔術初級クラスへと移ることができ、生活魔術と言われる呪文を習得する段階へと移行するのだが、今は全員その手前で足踏みを続けていると言うわけだ。

 そんな足踏み組は今日も教室で自習なのだが、少し前からその内容が変わっていたらしい。真琴の発見により、体内で魔力を練る代わりに外部の魔力を吸い取ることのできる者がいると証明された。大気中から魔素を取りこんで放出した魔力を補充するのではなく、魔素から魔力へと変換された後の物を直接取り込むと言うことは今まで確認されていなかったらしい。

 僕の他にもそう言う体質を持つ者がいるのかどうかを探る意味もあって、教科書の裏表紙は魔力を付与された魔道具の板に変わっていた。その赤い裏表紙はわざわざ製作したわけではなく、副校長や初級以降の生徒たちがあらかじめ魔力を込めておいたものだ。つまり普段は表紙に魔力を込める練習をしているのと同じことをやって逆の効果が出るかどうかを見定めると言うことになる。

 だが意外にも裏表紙の魔力を吸い取ることのできる生徒はいなかった。学校の時間が終わって帰る際に副校長に会って聞いたのだが、事前に初級中級クラスの生徒が試したところ一人も出来ず、それどころか大人たちの中にもまだ見つかっていないと聞かされた。

「つまり今のところ僕だけの特殊体質ってことなんですね。
 でも普通は魔素を取りこめばいいから何のメリットもないし特技とも言えないか。
 一体これになんの意味があるんだろ」

「今はまだわかりませんが、研究していくことで活用方法が見えてくるかもしれません。
 どちらにせよ唯一無二の能力ですし、貴重ではあります。
 さすが雷人様でございます」

「ちょっと、学校の中でそんな言い方は止めてくださいよ。
 マハルタは多少知ってるみたいですけどね……」

「と言うよりは知らない人のほうが少ないんじゃないかな。
 村長さんたちと叔父さんたちの話し合いの中で何度も名前が出て来てたし」

「ちょっとまって? 今村長と叔父さんって言った?
 村長と話し合いをする人なんて限られてると思うんだけどさ……
 もしかしてあのチハルって人かい?」

「うん、移住組のリーダーなの。
 なんだか偉そうで私は嫌いだけどね。
 最近は村長を住民投票で選ぶべきだって運動をしているのよ」

 僕は思わず頭を抱えてしまった。もしかするとマハルタは、移住組が有利になるよう僕を懐柔に来た可能性だってある。だがそれならここまでストレートに明かすだろうか。

「正直に言うとさ、僕は村長側の人間だよ?
 別に村を治めるとか僕の領地だとか言うつもりは無いけどね。
 でも今までこの場所を護ってくれたのは村長たちなのは間違いない。
 先祖に敬意を持ってくれた人たちの肩を持つのは当然だろ?」

「そうね、私もその意見には賛成だわ。
 村長はライト君のこと領主様って呼んでるけど、それも悪くないと思うもの。
 叔父さんたちは村の暮らしから逃げてきたのに、村長になろうだなんておかしいわ」

「そのタ村ってところは暮らしにくい環境だったのかな?
 とは言ってもマハルタはコ村産まれだし、昔のことなんて知らないか」

 予想通りマハルタが首を横に振ると、カナエが知っていることを聞かせてくれることになった。

「それについては私が説明しましょう。
 タ村は、人間やエルフたちが雑多に住んでいるアグリスという街の近くにありました。
 対外的には無宗教の街ですが、住人の割合から言うと天神信仰寄りの街と言えます。
 アグリスは、周囲の集落や村との取引を積極的に行っている商業都市です。
 ただその取引は公平なものとは言い切れませんでした」

「言い切れないって? なんだか微妙な言い回しですね。
 それにタ村はもう無いみたいな言い方ですけど何があったんです?」

「タ村だけではないのですが、最初は破格で取引を持ちかけるのです。
 便利な道具や武具に狩猟道具、それにおいしい食べ物ですとか色々。
 その中でも大多数に受け入れられるのは酒やたばこ、一番問題なのが依存薬物です」

「覚せい剤!? いや、麻薬か!?」

「良くご存知ですね!
 初代様の記録に記されておりまして、コ村ではご法度品の一つです。
 ただ他の村等では禁止されていると聞いたことはありません。
 もちろん人間族も多用しておりますね」

「じゃあそれらを安く売って、中毒になってから値上げしていくってこと?
 随分と酷い事するもんだな…… 許せないよ!」

「中毒になっても周囲が助けられるうちは回復できるのですけどね。
 魔人や魔族であれば魔術で中毒ごと消し去ることも可能ですから。
 ですが狭い村で広く使用されてしまうとそれも難しくなります」

 まさかこっちの世界にも薬物中毒なんてものがあるとは思ってもいなかった。コ村にはファンタジーに付き物の酒場もなく、飲んでる人を見たこともない。飲食が必須でないからこそなのかもしれないが、それだけに虜になってしまってから抜け出すのは難しいのだろう。

「それでタ村を棄てる決心をした若い世代をコ村で受け入れたと言うわけです。
 チハルさんたちの前の世代が若い頃ですからずいぶん昔の話ですね。
 ですがあの世代はタ村産まれがほとんどで、暮らし自体は豊かだったでしょうからね」

「コ村で質素な暮らしを受け入れ続けるのは勘弁ならんって感じですか。
 まあ確かに暮らしに改善の余地はあるのかもしれませんけど、必要性はないですよね?」

「そうですね、昔ながらの魔人生活にほんの少し贅沢を加えたのが初代様の残した生活です。
 私たちはそれで十分だと思っていますが、そうでない人たちがいるのも理解できます。
 ですがわざわざ変える必要はないというのが正直なところなのです」

「副校長先生のお話はわかるんですけど、なんでも初代様が正しいんですか?
 私は今の生活に不満はないし変える必要はないと思いますけど、妄信的なのはちょっと……」

「マハルタさん、その考えもまた正しいのですよ?
 初代様はあらゆる出来事、考え方を許容すべきだと残しています。
 現に六百年ほど前にも同じようなことがあったと記録があるのです。
 その時は不満を持った人々がコ村を出て新たな村を興しました。
 それが東へ二日ほど行ったところにある花の里という大きな集落ですね」

「花の里って魔人だけじゃなく獣人たちも住んでいる大きな集落ですよね?
 叔父さんたちはそこへ行ってみようかって話してましたけど……
 と言うことは出て行った人たちが正しかったってことですか?」

「何をもって正しいとするか、でしょうね。
 里を築くときにはコ村からも大分人を出して、魔道具設置にも協力したようです。
 今でも人は行き来していますし、もちろん交易も行っています」

「と言うことは、出て行った人たちも残った人たちも満足いく結果だと。
 もしかしてコ村で使っている煉瓦は花の里で作っているんですかね?
 それと魔道具を交換するとか?」

「さすが雷人様、もちろんそれだけではありませんが、煉瓦は花の里の特産品ですね。
 その代わりと言うわけではありませんが、向こうでは魔道具は作っていません。
 蓄積された知識や方法がありますし、花の里の近くでは昔から煉瓦が作られていました。
 近隣の集落を吸収しながら大きくなったのが現在の花の里と言うわけです」

「なるほど、勉強になります。
 こう言う近代史も歴史の授業でやればいいと思うんですけどね」

「そうかもしれませんね、今後のために少し考えてみます。
 ところでお二人とも魔術基礎はいかがですか?」

 僕とマハルタは口をもごもごさせながら、カナエの前から逃げるように立ち去った。
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