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第三章 学校生活始めました

26.学校に通うのも仕事です

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 ちびっ子パワーに圧倒されながらも学校へ通い始めてから数日が過ぎ、僕と真琴は無事に魔術学のクラスから上がることを許された。

 魔術学なんて大層な名前がついているわりに内容的には大したことはなく、魔術には魔力が必要だとか、自然界には魔素と言う形で漂っているとか、魔術を使うためには呪文を唱えて魔力を消費するとかそんな内容を覚えていく程度だ。

 とは言っても、概念を覚えると言うこと自体がまだ七歳程度の子には難しいらしく、さらには自由登校まつ毎日自習でまったく集中できないこともあり、あれなら確かに一年かかっても仕方ない。改善しようにも教師を雇う予算が村から出るわけでもなく現状維持が続いているようだ。

 歴史も当然同じような形式だと考えていたが、ある日教室へマイがやってきた。

「それでは授業をはじめます。
 みなさんお座りください。
 本日は教科書の六ページをやっていきますね」

 そう言いながらこちらへ目配せを送ってくる。その表情は観光案内所でいつも見る大人ぶった雰囲気ではなく、ごく普通の女の子って感じでドキッとしてしまう。僕は授業内容が返って頭に入らなくなり、これなら自習のほうがマシなのではないかと反省しながら帰路についた。

「ライトさん、マコトさん、お疲れ様です。
 今日はどうでした? 驚かせてしまいましたか?」

「マイちゃんが来たから嬉しかったよ。
 マコは歴史好きじゃないけど、これなら頑張れるかも!」

「あら、歴史はお嫌いなのですね。
 初代様のことだけではなく時代の流れやもっと昔のことなどを学ぶのも楽しいですよ?
 苦手なだけなら好きになれるようご協力したいですね」

「僕は嫌いじゃないよ?
 爺ちゃんが関わっていたことが歴史になってるなんて、普通じゃあり得ない。
 まあたまに大げさすぎて恥ずかしいけどね」

「それそれ、お爺ちゃんが何百年も昔にこんなことしましたって聞くの不思議。
 でもそれが良いことで良かったよ」

 いいことと言っても神を滅ぼしたり人間を追い詰めたりしたのだから、善行だと言いきるには微妙である。しかし魔神側勢力である魔人である今は特に違和感は感じない。きっと変わったのは見た目だけではないのだろう。

「そう言えば先日お預かりした生麺なのですが、うまく再現して作ることが出来たようです。
 ただ、かなり手間がかかるようなので、ラーメンを出すとなると高価になりそうだと。
 もし温麺屋で出すなら主に観光客向けでしょう」

「温麺の麺を変えるだけじゃダメなの?
 まだ食べたことないからわからないけど、醤油味かなって勝手に思ってた」

「醤油も失われた調味料ですね。
 発酵? という技術が必要らしいのですが、トラスでは再現できなかったと記録されています」

 そう言えば物が腐らないと言うことは発酵食品も存在しないと言うことだ。納豆ごはんなんて夢のまた夢、と言ったら大げさか。

「じゃあ味噌もなさそうだなぁ。
 それなら塩ラーメンでいいんじゃないの?
 鶏がらスープは作れるでしょ?」

「あまり難しい調理方法はわかりませんので聞いておきます。
 もしライトさんの知識が必要になったらお手伝いいただけますか?」

「そ、そうですね、出来る限りは。
 作るのはいまいちですけど、味に関しては間違いなく助言できるはず。
 そう言えば今日は観光業は休みだったの?」

「いいえ、家族と交代でやってますから毎日ではないのですよ?
 私が学校で授業をやる時も案内所は母がやっているのです」

「それで休みはないの?
 通るといつもマイさんいるような気がするんだけど」

「そんなことありませんよ。
 週に一度は完全にお休みですからね」

 こうして観光案内所で立ち話をしていると、全ての授業が終わったらしくマサタカ校長がやってきた。結構不在がちなのだが今日は学校にいたようだ。

「まだこちらにいらっしゃいましたか。
 実は雷人様のお宅へ参ろうと思っていたところだったのです。
 少しご相談がありまして」

「なんでしょうか、僕に相談なんてあるのかな?
 特になにか出来る気はしませんが」

 ところがそんなのんきな返事をした僕に驚くべき提案がなされた。

「ですので週に一度か二度、数時間程度でいいのです。
 このままでは途中でどんどん詰まっていってしまいます」

「いやいや、それでも僕ではなく誰か大人がいるでしょう?
 それこそ毎日きちんと勤めてくれる人のほうがいいと思いますよ?」

「逆にそれでは予算が足りないのです。
 村の収入は一件あたり月に100ルド徴収している税金が主です。
 ここから学校等の公共施設、街の浄化装置や防護壁の維持費を捻出しています。
 他にも工房の給金や材料費がありますがこちらは魔道具の販売でなんとか賄えております。
 実はマイ様にはご厚意で週一度お願いしている始末……」

「タダ働きなんですか!?
 だから僕にもそうしろって言うことですかね?
 いや別にお金が欲しいわけじゃないですが、マイさんをタダで働かせるのは良くないですよ」

「ライトさん、私の家ならそれでも大丈夫なのですよ?
 観光案内所でおみやげや歴史の本を販売して賄っておりますからね」

 そう言う問題ではないのだが、ここはしっかりと言っておかないといけない。でもこう言う話は村長がいた方がいいんじゃないだろうか。だが話をもう少し聞くとことはそれほど簡単ではないようだ。

「村長は税金を上げるべきだと考えているのです。
 年々外部からの物品流入が増えていて人々の生活は豊かになってきています。
 ですので皆もっとお金を得ようと工夫し、場合によっては外へ働きに出ているのです」

「収入が上がっているから税金も上げると?
 そうしたらコ村に住む人が減ってしまうんじゃないですかね?
 もしくは不満が増大するとか」

「それに全員が裕福なわけではありません。
 昔ながらの慎ましい生活をしている人たちも多いのです。
 雷人様はどうすべきだとお考えになりますか?」

 だから領主のように意見を求めるのは止めてくれ、と出かかったが、今は誰の意見でも聞きたいのかもしれないと言葉を飲み込んだ。かと言って妙案が出てくるわけでもなく、頭に浮かんだ税徴収法は消費税くらいなもんだ。

「ま、まあ村にお金がないのはわかりました。
 それで経費を抑えるために非常勤でってことなんですね。
 でも僕に出来るのかぁ?」

「お兄ちゃんはマコに勉強教えてくれてたし出来るよ!
 なんでも出来ちゃうんだからさ」

「また大げさに言うなって。
 学校で教えている計算の授業範囲だけならまあ……」

「ありがとうございます!
 今年は二年次の計算で詰まる子供が多くて危ないところでした。
 言語はすぐに習得出来て飛び級する子が多いのですが、計算は自習だけでは難しいようです」

 と言うわけで、僕は週に二度二、三時間程度、二年生の授業を受け持つことになった。ただしこれを引き受けるには条件があって、歴史を教えているマイにも同じ給金を支払うことで合意した。とは言っても最低時給の100ルドなので微々たるものだ。それでもタダ働きさせる悪しき慣習は捨てないといけない。

 村の税収入のことについては村長と相談してもらうよう言いくるめて、僕は改めて領主になるつもりはないと伝えた。でもこっちの件は僕の成長と共にしつこく言われ続けそうな気がして、とても憂鬱だった。
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