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第二章 戸惑いの異世界

22.一般人になりたい

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 どっと疲れた僕は、先ほどの軽い足取りを失ったままで観光案内所へとたどり着いた。丁度客足が途切れらところのようでマイは椅子に座って一息入れている

「こんにちはマイさん、お疲れさま。
 これ差し入れです、売れ行き良かったので味も大丈夫なはず」

「あら雷人様、ごきげんよう。
 これは昨日おっしゃっていたエビの料理ですか?
 衣をつけて揚げているなんて手が込んでいますね。
 それではいただきます」

 塩味しかついていないと言ったから安心だったのか、何のためらいもなく口へ運んでくれた。しばらくすると目を丸くして見開き感想を聞かせてくれた。

「すごくおいしいですね。
 エビが柔らかいし衣はサクサク!
 衣は小麦粉を溶いたものでしょうか」

「そうだと思う、半分出来合いなので同じ物はもう作れないんだけど……
 あと少しだけ未調理分が残っているので気に入ったならまた持ってきますね。
 それで今日は少し相談があるんです」

 僕は麺のことと校長達からの扱いについて相談した。もちろんマイにも、もっと気楽に接してほしいことを伝えたが返答はあまり芳しいものではなかった。

「お気持ちはわかります、でもいきなりは難しいでしょう。
 私の一族をはじめ、村の一部の者は約七百年の間お待ちしていたのです。
 ここも今でこそ観光案内所としていますが、元々は違う目的で作られました。
 ダイキ様のお蔭で神々の争いが終焉したものの、天神信仰者を滅ぼそうと言う勢力もいました。
 それを止めるために、なぜ人はいがみ合うのかという根本からを学ぶ場所だったのです」

「それがなんで観光案内所に?
 ああでも歴史館もあるからそっちでは学べるのか」

「はい、その通りです。
 世界から天神の加護が無くなり、天神信仰は名前だけのものとなりました。
 ですので信仰者はどんどん減っていったのです。
 それでもまだ西側には少数の街や村が残っていますけどね。
 追いやられた天神信仰者たちは当然我々を恨んでいるでしょう。
 ですが、魔神信仰者が迫害をしないようダイキ様の正しいお考えを広める必要があります。
 そのため観光案内所を併設して世界中から来訪者を集め、歴史を学んでもらっているのです」

「それと僕たちの関係性がいまいちわかりませんね。
 マイさんは爺ちゃんの養子の家系って聞いたからまだなんとかわかるけど。
 村長さんは代々村長の家系でしたっけ?
 代々の校長達もなにか役目があったんですか?」

「それぞれ私の先祖と同じように村を興した者の末裔ですね。
 最初から学校と孤児院、工房はありました。
 それまでは子供へ一括した教育を施すと言う概念自体なくダイキ様が作られたのです。
 ちなみにコ村は魔道具発祥の地で、工房は今も研究の最先端なのですよ。
 ダイキ様は元々現在の公民館にお住まいでしたが、巡礼者が多すぎたので丘の上に移りました。
 ですから初期村民にとって、コ村はダイキ様からお預かりしているものなのです」

「そっかぁ、そういう事情があるから領主扱いだとか敬意を持たれ過ぎてしまうのか。
 それでも僕は普通に接してほしい、例え演技でもいいからさ。
 マイさんは頭良さそうだから、なにか上手い落としどころを見つけてもらいたいんだよね」

「私はどなたに対してもこんな口調ですからあまり問題は無さそうですね。
 村長はともかく問題になるのはマサタカさんとカナエさんでしょう。
 教育者が他の生徒とあからさまな差をつけることは確かに好ましくありません。
 そう言い聞かせて割り切ってもらうしかないでしょうね。
 工房長は口の悪い人なので逆にもっと気を使ってもらいたいくらいです。
 孤児院の先生方は私と似たようなもの、歴史館は私の身内ですので言い聞かせておきます」

「ありがとう、とても助かるよ。
 みんながロミさんとかジンタさんみたいだと助かるんだけどな」

「ロミさん、ジュース売りの女性ですね……
 ジンタさんは確か木の実を売っている、宿屋のナミエさんのご主人ですね」

「知ってる人?
 あの人たちはごく普通の村の人って思えばいいのかな?」

「そうですね、彼らは何代か前に移住してきた方たちですね。
 ダイキ様を直接知らない村民たちは小村様一族への執着はそれほどないでしょう。
 移住者や普通の若い世代にとっては神々の争いは神話扱いですから」

 七百年前と言ったら戦国時代くらいになるのか? 確かに現実味を持てなくて当然だし、いっそそれくらいの扱いにしてもらった方がありがたい。だが長年待ち続けていたと言われると、簡単に切り替えることも難しいのだろうと理解はできる。まったく爺ちゃんは、僕たちのことをとんでもない爆弾扱いにしてくれちゃったもんだ。

「じゃあこの生麺の調査もお願いします。
 もし宿屋で扱うなら全部お譲りするって伝えてね。
 それともう一つ聞きたいことがあってね、村人の名前って大体みんなこんな感じ?
 行って通じるかわからないけど、どの人も日本人っぽい、向こうの世界っぽいんだよね」

「ああ、それはですね、歴史館で同じ物が読めるのですけど――」

 マイが出して来たのは一冊の本だった。表紙には『コ村人名参考名集 編纂 コムラ・イチロウ』と書かれている。もしかしてこれはマイさんの祖先が書いたものだろうか。

「編纂者はお察しの通り私の先祖で、ダイキ様に救われたコ村最初の村人の一人です。
 イチロウはダイキ様がこちらの世界で名づけた最初の孤児でした。
 それからは孤児を拾うたびに名前を付けて行ったのです。
 やがてその子らが成長し子を持つと当然のように名を付けてくださいました。
 その名を集めてまとめたのがこの本なのです」

「えっと…… それからずっとこの本に載ってる名前しか付けてないなんてことないよね?
 何人分くらい掲載されているのか知らないけど被っちゃって仕方ないでしょ」

「そうですね、結構同じ名の者も多いですよ。
 そう言う時は地区名を付けて呼んだりします、北五番のタロウ、とか。
 ダイキ様が名づけたもののほかに、似た語感の名が候補としても載っております。
 別に決まりはありませんが、村で産まれた者たちはほぼすべてこの本から名づけられています。
 他の村や街とは語感が明らかに異なるのも特徴ですね」

「よーくわかりました、大体のことは爺ちゃんのせいってことですね。
 でも僕の知らない祖父の一面が知れてなんだか嬉しい、かな」

「そうそう、もしかしてと思って見直したんですけどね。
 この本には『ライト』と『マコ』『マコト』は載っていないのです。
 やはりお孫さんは特別だったんだなって感動してしまいました」

 それを聞いたら余計に嬉しさと恥ずかしさが溢れ出て来て、僕は赤くなってそうな顔を隠すように観光案内所を後にした。
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