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第二章 戸惑いの異世界
17.常識も個性もそれぞれ
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屋敷へ戻ると待ちかねたようにメンマとナルが真琴のそばへと駆け寄ってきた。どうやら何か用があるらしい。僕は真琴を二人に任せてキッチンへ行き、手持無沙汰なマーボへお土産のお茶を渡した。
「村の人に分けてもらったんだけど後で淹れてもらっていいかな?
それって普通のお茶? 多分紅茶だよね?」
『スンスン』
「左様でございますね、花の香りが香(かぐわ)しい良い紅茶でございます。
準備はしておきますのでいつでもお声かけください」
「わかった、ありがとう。
それと後で地下の倉庫にある食材を見てもらえるかな?
荷物と一緒に送られてきた半端があるから何とかしないといけないんだよ」
「それならお任せください。
どんな食材でもきちんとしっかり調理いたします」
キッチンを出た僕が爺ちゃんの手記の続きを読むつもりで執務室へ向かうと、二階から走り下りてきた真琴に出くわした。ついさっきまで玄関にいたはずなのに随分と慌ただしいものだ。
「そんなに急いでどこ行くんだ?
せっかくいいとこのお嬢様みたいにしてもらったのに、そんなお転婆じゃ台無しだぞ?」
「お兄ちゃんも手伝ってもらいなよ。
今お部屋へ荷物運んでるんだけどナルちゃんが片付け手伝ってくれてるの。
テキパキしてどんどん片付いちゃってすごいんだから」
「ああそうか、僕の荷物もあるんだったなぁ。
手伝ってくれるのはナルだけ? 他のみんなは?」
「片づけできるのがナルちゃんだけなんだって。
運ぶくらいは出来るみたいだけどね」
といった言葉を交わしてしまったからにはやるしかない。手記を読むのは後回しにして、僕も地下へと向かうことにした。ハンチャには玄関先で誰か来ないか見張ってもらい、他は全員で荷物運びである。これだけ手があればすぐに終わるだろうと考えていたのだが……
「考えてたよりもはるかにポンコツだね、こりゃ。
出来ると決まっていること以外は全くできないのかなぁ。
万能なのはハンチャだけとはね……」
「しょうがないにゃ。
文句はダイキ様に言ってほしいにゃ!」
「それにしたって真琴の衣類くらい持ててもいいのになぁ。
あ、そうだ、これは衣装だぞ? メイク関連のものならちゃんと運べるんじゃないか?
こっちは洗濯物だからルースーでも運べるだろ?
よし、こっちはえっと…… そうだ、これは武器、鈍器だからチャーシお願い。
いいぞこの調子、これは僕の部屋で使う掃除道具だからマーボに頼んじゃおう」
どうやらそれぞれの得意分野に関するものだって言い聞かせれば何とかなるようで、嘘みたいに早く運び終わってしまった。後は自分の部屋で片付ければいい。電気製品は全滅だからそのまま倉庫へ置いておくとして、冷蔵庫の中にアレコレ少しずつ残っている食材が問題だ。
まずは食材をキッチンへ運んでもらおうか、でも地下のほうが痛むのが遅いかもしれないから下手に動かさない方がいいかもしれない。そもそもこれだけで何か作れるのだろうか。半端な野菜とか調味料、凍った肉がほんの少し。
あとは店の業務用冷蔵庫も運ばれていたのでその中身も少しだけ残っていた。ネギとチャーシューの切れ端に未使用のナルトが数本、メンマの缶詰はたっぷりあった。チャーシュー用のバラ肉が残っていれば良かったんだけど丁度使いきって注文しようと思っていたところだったから在庫はなし。
でも親父が作らなくなって仕入れるようになった冷凍餃子がたっぷり三百個以上と、チリソース用に下ごしらえ済みの冷凍エビ、あとは麺が百玉以上は残っている。これらの食材があったのは良かったのか悪かったのか悩むところではある。
とりあえずキッチンへ戻り、調理担当のマーボへ食材の量や種類を伝えて処理について相談してみたところ驚くべきことを聞かされた。
「それは本当なの?
というかそんなことあり得るのかな……
うかつに信じて食中毒なんて困るよ?」
「はい、トラスでは常識、と言うよりは腐敗の概念が異なるのでございます。
もしかしたら天神信仰の街のように魔素の弱い地域では異なるかもしれません。
それでも冷えた物は温まり、熱いものはぬるくなります。
ですのでまずは冷凍物から処置して参りましょう」
「うん、お任せしてしまっていいかな?
正直言うと僕が作れるのはラーメンだけなんだ。
ガスが使えれば餃子も焼けるけどないものは仕方ない。
なんとかうまく焼き上げて小遣い稼ぎくらいしたいなぁ」
「ライさま、そんな不安そうなお顔は似合いませんよ?
このマーボの耳にかけて間違いなく成功させることをお約束いたしましょう。
心配することなんてなにもないのでございます」
そういうとマーボはピンクの長い耳をピクピクっと器用に揺らした。ウサギが肉料理をすることにやや疑問は感じるものの、マーボは普通のウサギではなく獣人だし、それも魔術で動く人形だと言うのだから深く考えるだけ無駄なことに違いない。
よく考えてみれば、人と区別つかないような人形が動いてしゃべって仕事もしてくれるのが魔術なのだから、その影響か何かで食べ物が腐らないなんて微々たることだ。トラスでは今までの常識はまるっきり通用しないことをしっかりと心に留めておく必要があるだろう。
マーボが餃子を焼いてくれることになったことだし、明日はそれを持ってマーケットへ行き売りさばくのだ! そして小銭を稼いでお茶代や花の苗、それになにか真琴の好きな物を買ってやろう。うんうん、兄らしいことが出来そうで僕はウキウキしながら倉庫を出た。
すると地階のホールでルースーとチャーシが何やら言い合いをしている。どうもこのメイドたちはそれぞれをライバル視するように作られているらしくあまり仲がいいとは言えない。問題を起こさないのはハンチャだけのようで先が思いやられる。
「ちょっとちょっと、ケンカはダメだよ。
家族なんだからみんな仲良くしよう?
要は仕事があればいいんだよね?」
「はい、明日も外出へお供して、ルースーが役立たずじゃない事をお見せしたいのです。
でも洗濯はする必要がないし、薔薇を植えたくても苗がありません」
「花の苗でも種でも、お金が手に入ったら必ず買ってあげるからそれまで我慢してて。
それよりも洗濯の必要がないってどういうこと?」
「はい、このお屋敷には自動浄化装置が働いているのです。
ですから外から帰ってくれば衣類は勝手に浄化され洗濯は不要。
もちろん入浴も必要ないと言うわけなのです」
「なるほど、それで掃除の能力が役立たず呼ばわりだったのか。
それに言われてみればお風呂場もないね。
じゃあなんで爺ちゃんはルースーに洗濯を任せることにしたんだろう。
もしかしたらいつか役立つ場面があるのかもしれないね」
まったく、爺ちゃんも余計な設定を付けてくれたもんだ。全員平等に万能なら良かったのに、なんて考えながら三人で階段を上って行った。
「村の人に分けてもらったんだけど後で淹れてもらっていいかな?
それって普通のお茶? 多分紅茶だよね?」
『スンスン』
「左様でございますね、花の香りが香(かぐわ)しい良い紅茶でございます。
準備はしておきますのでいつでもお声かけください」
「わかった、ありがとう。
それと後で地下の倉庫にある食材を見てもらえるかな?
荷物と一緒に送られてきた半端があるから何とかしないといけないんだよ」
「それならお任せください。
どんな食材でもきちんとしっかり調理いたします」
キッチンを出た僕が爺ちゃんの手記の続きを読むつもりで執務室へ向かうと、二階から走り下りてきた真琴に出くわした。ついさっきまで玄関にいたはずなのに随分と慌ただしいものだ。
「そんなに急いでどこ行くんだ?
せっかくいいとこのお嬢様みたいにしてもらったのに、そんなお転婆じゃ台無しだぞ?」
「お兄ちゃんも手伝ってもらいなよ。
今お部屋へ荷物運んでるんだけどナルちゃんが片付け手伝ってくれてるの。
テキパキしてどんどん片付いちゃってすごいんだから」
「ああそうか、僕の荷物もあるんだったなぁ。
手伝ってくれるのはナルだけ? 他のみんなは?」
「片づけできるのがナルちゃんだけなんだって。
運ぶくらいは出来るみたいだけどね」
といった言葉を交わしてしまったからにはやるしかない。手記を読むのは後回しにして、僕も地下へと向かうことにした。ハンチャには玄関先で誰か来ないか見張ってもらい、他は全員で荷物運びである。これだけ手があればすぐに終わるだろうと考えていたのだが……
「考えてたよりもはるかにポンコツだね、こりゃ。
出来ると決まっていること以外は全くできないのかなぁ。
万能なのはハンチャだけとはね……」
「しょうがないにゃ。
文句はダイキ様に言ってほしいにゃ!」
「それにしたって真琴の衣類くらい持ててもいいのになぁ。
あ、そうだ、これは衣装だぞ? メイク関連のものならちゃんと運べるんじゃないか?
こっちは洗濯物だからルースーでも運べるだろ?
よし、こっちはえっと…… そうだ、これは武器、鈍器だからチャーシお願い。
いいぞこの調子、これは僕の部屋で使う掃除道具だからマーボに頼んじゃおう」
どうやらそれぞれの得意分野に関するものだって言い聞かせれば何とかなるようで、嘘みたいに早く運び終わってしまった。後は自分の部屋で片付ければいい。電気製品は全滅だからそのまま倉庫へ置いておくとして、冷蔵庫の中にアレコレ少しずつ残っている食材が問題だ。
まずは食材をキッチンへ運んでもらおうか、でも地下のほうが痛むのが遅いかもしれないから下手に動かさない方がいいかもしれない。そもそもこれだけで何か作れるのだろうか。半端な野菜とか調味料、凍った肉がほんの少し。
あとは店の業務用冷蔵庫も運ばれていたのでその中身も少しだけ残っていた。ネギとチャーシューの切れ端に未使用のナルトが数本、メンマの缶詰はたっぷりあった。チャーシュー用のバラ肉が残っていれば良かったんだけど丁度使いきって注文しようと思っていたところだったから在庫はなし。
でも親父が作らなくなって仕入れるようになった冷凍餃子がたっぷり三百個以上と、チリソース用に下ごしらえ済みの冷凍エビ、あとは麺が百玉以上は残っている。これらの食材があったのは良かったのか悪かったのか悩むところではある。
とりあえずキッチンへ戻り、調理担当のマーボへ食材の量や種類を伝えて処理について相談してみたところ驚くべきことを聞かされた。
「それは本当なの?
というかそんなことあり得るのかな……
うかつに信じて食中毒なんて困るよ?」
「はい、トラスでは常識、と言うよりは腐敗の概念が異なるのでございます。
もしかしたら天神信仰の街のように魔素の弱い地域では異なるかもしれません。
それでも冷えた物は温まり、熱いものはぬるくなります。
ですのでまずは冷凍物から処置して参りましょう」
「うん、お任せしてしまっていいかな?
正直言うと僕が作れるのはラーメンだけなんだ。
ガスが使えれば餃子も焼けるけどないものは仕方ない。
なんとかうまく焼き上げて小遣い稼ぎくらいしたいなぁ」
「ライさま、そんな不安そうなお顔は似合いませんよ?
このマーボの耳にかけて間違いなく成功させることをお約束いたしましょう。
心配することなんてなにもないのでございます」
そういうとマーボはピンクの長い耳をピクピクっと器用に揺らした。ウサギが肉料理をすることにやや疑問は感じるものの、マーボは普通のウサギではなく獣人だし、それも魔術で動く人形だと言うのだから深く考えるだけ無駄なことに違いない。
よく考えてみれば、人と区別つかないような人形が動いてしゃべって仕事もしてくれるのが魔術なのだから、その影響か何かで食べ物が腐らないなんて微々たることだ。トラスでは今までの常識はまるっきり通用しないことをしっかりと心に留めておく必要があるだろう。
マーボが餃子を焼いてくれることになったことだし、明日はそれを持ってマーケットへ行き売りさばくのだ! そして小銭を稼いでお茶代や花の苗、それになにか真琴の好きな物を買ってやろう。うんうん、兄らしいことが出来そうで僕はウキウキしながら倉庫を出た。
すると地階のホールでルースーとチャーシが何やら言い合いをしている。どうもこのメイドたちはそれぞれをライバル視するように作られているらしくあまり仲がいいとは言えない。問題を起こさないのはハンチャだけのようで先が思いやられる。
「ちょっとちょっと、ケンカはダメだよ。
家族なんだからみんな仲良くしよう?
要は仕事があればいいんだよね?」
「はい、明日も外出へお供して、ルースーが役立たずじゃない事をお見せしたいのです。
でも洗濯はする必要がないし、薔薇を植えたくても苗がありません」
「花の苗でも種でも、お金が手に入ったら必ず買ってあげるからそれまで我慢してて。
それよりも洗濯の必要がないってどういうこと?」
「はい、このお屋敷には自動浄化装置が働いているのです。
ですから外から帰ってくれば衣類は勝手に浄化され洗濯は不要。
もちろん入浴も必要ないと言うわけなのです」
「なるほど、それで掃除の能力が役立たず呼ばわりだったのか。
それに言われてみればお風呂場もないね。
じゃあなんで爺ちゃんはルースーに洗濯を任せることにしたんだろう。
もしかしたらいつか役立つ場面があるのかもしれないね」
まったく、爺ちゃんも余計な設定を付けてくれたもんだ。全員平等に万能なら良かったのに、なんて考えながら三人で階段を上って行った。
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