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一つのパンを貪り終われば、私は王都を背に歩き始めた。
名残り惜しさというのが無いと言えば、嘘にはなる。ただ、その名残り惜しさは全てユーリに関係するものだ。彼が居ない今、そこまであの王都に固執する必要はなかった。
そういえば、彼は今、どこで何をしているのだろうか。
隣国で暮らしているという噂は耳にしたことがあったが、それが確かな証拠はなかった。
それでも長寿のエルフだ。どこかでひっそりと生きているのだろう。
もし、この先で出会うことがあるのなら。
彼と昔話を嗜むのもいいかもしれない。
足取りはやや軽く。
私は隣国へと歩みを進めた。
アルヴィン国と隣国「パレス」の間には広大な森が広がっている。
ザワザワと忙しなく騒がしい森の声を聞きながら、森を散策し、道中今までの憂さ晴らしも兼ねて、植物や動物に聖魔法を付与していった。
今まで障壁魔法で体内の魔力を減らしていたが、消耗しなくなると、今度は体内の魔力が溢れ兼ねないからだ。
そうして歩いていると、道外れに小さな苗木があるのを見つけた。
その苗木は雨風にさらされ、弱々しく項垂れており、今にも倒れそうなほど小さい声で生を喘いでいた。
「かわいそうに...」
出来ることは少ないけれど。
私はその苗木に強めの聖魔法をかけ、雨風にも負けないように、障壁魔法も付与した。
これからずっと、何にも負けないように願って。
うるさいくらいにザワザワとしていた森の声はやがて、私の目の前に一匹の狼が対峙したことで鳴りを潜めた。
「お前は誰だ?」
高圧的な態度を取る狼は、ここの主なのだろうか。辺りを気にしているように、視線を動かしている。
「お前なのか?先程から辺りに魔法を掛けているのは」
辺りを気にしていたのはどうやら、私が憂さ晴らしにそこら辺の植物や動物に聖魔法を掛けていたせいらしい。
「ええ、そうですが...。いけなかったでしょうか?」
「いや、そういうことではない。ただ、少し後を追っていただけだ。人は魔法を使いすぎると、脆弱にも倒れるからな」
「お優しいですね。でも、大丈夫ですよ」
「そうか、それならば良いのだが...。ただ、お前は異質だ。今まで見てきた人と比べて、全然倒れそうにない。...餌の甲斐がないな」
「餌の甲斐ですか?」
「そうだ。私は人間の肉が大好物でな、この森に迷い込んだ人間を餌にしているのだ。...それはお前も例外では無いだろう?」
と。
彼は突然、果敢にも私に突進しながら、その凶悪な牙を向けた。人を容易く噛み切れそうな牙は鋭利に輝き、それは一直線に私の腕に向かい。
そして、刹那。
噴き上げたのは真っ赤な血...ではなく、彼の「キャイン!」という犬の鳴き声に似た、弱々しい声だった。
名残り惜しさというのが無いと言えば、嘘にはなる。ただ、その名残り惜しさは全てユーリに関係するものだ。彼が居ない今、そこまであの王都に固執する必要はなかった。
そういえば、彼は今、どこで何をしているのだろうか。
隣国で暮らしているという噂は耳にしたことがあったが、それが確かな証拠はなかった。
それでも長寿のエルフだ。どこかでひっそりと生きているのだろう。
もし、この先で出会うことがあるのなら。
彼と昔話を嗜むのもいいかもしれない。
足取りはやや軽く。
私は隣国へと歩みを進めた。
アルヴィン国と隣国「パレス」の間には広大な森が広がっている。
ザワザワと忙しなく騒がしい森の声を聞きながら、森を散策し、道中今までの憂さ晴らしも兼ねて、植物や動物に聖魔法を付与していった。
今まで障壁魔法で体内の魔力を減らしていたが、消耗しなくなると、今度は体内の魔力が溢れ兼ねないからだ。
そうして歩いていると、道外れに小さな苗木があるのを見つけた。
その苗木は雨風にさらされ、弱々しく項垂れており、今にも倒れそうなほど小さい声で生を喘いでいた。
「かわいそうに...」
出来ることは少ないけれど。
私はその苗木に強めの聖魔法をかけ、雨風にも負けないように、障壁魔法も付与した。
これからずっと、何にも負けないように願って。
うるさいくらいにザワザワとしていた森の声はやがて、私の目の前に一匹の狼が対峙したことで鳴りを潜めた。
「お前は誰だ?」
高圧的な態度を取る狼は、ここの主なのだろうか。辺りを気にしているように、視線を動かしている。
「お前なのか?先程から辺りに魔法を掛けているのは」
辺りを気にしていたのはどうやら、私が憂さ晴らしにそこら辺の植物や動物に聖魔法を掛けていたせいらしい。
「ええ、そうですが...。いけなかったでしょうか?」
「いや、そういうことではない。ただ、少し後を追っていただけだ。人は魔法を使いすぎると、脆弱にも倒れるからな」
「お優しいですね。でも、大丈夫ですよ」
「そうか、それならば良いのだが...。ただ、お前は異質だ。今まで見てきた人と比べて、全然倒れそうにない。...餌の甲斐がないな」
「餌の甲斐ですか?」
「そうだ。私は人間の肉が大好物でな、この森に迷い込んだ人間を餌にしているのだ。...それはお前も例外では無いだろう?」
と。
彼は突然、果敢にも私に突進しながら、その凶悪な牙を向けた。人を容易く噛み切れそうな牙は鋭利に輝き、それは一直線に私の腕に向かい。
そして、刹那。
噴き上げたのは真っ赤な血...ではなく、彼の「キャイン!」という犬の鳴き声に似た、弱々しい声だった。
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