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行く当てもないとは言ったものの、十分に行く方向の目処は立っている。それはアルヴィン国から離れるように進む、という至極真っ当なことだった。
そうすれば、小高い丘の頂上に着く。景色はアルヴィン国の王都が見えるばかりで、私的な感情だけで言えば、さほど良いとは言えないものだった。ただ、それらに想いを馳せるには絶好の場所だろう。
私はその憎いほどに最高な景色を、王都を眺めながらパンを少々齧り、物思いに深けた。
私がアルヴィン国の王都に来たのは6年ほど前のことだ。
それまで私は辺境の村のいち農民の子として、長閑に過ごしていた。そんな平凡な生活と聖女の仕事が結びついたのは、はて外交のためだったか、休暇のためだったかは忘れたが、国王御一行が村を訪ねたことからだった。
当然ながら、いち農民の子には国王御一行が村を訪ねる、というのはあまり関係がない。親がせっせとご機嫌取りしている間、私は今まで通りに田畑を耕し、野菜たちに体調を伺い、兎と少しばかりの会話をしながら、野原に寝っ転がるばかりだ。
本当に関係がない。...はずだった。
「こんにちは、お嬢さん」
空を眺めていると、不意に男の影が映る。
整った顔に翡翠のように美しい瞳、そして特徴的な長い耳。エルフだ。
しかも、身なりを見るに国王御一行の聖職者だろう。
「ここは農地ですよ。あなたのような人が来るところでは無いと思うのですが」
「まあまあ、そう言わずに。少し喉が渇いてしまいましてね。飲み物を一つ頂けないかと」
「安物で良ければ、構いませんが」
「その心遣い感謝いたします。でも大丈夫ですよ。ここの地方のお茶は美味しいと聞いたので」
「...そうですか」
エルフ、名をユーリという彼を家に案内し、煎じたお茶と菓子を用意する。それを安物と言ったが、家で出せるできるだけ高級なお茶と菓子だ。やはり国王御一行をもてなすのなら、彼らの舌に合わせようと努力はしたい。
彼はお茶を一口含み、菓子を一つ口に運んだ。それは私が一度も口にしたことがない菓子だ。その味も匂いも分かりはしない。
ただ、彼は美味しそうに表情を緩めた。私も一口...、と欲な感情が生まれるが、ダメだ。彼の舌と私の舌は同じじゃない。
だから、それを彼が易々と口に運んでも、私は、何も、感じない。
「お嬢さん、よだれが垂れてますよ」
「...!」
彼に言われると、ハッとしたように口を指でなぞる。ベトベトとした感触がまとわりついてきて、気持ち悪い。
「い、いつの間に...」
「お嬢さんも一口いかがですか」
「いいえ、要りません!」
と意気込むが、やはり目の前の甘美な欲には耐えられず。
彼から差し出された菓子を餌付けされる鳥のように啄んだ。
自分の出した菓子で餌付けされるというのはあまりにも奇妙であったが、口の中の甘さがそれをかき消し、私の表情を綻ばせるのには十分だった。
「お嬢さんはやはり、お菓子が好きなのですね」
彼がお茶を飲み終わり、背もたれに腰をあずけると、ゆったりとした口調で言った。
もちろん、私もそれには同意する。菓子ほど甘美な魅力が詰まったものは中々ない。
「もし毎日、お菓子がたらふく食べられるとしたら、お嬢さんはどう思いますか?」
「嬉しいと思いますよ。今まで食べたいと思っても食べれなかったものですから」
「それが田畑を耕し、野菜を育て、生計を立てる、農民としての暮らしを捨てることになってもですか?」
「どういうことですか?」
私が問うと、彼はどこから話そうか、と少し逡巡し、それでもやはり大事な話なのか、彼は口を開く。
「少し急な話にはなってしまいますが、あなたを王都に招待したいのです。国の聖女として」
「え?」
そうすれば、小高い丘の頂上に着く。景色はアルヴィン国の王都が見えるばかりで、私的な感情だけで言えば、さほど良いとは言えないものだった。ただ、それらに想いを馳せるには絶好の場所だろう。
私はその憎いほどに最高な景色を、王都を眺めながらパンを少々齧り、物思いに深けた。
私がアルヴィン国の王都に来たのは6年ほど前のことだ。
それまで私は辺境の村のいち農民の子として、長閑に過ごしていた。そんな平凡な生活と聖女の仕事が結びついたのは、はて外交のためだったか、休暇のためだったかは忘れたが、国王御一行が村を訪ねたことからだった。
当然ながら、いち農民の子には国王御一行が村を訪ねる、というのはあまり関係がない。親がせっせとご機嫌取りしている間、私は今まで通りに田畑を耕し、野菜たちに体調を伺い、兎と少しばかりの会話をしながら、野原に寝っ転がるばかりだ。
本当に関係がない。...はずだった。
「こんにちは、お嬢さん」
空を眺めていると、不意に男の影が映る。
整った顔に翡翠のように美しい瞳、そして特徴的な長い耳。エルフだ。
しかも、身なりを見るに国王御一行の聖職者だろう。
「ここは農地ですよ。あなたのような人が来るところでは無いと思うのですが」
「まあまあ、そう言わずに。少し喉が渇いてしまいましてね。飲み物を一つ頂けないかと」
「安物で良ければ、構いませんが」
「その心遣い感謝いたします。でも大丈夫ですよ。ここの地方のお茶は美味しいと聞いたので」
「...そうですか」
エルフ、名をユーリという彼を家に案内し、煎じたお茶と菓子を用意する。それを安物と言ったが、家で出せるできるだけ高級なお茶と菓子だ。やはり国王御一行をもてなすのなら、彼らの舌に合わせようと努力はしたい。
彼はお茶を一口含み、菓子を一つ口に運んだ。それは私が一度も口にしたことがない菓子だ。その味も匂いも分かりはしない。
ただ、彼は美味しそうに表情を緩めた。私も一口...、と欲な感情が生まれるが、ダメだ。彼の舌と私の舌は同じじゃない。
だから、それを彼が易々と口に運んでも、私は、何も、感じない。
「お嬢さん、よだれが垂れてますよ」
「...!」
彼に言われると、ハッとしたように口を指でなぞる。ベトベトとした感触がまとわりついてきて、気持ち悪い。
「い、いつの間に...」
「お嬢さんも一口いかがですか」
「いいえ、要りません!」
と意気込むが、やはり目の前の甘美な欲には耐えられず。
彼から差し出された菓子を餌付けされる鳥のように啄んだ。
自分の出した菓子で餌付けされるというのはあまりにも奇妙であったが、口の中の甘さがそれをかき消し、私の表情を綻ばせるのには十分だった。
「お嬢さんはやはり、お菓子が好きなのですね」
彼がお茶を飲み終わり、背もたれに腰をあずけると、ゆったりとした口調で言った。
もちろん、私もそれには同意する。菓子ほど甘美な魅力が詰まったものは中々ない。
「もし毎日、お菓子がたらふく食べられるとしたら、お嬢さんはどう思いますか?」
「嬉しいと思いますよ。今まで食べたいと思っても食べれなかったものですから」
「それが田畑を耕し、野菜を育て、生計を立てる、農民としての暮らしを捨てることになってもですか?」
「どういうことですか?」
私が問うと、彼はどこから話そうか、と少し逡巡し、それでもやはり大事な話なのか、彼は口を開く。
「少し急な話にはなってしまいますが、あなたを王都に招待したいのです。国の聖女として」
「え?」
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