嘘を囁いた唇にキスをした。それが最後の会話だった。

わたあめ

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四章 結婚とそして

6.ジェレマイア領にて①

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ジェレマイア領にて。
公爵邸の執務室には、疲労で老け顔となったヒルトンが恨めしそうに目の前の惨状を眺めていた。
彼の妻、マリアンはペラペラと口を滑らせながら、彼に無理難題なことを押し付けていた。

「ジュエリーがふんだんにあしらわれたドレスを十着ほどお願いできまし?」

と。
今思えば、と彼はため息を吐きながら、「それは出来ない」と答えた。そしたら、彼女は使用人共々、罵詈雑言を騒ぎ立てた。
今となってはそれに言い返す余力も、彼には残っていなかった。

マリアンと結婚してから、確かに彼の生活は変わった。それはどちらに傾いたか、と言えばマイナスの方だろう。
彼女は国を壊すほどの浪費家だったのだ。
今まで彼女に接していた三年の月日では、その姿を想像さえできなかった。
きっと、彼女の両親からそれを咎められていたのだ。そして、その枷が無くなった今、彼女はまるで別人のように暴走している。

彼はジェレマイア領とミリアム領の外交を改善する手段として、マリアンとの結婚を決めた。
しかしながら今思えば、その手段として公爵家の長女を差し出すのは中々に愚行だ。
これは想像に過ぎないが、彼女は浪費癖を暴走させ、ミリアム領でも手に負えなくなってしまい、ちょうどいい所に手放し先が見つかった、という感じだろう。

外見が良いだけに、数多の手放し先がいた事だろうに、運悪く選ばれてしまったらしい、と彼は項垂れた。

そして、彼は窓の外で沢山の平民が怒っている姿を眺め、長いため息をついた。
マイナスの方に傾いたのは、彼だけでは無い。その領民にさえも迷惑を被っていた。マリアンの際限ない浪費を賄うためには、彼らには以前よりも貧しい生活をさせなければならなかったからだ。

「マリアン、この現状をどうしてくれると言うんだ!君のせいで、平民たちが怒っているぞ!」

「たかが平民風情でしょう?怒らせておけばいいじゃない。それよりも!新しいドレスはまだなんですの?!」

「たかが、で済まされる話じゃないだろう!?君だって貴族の長女なんだから、平民の大事さは学んできたはずだ!」

「私はそのようなことを学びませんでしたが?私が学んだのは、美しいドレスと宝石を手に入れる方法だけですわ」

彼女はそう呑気にも言う。
それに彼は激昂し、自分の積もった感情が爆発して彼女の頬を叩いた。

「もう良い。部屋から出ていってくれ」

ぶっきらぼうに突き放すと、彼女は勘弁したように、されど「一着で良いわ」と、捨て台詞を吐きながら執務室から出ていった。

静かになった部屋で、彼は思い悩んだ。思えば、ここ1ヶ月で彼の想いは変わっていた。
それはいつからは分からない。もしかしたら、キャメルを追放した時かもしれないし、暗殺者を雇い、それが帰って来ないことを心配していた時かもしれない、ついぞその暗殺者の連絡が途絶え、執事に調査を頼んだ時かもしれない。
ただ確実に言えるのは、判断を誤ったということだった。そして、自身が選んだ道の途中で、判断を誤ったということだけしか分からないのが、こんなにも哀れなものなのか、と彼は自身を悼んだ。
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