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三章閑話 ナターシャ、エセルター領へ行く
5.矜恃
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「そうですね」
ナターシャはカップの水面に映る、自分の姿を見ながら、そう呟いた。
水面に落ちた影はゆらゆらと揺れ、所在不明に漂い、やがて鮮明な影となった。
それは揺らいだ感情から、やがて鮮明な感情になるように。
どうやら、彼女の心の柵は何かから開放されたように、消え失せたらしい。
「何だか、心がすっきりしました。ありがとうございます」
「それなら良かった。今後とも、俺の薬屋をご贔屓にしてくれ」
「ええ、約束しましょう。アールマイト伯爵家の貴族として、あなたの薬屋の成長を応援することを」
ナターシャは貴族としての誇りに、自覚が持てたように胸を張り、そう答えた。
リリックはそんなナターシャを見て、少しばかり、彼女の姿と王宮から追放された貴族の姿と、を重ねた。
王宮から追放された貴族もまた、胸を張って告げていた。
『私の助けが必要な人がいる』と。
「馬鹿らしいな...」
リリックは何かに取り憑かれたように呟き、おもむろに机から立ち上がると、ナターシャの手を掴み、壁に押さえ付けた。
「私を押し倒そうとしているのですか?」
彼女の真っ直ぐな瞳が目と鼻の先に見えると、リリックはハッとしたように、目を見開いた。
自分でもどうしてこんな行動をしたのか、理解出来なかったからだ。
それでも、これが彼女に対する卑しい気持ちから来るものではない、ということは理解出来た。
あるいは、今の彼女と旧知の貴族を重ね、何か贖罪をしたかったかもしれない。
それでも、彼は心の中にそれをしまうことにした。贖罪をすべき相手は、別にいるのだから。
「平民を安直に信頼するんじゃない。お前を押し倒すのだって、殺すのだって、今みたいに簡単に出来る」
「でも、私はあなたを信頼していますよ」
「ふん、言った傍から...。お前、さては馬鹿だな?」
「ええ、私は馬鹿ですよ。だから、あなたが貴族に向かって偉そうに、タメ口で話しているのも、特別に許してあげます。なので、早く手を離してください。さもなくば、私を尾けている使用人が、間違って出てきてしまいますので」
「そうかい。分かったよ」
ナターシャに囁かれると、リリックはその手を解いて、彼女から離れた。
彼女はきょとんとしながら、自分の手を払い、彼に問う。
「おや?簡単に引き下がってくれるんですね。てっきり、このまま奥の部屋にでも、連れて行かれるのかと」
「そんな部屋はねぇよ。たとえ、それがあったとしても、あんたなんかを連れていく理由の方が見つからねぇ」
「だって、私は貴族ですよ?売れば、大金になります!」
「·····そうだったな」
ナターシャがもう一度、胸を張り答えると、リリックはふっと鼻で笑った。
やはり、彼女は旧知の貴族とは違う。どうやら彼女は、貴族としての矜恃を持っているらしかった。
ナターシャはカップの水面に映る、自分の姿を見ながら、そう呟いた。
水面に落ちた影はゆらゆらと揺れ、所在不明に漂い、やがて鮮明な影となった。
それは揺らいだ感情から、やがて鮮明な感情になるように。
どうやら、彼女の心の柵は何かから開放されたように、消え失せたらしい。
「何だか、心がすっきりしました。ありがとうございます」
「それなら良かった。今後とも、俺の薬屋をご贔屓にしてくれ」
「ええ、約束しましょう。アールマイト伯爵家の貴族として、あなたの薬屋の成長を応援することを」
ナターシャは貴族としての誇りに、自覚が持てたように胸を張り、そう答えた。
リリックはそんなナターシャを見て、少しばかり、彼女の姿と王宮から追放された貴族の姿と、を重ねた。
王宮から追放された貴族もまた、胸を張って告げていた。
『私の助けが必要な人がいる』と。
「馬鹿らしいな...」
リリックは何かに取り憑かれたように呟き、おもむろに机から立ち上がると、ナターシャの手を掴み、壁に押さえ付けた。
「私を押し倒そうとしているのですか?」
彼女の真っ直ぐな瞳が目と鼻の先に見えると、リリックはハッとしたように、目を見開いた。
自分でもどうしてこんな行動をしたのか、理解出来なかったからだ。
それでも、これが彼女に対する卑しい気持ちから来るものではない、ということは理解出来た。
あるいは、今の彼女と旧知の貴族を重ね、何か贖罪をしたかったかもしれない。
それでも、彼は心の中にそれをしまうことにした。贖罪をすべき相手は、別にいるのだから。
「平民を安直に信頼するんじゃない。お前を押し倒すのだって、殺すのだって、今みたいに簡単に出来る」
「でも、私はあなたを信頼していますよ」
「ふん、言った傍から...。お前、さては馬鹿だな?」
「ええ、私は馬鹿ですよ。だから、あなたが貴族に向かって偉そうに、タメ口で話しているのも、特別に許してあげます。なので、早く手を離してください。さもなくば、私を尾けている使用人が、間違って出てきてしまいますので」
「そうかい。分かったよ」
ナターシャに囁かれると、リリックはその手を解いて、彼女から離れた。
彼女はきょとんとしながら、自分の手を払い、彼に問う。
「おや?簡単に引き下がってくれるんですね。てっきり、このまま奥の部屋にでも、連れて行かれるのかと」
「そんな部屋はねぇよ。たとえ、それがあったとしても、あんたなんかを連れていく理由の方が見つからねぇ」
「だって、私は貴族ですよ?売れば、大金になります!」
「·····そうだったな」
ナターシャがもう一度、胸を張り答えると、リリックはふっと鼻で笑った。
やはり、彼女は旧知の貴族とは違う。どうやら彼女は、貴族としての矜恃を持っているらしかった。
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