嘘を囁いた唇にキスをした。それが最後の会話だった。

わたあめ

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三章閑話 ナターシャ、エセルター領へ行く

4.王宮の彼女

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━━彼女の名前は『リズベリー』と言う。
彼女は王宮に住まう貴族でありながら、あんたみたいに平民を助けていた。
それは人を助けるのが趣味と言えるほどにな。

彼女は色々なことを平民に施した。
食事や衣服に始まり、住居や薬までを平民たちに分け与え、十分過ぎるほどの生活の保障を与えた。
そして、彼女が担当していた区画はかなりの人で溢れた。王宮に住まうことに取り憑かれた悲しき物乞いで、な。
最初こそ、彼らは彼女の施しを有り難そうに、受け取っていた。何度も頭を下げ、感謝の言葉を述べるくらいに。

しかし、それは一年経つ頃には、すっかりと変わっていた。
彼らはそれを当たり前のことと、勘違いしていたんだ。

過去を振り返れば、それが当たり前ではないと分かるはずなのに、彼らは働かずに食事を得て、新品の衣服を雑巾のように使い、少しの傷口に軟膏をたっぷり付け、羽毛の毛布で夜を迎えていた。
さぞ、それが自分たちで築き上げた権力であるかのように。

彼女はそれを憂いた。
だから彼女は彼らに働くように、少しでも人間らしい生活を送れるように、声を掛けた。
物乞いに施しを与えるようにな。

だが、それは逆効果だった。
彼らは働かないことが当たり前だったんだ。
そして、それが悪い方に変わるとしたら、彼らは当然それを阻止しようとする。彼らは恩を仇で返すように、怪物に変わり果ててしまっていた。

平民たちが怪物になったら、事の顛末は簡単だった。
物乞いは単純だったから、彼女が国外に追放されることで、事は収まった。

━━今の暮らしが、誰ありきで成り立っているのかを忘れてな。



「そんなところだ。結局、優しい貴族は心無い怪物によって、利用される。貴族と平民の関係は何をしたって、変わらないのさ」

「その後はどうなったんですか」

「彼女が追放された後のことは知らないが、平民たちのことはよく覚えている。彼らは全員、野垂れ死にしたさ。王宮で培われた変なプライドと自堕落な生活で、な」

「そうですか...」

「あまり、平民に期待しない方が良いってことだ。貴族は貴族らしく、平民は平民らしくってな。·····まぁ、俺が言えたことじゃねぇけど」

リリックはそう言うと、注いだお茶を飲み込み、過去の足跡を覗くように、窓に目をやった。
彼の瞳には物寂しく、色褪せた感情が浮かんでいる。

ナターシャもまた、お茶を飲むためにカップを持ち上げた。
そして、カップを丁寧に持ち、小指を立て、お茶を少し口に含んだ。
これは彼女が下らないと言った貴族の礼儀作法だ。

今でも、貴族が下らないという気持ちは変わっていない。
ただ、もし変わる何かがあれば、自分を現実に戻す何かがあれば、それは崩れてしまうくらいに揺らいでいた。

「·····最近、貴族としての礼儀作法を学んでいるんです。それでも、私は平民の仕事を、彼らの真似事をしています。私は貴族であるべきなのか、平民であるべきなのか、見失ってしまっているみたいです」

「何も、平民を手伝うのが悪いことじゃない。分かり合えると期待して、彼らに同化してしまうことがダメなんだ。その理由がどうであろうと、貴族は平民より遠い存在でなくてはいけないから、な」

「だから、平民の真似事をしているあんたは、馬鹿だ」

リリックはにっと笑った。
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