嘘を囁いた唇にキスをした。それが最後の会話だった。

わたあめ

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三章閑話 ナターシャ、エセルター領へ行く

3.下らないモノ

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「茶葉と茶菓子は、ここに置けば良いですか?」

「ああ、そこで構わん」

薬屋に着くと、ナターシャは道中で買った茶葉と茶菓子をテーブルに置いた。

一方、リリックは先程のへりくだった態度では無く、十分にタメ口で話していた。
これは道中、「敬語とタメ口が混ざってて、むず痒い」と、ナターシャに指摘されたからだ。
どうやら苦手な敬語の中に、ふつふつとタメ口が滲み出ていたらしい。

「それで、お話ってなんですか?あなたに悩みなどないように見えますが」

リリックがお茶を出し、ナターシャがそれを疑心暗鬼な目で見ながら、質問した。

「単刀直入に聞くが、どうしてアンドリーたちを助けたんだ?」

「困っていたから、です。それ以上の回答は無いでしょう」

「本当に、困っているように見えたのか?顔に染料を塗って、嘘っぱちの咳を込んで。それでも、困っているように見えたのか?」

確かに、彼らの頬には赤色の染料、唇には薄く青色の染料が塗られていた。それで、自分たちは体調が悪いと、風邪だと、装っていた。
リリックの手が赤く染まったのも、そのせいだろう。
理由は分からないが、結局、彼らは嘘を吐いていた。
·····それでも。

「それでも、私には彼らが薬を必要としている人に見えました。だから、助けたまでです」

「それは、貴族としての立場か?それとも、平民としての立場か?」

「平民として、でしょうね。私は彼らと一緒に畑仕事をしてましたから。仲の良い同僚を助けるのは当然です」

ナターシャが自信ありげに答えると、リリックはため息を深く吐いた。
彼はどうやら、そうは思わないらしい。

「はぁ、貴族のあんたには分からないかもしれないが、薬はな、高価な品なんだ。野菜をお裾分けするのとは、訳が違う。だから平民だったら、薬を他人のために買うなんて、無駄なことはしないんだ。この意味が分かるか?」

「私が助けたのは、貴族としての立場からということですか」

「助けたんじゃない、たかられただけだ」

「結局は良いように使われただけ、ということですか...」

ナターシャは薄々、彼らの下衆げすな感情に気づいてはいた。
それでも、長くこの関係を続けていけば、何かが変わると、信じていた。
貴族は下らなく、平民の方が愉快であると錯覚させてくれると、信じていた。

しかし、結局はこのザマだ。
優しさに付け込んだ怪物に良いように利用されるだけで、彼らは平民の方が愉快であると、錯覚することさえ、してくれなかった。
そればかりか、平民の方が下らないとダメ押しをするばかりだった。

「どんだけ頑張って、平民の真似事をしようが、あんたが貴族である以上、結局は貴族として見られる。そして、利用できそうなら、躊躇なく利用する。それが、物乞いの考えだ」

「下らないですね...」

「ああ、下らないさ。それでも、それが彼らの美徳であり、生き方だ」

しばしの沈黙が流れる。

リリックはそれに耐えられず、貪るように茶菓子を口に入れた。そして、カップをガッと持ち、お茶で一気に流し込んだ。忙しないものだ。

「あんたを見ていると、俺が王宮にいた頃に見た、貴族を思い出すな。·····あいつもあんたと同じで、貴族でありながら、平民を助けていた」

「その話、詳しく聞きたいです。そのお方の名前は、何と言うんですか?」

「まぁ、これもきっと何かの縁だ。少し、昔話をしようか」

リリックはそう言葉を置くと、彼が王宮にいた頃に見た、とある貴族令嬢の話を話し始めた。


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