45 / 58
三章閑話 ナターシャ、エセルター領へ行く
1.貴族として
しおりを挟む
キャメルが去っていった...と言っても、表向きはキャメルが暗殺者に殺されてから、一週間も経っていない頃。
「さて、どうしたものか...」
アールマイト伯爵家の当主、ホルスは頭を捻っていた。
無論、それは彼の娘であるキャメルについてのことだ。
彼らはキャメルの訃報が知らされた時から、キャメルの婚約者、ヒルトンの行動を監視していた。
彼を監視していく中で、いくらかの不審な行動を見つけては、ホルスたちの「心の中で留めておくべき願望」というのはやはり膨らんでいった。
そして、彼が結婚をしたという号外が出た時、ホルスたちのその願望はより確信に近づいた。
「キャメルはまだ生きている」
と。
ホルスはそう確信めいた希望を持っていた。
しかしながら、彼に指摘が出来るほど、財力も、証拠も多くはなく、証拠となるのもせいぜい、綺麗なままの白いバッグくらいだ。そして、それも決定的というのには些か、乏しい品である。
「ならば彼に指摘をせずに、キャメルが生きていることを確認出来れば早い話か」
ホルスは楽観的に、されど現実的にそう考えた。
何も彼を問い詰め、自白させるのが目的ではない。キャメルが生きていることが確認できたら良いだけなのだ。
その目的に直接行けるとしたら、過程などわざわざ作り出さなくても良い。
「お父様!私を呼んで、いかがなさいましたか?」
「ナターシャ、やっと来たか」
「畑仕事の途中で、少しばかり湯船に浸かり、着替えもしましたので」
「·····農民の人々とは仲良くしているか」
「もちろん、してますよ!今日はアンドリーさんの畑仕事を手伝って、その後はアンドリーさんの娘にマフラーの編み方を教えていました。『お父さんにプレゼントするんだ』って、頑張ってましたよ」
ホルスは使用人に頼み、執務室にナターシャを呼びつけた。
彼女としては動きやすい平民の仕事着を着て、平民を装って会話の一つや二つしてみたいものが、目の前の当主はそうでもないらしい。
彼女は身に付けたばかりのドレスを鬱陶しそうに靡かせながらソファーに座り、自身の、貴族としての立場を取り繕った。
「それで、用件とはなんでしょうか?」
「キャメルの件に関してなんだが...。ナターシャは、彼女がまだ生きていると思うか?」
「·····生きてはいると思います。ただ、どこにいるのかは、皆目見当もつきません。もしかしたら、どこかで監禁されているかもしれませんし、既に国外へ逃げているかもしれません。そして、それを私たちが知る術はありません」
ホルスの問いにナターシャはそう答えた。
結局、その願望がいくら確信に近づいたとして、願望は願望に過ぎない。
「ただ、それは『今は』ということだけです」
しかしながら、奇しくも探偵小説の中で、真実は「いくらかの証拠と運」で出来ていると言う。
今はその運とやらが向いていないだけだ。
直にその時はやってくる。
「そうか。そしたら、その時が来るまで待つとしよう」
「ええ、そうですね」
「ところでナターシャ。貴族の礼儀作法はもう覚えたか?」
「大体は...」
「そうか。礼儀作法を教えてくれる先生が、夕飯後に応接室に来るらしいから、今日もしっかり勉強するんだぞ」
「·····ええ、分かってます。それでは」
当主に別れを告げると、ナターシャは足早に執務室を出た。
やがて夕飯時になり、礼儀作法を学ぶ時間がやってくる。
キャメルが居なくなってからというもの、ナターシャは貴族の礼儀作法を学んでいた。それは彼女がこの家の跡取りなるかもしれないからだ。
今は平民の仕事を手伝っているが、それも下らないと言われる日が来るのだろう。彼女が貴族を下らないと、思っているように。
「それでは、昨日の続きから始めますよ」
先生がそう言う。
馬鹿みたいだ。次の日には平民を装っているというのに。
「さて、どうしたものか...」
アールマイト伯爵家の当主、ホルスは頭を捻っていた。
無論、それは彼の娘であるキャメルについてのことだ。
彼らはキャメルの訃報が知らされた時から、キャメルの婚約者、ヒルトンの行動を監視していた。
彼を監視していく中で、いくらかの不審な行動を見つけては、ホルスたちの「心の中で留めておくべき願望」というのはやはり膨らんでいった。
そして、彼が結婚をしたという号外が出た時、ホルスたちのその願望はより確信に近づいた。
「キャメルはまだ生きている」
と。
ホルスはそう確信めいた希望を持っていた。
しかしながら、彼に指摘が出来るほど、財力も、証拠も多くはなく、証拠となるのもせいぜい、綺麗なままの白いバッグくらいだ。そして、それも決定的というのには些か、乏しい品である。
「ならば彼に指摘をせずに、キャメルが生きていることを確認出来れば早い話か」
ホルスは楽観的に、されど現実的にそう考えた。
何も彼を問い詰め、自白させるのが目的ではない。キャメルが生きていることが確認できたら良いだけなのだ。
その目的に直接行けるとしたら、過程などわざわざ作り出さなくても良い。
「お父様!私を呼んで、いかがなさいましたか?」
「ナターシャ、やっと来たか」
「畑仕事の途中で、少しばかり湯船に浸かり、着替えもしましたので」
「·····農民の人々とは仲良くしているか」
「もちろん、してますよ!今日はアンドリーさんの畑仕事を手伝って、その後はアンドリーさんの娘にマフラーの編み方を教えていました。『お父さんにプレゼントするんだ』って、頑張ってましたよ」
ホルスは使用人に頼み、執務室にナターシャを呼びつけた。
彼女としては動きやすい平民の仕事着を着て、平民を装って会話の一つや二つしてみたいものが、目の前の当主はそうでもないらしい。
彼女は身に付けたばかりのドレスを鬱陶しそうに靡かせながらソファーに座り、自身の、貴族としての立場を取り繕った。
「それで、用件とはなんでしょうか?」
「キャメルの件に関してなんだが...。ナターシャは、彼女がまだ生きていると思うか?」
「·····生きてはいると思います。ただ、どこにいるのかは、皆目見当もつきません。もしかしたら、どこかで監禁されているかもしれませんし、既に国外へ逃げているかもしれません。そして、それを私たちが知る術はありません」
ホルスの問いにナターシャはそう答えた。
結局、その願望がいくら確信に近づいたとして、願望は願望に過ぎない。
「ただ、それは『今は』ということだけです」
しかしながら、奇しくも探偵小説の中で、真実は「いくらかの証拠と運」で出来ていると言う。
今はその運とやらが向いていないだけだ。
直にその時はやってくる。
「そうか。そしたら、その時が来るまで待つとしよう」
「ええ、そうですね」
「ところでナターシャ。貴族の礼儀作法はもう覚えたか?」
「大体は...」
「そうか。礼儀作法を教えてくれる先生が、夕飯後に応接室に来るらしいから、今日もしっかり勉強するんだぞ」
「·····ええ、分かってます。それでは」
当主に別れを告げると、ナターシャは足早に執務室を出た。
やがて夕飯時になり、礼儀作法を学ぶ時間がやってくる。
キャメルが居なくなってからというもの、ナターシャは貴族の礼儀作法を学んでいた。それは彼女がこの家の跡取りなるかもしれないからだ。
今は平民の仕事を手伝っているが、それも下らないと言われる日が来るのだろう。彼女が貴族を下らないと、思っているように。
「それでは、昨日の続きから始めますよ」
先生がそう言う。
馬鹿みたいだ。次の日には平民を装っているというのに。
3
お気に入りに追加
118
あなたにおすすめの小説

死にかけ令嬢の逆転
ぽんぽこ狸
恋愛
難しい顔をしたお医者様に今年も余命一年と宣告され、私はその言葉にも慣れてしまい何も思わずに、彼を見送る。
部屋に戻ってきた侍女には、昨年も、一昨年も余命一年と判断されて死にかけているのにどうしてまだ生きているのかと問われて返す言葉も見つからない。
しかしそれでも、私は必死に生きていて将来を誓っている婚約者のアレクシスもいるし、仕事もしている。
だからこそ生きられるだけ生きなければと気持ちを切り替えた。
けれどもそんな矢先、アレクシスから呼び出され、私の体を理由に婚約破棄を言い渡される。すでに新しい相手は決まっているらしく、それは美しく健康な王女リオノーラだった。
彼女に勝てる要素が一つもない私はそのまま追い出され、実家からも見捨てられ、どうしようもない状況に心が折れかけていると、見覚えのある男性が現れ「私を手助けしたい」と言ったのだった。
こちらの作品は第18回恋愛小説大賞にエントリーさせていただいております。よろしければ投票ボタンをぽちっと押していただけますと、大変うれしいです。

【完結】契約結婚しましょうか!~元婚約者を見返すための幸せ同盟~
ぽんぽこ狸
恋愛
王都のとあるカフェテリアで、イーディスは、すでに婚約者のいる男性貴族であるアルバートを呼び出していた。
向かい合わせに座って、それからこうして呼びだした経緯について話した。
それは三ヶ月ほど前の事。
その時はイーディスも婚約者に連れられて舞踏会に出席していた。そこでアルバートに出会い、イーディスは一目見て彼は婚約者に酷い目にあわされているのだとわかった。
しかしそれと同時に気がついた。自分も彼と同じように婚約者に大切にされていない。
気がついてからのイーディスの行動は早く、さっさと婚約を破棄して、気がつかせてくれたアルバートに、自分の元に来ないかと提案するのだった。

あなたのおかげで吹っ切れました〜私のお金目当てならお望み通りに。ただし利子付きです
じじ
恋愛
「あんな女、金だけのためさ」
アリアナ=ゾーイはその日、初めて婚約者のハンゼ公爵の本音を知った。
金銭だけが目的の結婚。それを知った私が泣いて暮らすとでも?おあいにくさま。あなたに恋した少女は、あなたの本音を聞いた瞬間消え去ったわ。
私が金づるにしか見えないのなら、お望み通りあなたのためにお金を用意しますわ…ただし、利子付きで。
捨てられた王妃は情熱王子に攫われて
きぬがやあきら
恋愛
厳しい外交、敵対勢力の鎮圧――あなたと共に歩む未来の為に手を取り頑張って来て、やっと王位継承をしたと思ったら、祝賀の夜に他の女の元へ通うフィリップを目撃するエミリア。
貴方と共に国の繁栄を願って来たのに。即位が叶ったらポイなのですか?
猛烈な抗議と共に実家へ帰ると啖呵を切った直後、エミリアは隣国ヴァルデリアの王子に攫われてしまう。ヴァルデリア王子の、エドワードは影のある容姿に似合わず、強い情熱を秘めていた。私を愛しているって、本当ですか? でも、もうわたくしは誰の愛も信じたくないのです。
疑心暗鬼のエミリアに、エドワードは誠心誠意向に向き合い、愛を得ようと少しずつ寄り添う。一方でエミリアの失踪により国政が立ち行かなくなるヴォルティア王国。フィリップは自分の功績がエミリアの内助であると思い知り――
ざまあ系の物語です。

元カレの今カノは聖女様
abang
恋愛
「イブリア……私と別れて欲しい」
公爵令嬢 イブリア・バロウズは聖女と王太子の愛を妨げる悪女で社交界の嫌われ者。
婚約者である王太子 ルシアン・ランベールの関心は、品行方正、心優しく美人で慈悲深い聖女、セリエ・ジェスランに奪われ王太子ルシアンはついにイブリアに別れを切り出す。
極め付けには、王妃から嫉妬に狂うただの公爵令嬢よりも、聖女が婚約者に適任だと「ルシアンと別れて頂戴」と多額の手切れ金。
社交会では嫉妬に狂った憐れな令嬢に"仕立てあげられ"周りの人間はどんどんと距離を取っていくばかり。
けれども当の本人は…
「悲しいけれど、過ぎればもう過去のことよ」
と、噂とは違いあっさりとした様子のイブリア。
それどころか自由を謳歌する彼女はとても楽しげな様子。
そんなイブリアの態度がルシアンは何故か気に入らない様子で…
更には婚約破棄されたイブリアの婚約者の座を狙う王太子の側近達。
「私をあんなにも嫌っていた、聖女様の取り巻き達が一体私に何の用事があって絡むの!?嫌がらせかしら……!」

冷遇する婚約者に、冷たさをそのままお返しします。
ねむたん
恋愛
貴族の娘、ミーシャは婚約者ヴィクターの冷酷な仕打ちによって自信と感情を失い、無感情な仮面を被ることで自分を守るようになった。エステラ家の屋敷と庭園の中で静かに過ごす彼女の心には、怒りも悲しみも埋もれたまま、何も感じない日々が続いていた。
事なかれ主義の両親の影響で、エステラ家の警備はガバガバですw

不貞の子を身籠ったと夫に追い出されました。生まれた子供は『精霊のいとし子』のようです。
桧山 紗綺
恋愛
【完結】嫁いで5年。子供を身籠ったら追い出されました。不貞なんてしていないと言っても聞く耳をもちません。生まれた子は間違いなく夫の子です。夫の子……ですが。 私、離婚された方が良いのではないでしょうか。
戻ってきた実家で子供たちと幸せに暮らしていきます。
『精霊のいとし子』と呼ばれる存在を授かった主人公の、可愛い子供たちとの暮らしと新しい恋とか愛とかのお話です。
※※番外編も完結しました。番外編は色々な視点で書いてます。
時系列も結構バラバラに本編の間の話や本編後の色々な出来事を書きました。
一通り主人公の周りの視点で書けたかな、と。
番外編の方が本編よりも長いです。
気がついたら10万文字を超えていました。
随分と長くなりましたが、お付き合いくださってありがとうございました!

あなたが「消えてくれたらいいのに」と言ったから
ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
「消えてくれたらいいのに」
結婚式を終えたばかりの新郎の呟きに妻となった王女は……
短いお話です。
新郎→のち王女に視点を変えての数話予定。
4/16 一話目訂正しました。『一人娘』→『第一王女』
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる