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三章 甘い恋
18. 二度目の恋
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翌日。
カーテンの隙間から漏れる光に起こされて、キャメルは猫のように伸びをした。
隣を見てもリゼの姿は無く、くしゃくしゃになった布団だけがお出迎えしてくれる。ただ今回は昨日とは違い、机に置き手紙はない。
キャメルは少しばかりの鼻歌を混じえながら朝の支度をした。顔を洗い、歯を磨き、服を着替えたなら準備はおしまいだ。
キャメルは扉を開けてリゼの姿を見つけると、挨拶を交わした。
「おはようございます」
「おはよう。昨日はよく眠れたかしら?」
「ええ、よく眠れましたよ。皆さんに相談した分、深く考えずに済んだので」
「それなら良かったわ。でも、伝える勇気はあるのかしら?」
「もちろん、ありますよ!次会う機会があれば、私の気持ちをぶつけてみたいと思います!」
「そう。そしたらその機会とやらは、もう来てるかもしれないわね」
キャメルが意気揚々と言うと、リゼは宙を指差した。
その先を追えば、やがて一つのテーブル席に辿り着く。
そこには一人の男が座っていた。黒いローブをまとい、そこから金髪がはみ出ている。
男はコーヒーを一口飲み、しばしそれを味わうと、こちらを向き、ローブを脱いだ。そして、真っ直ぐな視線で一言。
「やあ、キャメル」
と。
ホレイナはそう手を振った。
「今は宿に誰もいないし、私も二度寝するからゆっくり話していいわよ。それじゃあ、何かあったら起こしてちょうだいね」
リゼは欠伸を一つ漏らすと、さっさとこの場を去ってしまった。
なんて殺生な、とキャメルは思いながらテーブル席に腰掛けるホレイナの姿をチラリと見た。確かに彼はそこにいた。
思えば、彼はこういう人だった。自分の気持ちに素直で、昨日のことなど気にも留めないような人なのだ。
少しは考えさせる余地が欲しいものだが、幸いキャメルは気持ちの整理が出来ていた。
「朝の優雅なひとときに、キャメルと共にコーヒーが飲めるなんてね」
「当主様、公務の方は大丈夫なのですか?」
「執事みたいな質問をするね。·····公務は大丈夫だよ。昨日のうちに終わらせたし、量も多くはないから」
「それなら良かったです」
「「・・・・・・」」
会話は長くは続かない。彼らはそれを取り繕うように朝食のパンを一切れ食べ、コーヒーを一口飲んだ。
キャメルはどう話を切り出そうか、迷っていた。ホレイナの方から話を切り出してくれれば早いのだが、生憎、彼はコーヒーを嗜むのに夢中だった。
キャメルはホレイナの顔を眺めた。優雅にコーヒーを飲み、儚く美麗な彼の顔を。
「そう言えば当主様はコーヒーに何も入れないんですね」
「そうだね。そのままの香りとか苦味とかを楽しみたいから」
「私は苦味が消えるほど、ミルクを入れてしまいます」
キャメルがミルクを注ぐと、やはりコーヒーは色を変えた。
コーヒーとは似て非なる別物だ。それを一口飲むとコーヒの苦味を追うようにミルクの甘さが押し寄せてきた。
それでも、少しの苦味が残る。
「この苦い思い出を消し去るには、いくら甘い経験を積めば良いのか、私には分かりません。どんなに薄めても、薄めても二度と消えない苦味ですし、これから注がれる経験は甘いモノでは無いかもしれません」
「ただ、愚直な思いで彼に縛られ、苦い思いを味わい続けるよりは、注がれるモノを味わう方が何倍も楽しいでしょう。なので一つ、私の我儘を聞いていただけませんか」
キャメルは一呼吸置き、手をホレイナの元へと伸ばした。
「私を愛してくれませんか」
ホレイナは彼女の震えた手を眺め、両手でその手を握った。ほんのりとした温かさが彼女の手を包んだ。
「もし君の力になれるのなら、私がその手を握ろう。そして誓おう。私が逝く最期の日まで、君の手を離さない、と」
空は澄み渡るように青い。
そして、ここにまた一つ新たな恋が生まれた。
それは純情で甘く初心な、二度目の恋だった。
カーテンの隙間から漏れる光に起こされて、キャメルは猫のように伸びをした。
隣を見てもリゼの姿は無く、くしゃくしゃになった布団だけがお出迎えしてくれる。ただ今回は昨日とは違い、机に置き手紙はない。
キャメルは少しばかりの鼻歌を混じえながら朝の支度をした。顔を洗い、歯を磨き、服を着替えたなら準備はおしまいだ。
キャメルは扉を開けてリゼの姿を見つけると、挨拶を交わした。
「おはようございます」
「おはよう。昨日はよく眠れたかしら?」
「ええ、よく眠れましたよ。皆さんに相談した分、深く考えずに済んだので」
「それなら良かったわ。でも、伝える勇気はあるのかしら?」
「もちろん、ありますよ!次会う機会があれば、私の気持ちをぶつけてみたいと思います!」
「そう。そしたらその機会とやらは、もう来てるかもしれないわね」
キャメルが意気揚々と言うと、リゼは宙を指差した。
その先を追えば、やがて一つのテーブル席に辿り着く。
そこには一人の男が座っていた。黒いローブをまとい、そこから金髪がはみ出ている。
男はコーヒーを一口飲み、しばしそれを味わうと、こちらを向き、ローブを脱いだ。そして、真っ直ぐな視線で一言。
「やあ、キャメル」
と。
ホレイナはそう手を振った。
「今は宿に誰もいないし、私も二度寝するからゆっくり話していいわよ。それじゃあ、何かあったら起こしてちょうだいね」
リゼは欠伸を一つ漏らすと、さっさとこの場を去ってしまった。
なんて殺生な、とキャメルは思いながらテーブル席に腰掛けるホレイナの姿をチラリと見た。確かに彼はそこにいた。
思えば、彼はこういう人だった。自分の気持ちに素直で、昨日のことなど気にも留めないような人なのだ。
少しは考えさせる余地が欲しいものだが、幸いキャメルは気持ちの整理が出来ていた。
「朝の優雅なひとときに、キャメルと共にコーヒーが飲めるなんてね」
「当主様、公務の方は大丈夫なのですか?」
「執事みたいな質問をするね。·····公務は大丈夫だよ。昨日のうちに終わらせたし、量も多くはないから」
「それなら良かったです」
「「・・・・・・」」
会話は長くは続かない。彼らはそれを取り繕うように朝食のパンを一切れ食べ、コーヒーを一口飲んだ。
キャメルはどう話を切り出そうか、迷っていた。ホレイナの方から話を切り出してくれれば早いのだが、生憎、彼はコーヒーを嗜むのに夢中だった。
キャメルはホレイナの顔を眺めた。優雅にコーヒーを飲み、儚く美麗な彼の顔を。
「そう言えば当主様はコーヒーに何も入れないんですね」
「そうだね。そのままの香りとか苦味とかを楽しみたいから」
「私は苦味が消えるほど、ミルクを入れてしまいます」
キャメルがミルクを注ぐと、やはりコーヒーは色を変えた。
コーヒーとは似て非なる別物だ。それを一口飲むとコーヒの苦味を追うようにミルクの甘さが押し寄せてきた。
それでも、少しの苦味が残る。
「この苦い思い出を消し去るには、いくら甘い経験を積めば良いのか、私には分かりません。どんなに薄めても、薄めても二度と消えない苦味ですし、これから注がれる経験は甘いモノでは無いかもしれません」
「ただ、愚直な思いで彼に縛られ、苦い思いを味わい続けるよりは、注がれるモノを味わう方が何倍も楽しいでしょう。なので一つ、私の我儘を聞いていただけませんか」
キャメルは一呼吸置き、手をホレイナの元へと伸ばした。
「私を愛してくれませんか」
ホレイナは彼女の震えた手を眺め、両手でその手を握った。ほんのりとした温かさが彼女の手を包んだ。
「もし君の力になれるのなら、私がその手を握ろう。そして誓おう。私が逝く最期の日まで、君の手を離さない、と」
空は澄み渡るように青い。
そして、ここにまた一つ新たな恋が生まれた。
それは純情で甘く初心な、二度目の恋だった。
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