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三章 甘い恋
17.気持ちの整理
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「今日も失礼するで~。やっぱり美味い酒には美味い飯だよな、こりゃ!」
と。
ナーバスな雰囲気を壊すように一人の男が喫茶店に入ってきた。
男は酒瓶を片手に持っていた。彼の顔はまだ赤くなっていないので、酒は飲んでいないようだ。
「いらっしゃい」
「おいおい、どうしてお客が来たってのに、そんなに元気がないんだ?」
「なんでも無いわ。ただの女子会よ」
「女子会ってそんなに元気が奪われるものなのか?俺の嫁は女子会後は嘘みたいに元気だぜ。まあ、俺を見たらすぐ萎れるんだけどな!」
「内容によって変わるのよ。それで、何が食べたいの?」
「今日は頑張ったから、肉が食いてぇな。ハンバーク一つで頼む」
「今から作るから大分時間かかっちゃうけど、大丈夫?」
「もちろん。待ってるぜ、リゼちゃん~」
リゼは一つため息をつき、けれど怒る気力が無いのか、そのまま厨房へと向かった。
やがて、カウンターに二人っきりになると、男は酒を仰々しく煽った。
「今日のリゼちゃんは機嫌が宜しくないみたいだな。·····それで嬢ちゃんはどうして、そう机に突っ伏してんだ?」
「ただの女子会終わりですよ」
「嬢ちゃん、嘘は良くないぜ。あんたの耳が真っ赤だし、声もいつもと違うぞ?女子会終わりっていう状態じゃねぇ」
「じゃあ何を話してたと思います?」
「なんだよ、そのめんどくさい質問。どうせ恋愛話とかだろう?」
「なんで、分かるんですか...」
キャメルはまた不貞腐れたように机に突っ伏した。
なんて理不尽な、と思いながら男は言葉を続けた。
「分かりやすいんだよ、リゼもあんたも。嘘つくのが下手っていうか、愚直に生き過ぎている気がするな」
「愚直に生きるのはダメなことなのですか」
「ダメとは言わないさ。ただ、もっとわがままであってもいい。他人に流されないようにな。それこそ、俺を真似ればいいさ。毎日自由気ままに生きて、酒を煽るのを楽しみにするような俺を、さ」
「·····呑んだっくれになるのはいやです」
「ははっ!それもそうだな!あんたが酒を煽っている姿なんか想像できねぇ」
男はそう言いながら豪快に酒を煽った。
それは確かにキャメルに出来る所業ではなかった。
「でも、ただ呑んだくれになるわけじゃないさ。愚直な人生に少し、捻りを加えればいい。ただそれだけで、心に余裕が出来る。俺みたいにな」
「そういうものですか...」
「そういうものさ」
愚直に生きるというのは、今までやってきた政略結婚に縛られた貴族としての生き方だ。それを今更捨てるなど到底できない。
できないが、やるしかないのだろう。初恋の未練を捨てるためにも。新しい自分になるためにも。
キャメルは起き上がると、両手で頬を叩いた。
「どうだ?少しは楽になったか?」
「ええ、気持ちの整理ができた気がします。ありがとうございます」
「そりゃ、どうも。俺もあんたのしょぼくれた顔を見に来てるわけじゃないからな。あんたは元気で居た方がいい。最初に会ったときみたいに」
「それもそうですね」
男は酒をぐびっと煽り、滴る水滴を一滴残さず飲み干した。そして、キャメルの後ろ姿を眺める。
彼女はガヤガヤと騒がしい飲兵衛に囲まれながらも、明るい声で一言。
「いらっしゃいませ!」
と。
元気を取り戻したように彼女は挨拶を交わした。
「若さって良いなぁ」
男はそう呟きながら、目の前のハンバーグを食す。リゼの手作りだけあって、頬が落ちそうになるほど美味しい。
「何よそれ」
リゼはクスッと忍び笑いをして、男が美味しそうに食事をするのを真っ直ぐな瞳で眺めた。
これがリゼと呑んだくれの男たちにとっての日常だ。
きっとこの会話は明日もするし、この関係は明日も明後日も続く。
そこにキャメルが残るのかは知れないし、それは彼女次第だろう。
「ここが日常になる前に決めてほしいものだな...」
男はポツリと呟いた。
と。
ナーバスな雰囲気を壊すように一人の男が喫茶店に入ってきた。
男は酒瓶を片手に持っていた。彼の顔はまだ赤くなっていないので、酒は飲んでいないようだ。
「いらっしゃい」
「おいおい、どうしてお客が来たってのに、そんなに元気がないんだ?」
「なんでも無いわ。ただの女子会よ」
「女子会ってそんなに元気が奪われるものなのか?俺の嫁は女子会後は嘘みたいに元気だぜ。まあ、俺を見たらすぐ萎れるんだけどな!」
「内容によって変わるのよ。それで、何が食べたいの?」
「今日は頑張ったから、肉が食いてぇな。ハンバーク一つで頼む」
「今から作るから大分時間かかっちゃうけど、大丈夫?」
「もちろん。待ってるぜ、リゼちゃん~」
リゼは一つため息をつき、けれど怒る気力が無いのか、そのまま厨房へと向かった。
やがて、カウンターに二人っきりになると、男は酒を仰々しく煽った。
「今日のリゼちゃんは機嫌が宜しくないみたいだな。·····それで嬢ちゃんはどうして、そう机に突っ伏してんだ?」
「ただの女子会終わりですよ」
「嬢ちゃん、嘘は良くないぜ。あんたの耳が真っ赤だし、声もいつもと違うぞ?女子会終わりっていう状態じゃねぇ」
「じゃあ何を話してたと思います?」
「なんだよ、そのめんどくさい質問。どうせ恋愛話とかだろう?」
「なんで、分かるんですか...」
キャメルはまた不貞腐れたように机に突っ伏した。
なんて理不尽な、と思いながら男は言葉を続けた。
「分かりやすいんだよ、リゼもあんたも。嘘つくのが下手っていうか、愚直に生き過ぎている気がするな」
「愚直に生きるのはダメなことなのですか」
「ダメとは言わないさ。ただ、もっとわがままであってもいい。他人に流されないようにな。それこそ、俺を真似ればいいさ。毎日自由気ままに生きて、酒を煽るのを楽しみにするような俺を、さ」
「·····呑んだっくれになるのはいやです」
「ははっ!それもそうだな!あんたが酒を煽っている姿なんか想像できねぇ」
男はそう言いながら豪快に酒を煽った。
それは確かにキャメルに出来る所業ではなかった。
「でも、ただ呑んだくれになるわけじゃないさ。愚直な人生に少し、捻りを加えればいい。ただそれだけで、心に余裕が出来る。俺みたいにな」
「そういうものですか...」
「そういうものさ」
愚直に生きるというのは、今までやってきた政略結婚に縛られた貴族としての生き方だ。それを今更捨てるなど到底できない。
できないが、やるしかないのだろう。初恋の未練を捨てるためにも。新しい自分になるためにも。
キャメルは起き上がると、両手で頬を叩いた。
「どうだ?少しは楽になったか?」
「ええ、気持ちの整理ができた気がします。ありがとうございます」
「そりゃ、どうも。俺もあんたのしょぼくれた顔を見に来てるわけじゃないからな。あんたは元気で居た方がいい。最初に会ったときみたいに」
「それもそうですね」
男は酒をぐびっと煽り、滴る水滴を一滴残さず飲み干した。そして、キャメルの後ろ姿を眺める。
彼女はガヤガヤと騒がしい飲兵衛に囲まれながらも、明るい声で一言。
「いらっしゃいませ!」
と。
元気を取り戻したように彼女は挨拶を交わした。
「若さって良いなぁ」
男はそう呟きながら、目の前のハンバーグを食す。リゼの手作りだけあって、頬が落ちそうになるほど美味しい。
「何よそれ」
リゼはクスッと忍び笑いをして、男が美味しそうに食事をするのを真っ直ぐな瞳で眺めた。
これがリゼと呑んだくれの男たちにとっての日常だ。
きっとこの会話は明日もするし、この関係は明日も明後日も続く。
そこにキャメルが残るのかは知れないし、それは彼女次第だろう。
「ここが日常になる前に決めてほしいものだな...」
男はポツリと呟いた。
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