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三章 甘い恋

15. 純情な初恋

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「ありがとう、助かった」

「こちらこそ、変なことを言ってしまってすみません...」

「大丈夫、嬉しいくらいだったから」

ホレイナは水を飲み込むと、元気をアピールするように笑顔を見せた。
正直、体は大丈夫であったが、心の方は高鳴ったままで今でもその鼓動は収まりを知らなかった。

「嬉しい、とはなんですか?」

「キャメル、君は前の男はまだ好きか?」

ホレイナがそう質問すると、キャメルはキョトンとした顔をし、されど質問に答えた。

「会ってみないと分かりませんが、心はまだヒルトン様を好いていると言ってます。何年も惚れていた相手ですからね、そう簡単にきっぱりと忘れられません」

「そうか...。もし私がその男との恋愛を上書きしたいと言ったらどうする?」

ホレイナはキャメルの髪を撫でて言った。
キャメルは擽ったそうに身体を震わせた。

「それはどうでしょう。確かに当主様と接していたここ数日はとても楽しかったですが、心の片隅にはいつもヒルトン様がいました。もし彼と共にエセルター領を回れたら、と考えていましたし、暗殺者の方が彼に雇われたというのも信じたいとは思えません」

「一途なんだな」

ホレイナがそう返すと、キャメルは憂いな表情を見せ、コーヒーを一口飲んだ。
甘い角砂糖を入れたはずなのに、コーヒーは依然としてほろ苦いままだった。

「でも、これは一途な想いとかではなく、過去の初恋に依存しているだけなんでしょうね。彼に捨てられたという現実を受け入れたくないだけかもしれません。きっと、独りになってしまう恐怖に強がって、それを今でも続けているだけです」

「エセルター領で仲間は出来たのか?」

「ええ、出来ました。リゼさんやマリーさん、アンさん、それに喫茶店に来てくれるお客さんまで。一週間も経ってないとは思えないほどたくさん仲のいい人たちが出来ました。・・・もう独りとは言えないかもしれませんね」

「そうだね、君は今まで一人でよく耐えたよ。独りで強がってた分、今が甘え時なんじゃないかな。たくさんの仲間が居たら、皆が心配して君が強がってる暇もないだろう?」

「今が三年の初恋を終わらせるチャンスかもしれませんね」

キャメルは自身の暗い表情を落としたコーヒーの水面を揺らし、一口飲んだ。
コーヒーは依然としてほろ苦い。

「私の手を握るチャンスでもあるぞ」

キャメルがコーヒーにミルクを注ぐと、影は無くなり、淡いベージュの色となった。
一口、口に含むとコーヒーのほろ苦さとミルクの甘さが混ざり混んだ味がする。
さっきまでの苦いだけのコーヒーとは全くの別物だ。

「強欲ですね、私って。どう頑張っても初恋は苦い思い出のままなのに、全く別のものを入れてまで初恋を甘い思い出にしようとしてしまいます」

「それが甘えってものさ」

「甘えたら初恋は甘くなるんでしょうか」

「過去を変えることはできない。けど、全くの別物として味わうのはいいんじゃないのかな。飲み干すまで初恋の次として」

ホレイナはそう言いながら自身のコーヒーを飲み干した。
一滴たりとも不純物のないブラックコーヒーは彼の純情な初恋を表すようだった。



やがて空は夕刻に染まった。
その日、二人は曖昧でいて明確な感情だけを残して、お互いに別れを告げた。
彼らの恋はすぐそこで足音を鳴らしていた。
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