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三章 甘い恋
12.すれ違い
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「コーヒーを一杯、頂けるかな」
「は、はい。か、かしこまりました」
現在、昼下がり。ホレイナはカウンター席に座りながら笑顔を見せた。
「どうしてそんなに緊張しているんだい?昨日の今日、会ったばかりだと言うのに」
「べ、別に何でもないですよ」
そんな彼とは正反対にキャメルは今、内心焦り散らかしていた。
現在、昼下がり。空は依然として青かった。
「今、コーヒーの準備をしますね」
キャメルはコーヒーのカップを取ろうとホレイナに背中を向け、一つ深呼吸をする。カップを握る手は震え、それは呑気にもカタカタと音を出した。キャメルはそこはかとなく、死を待つ死刑囚の気持ちが分かった気がした。
ホレイナは昨日の今日、会ったばかりと言っていたが、それが原因なのだ。後々考えると、昨日の自分は当主様に対してとんだ無礼を犯していた気がした。何が?と聞かれれば全て、と答えられる自信がキャメルにはあった。心優しい当主に蹴りを入れられると思ったのもそうだし、勝手に当主の手を握ったのもそうだ。終いには半ば強引に当主と別れた。この無礼の数々は無礼罪やら侮辱罪で極刑にされかねないのではなかろうか。そして、それを侮辱された自ら言い渡しに来たのではないだろうか。謝るか?いや謝る選択肢しかない!
キャメルがそんなことを考えていると、到底罪を償えないと分かっていても頭はいつの間にか下がっていた。
「ごめんなさい!」
「なっ、急に謝ってどうしたんだ」
ホレイナは彼女がどうして謝るのかが分からず、驚いたように声をあげた。
それもそのはず。ホレイナは何もキャメルに極刑を言い渡しに来たわけではない。ただ、ほんのひとときの休憩に彼女と穏やかな会話をしたかっただけなのだ。だと言うのに、急に謝られてはホレイナとしても困る。
「もしやコーヒーを入れられないのでは?」
「もしや婚約の申し出は見越されて即刻、断りを入れられたのでは?」
「もしや最初の会話が気持ち悪すぎて、あなたなんかとは話したくない、の謝罪なのか?」と、彼女がそんな人ではないと分かっていても、あることないこと想像してしまうほどにホレイナは憂いていた。
「あの...!」
「ちょっ、ちょっと待ってくれ!心の準備がまだできていない」
「そうですよね!当主様も心苦しいですよね」
キャメルが口を開こうとすると、自分の拒絶が来てしまうかもしれない恐怖にホレイナは身を震わせた。
「よし、心の準備はできた。言っていいぞ」
「それでは私から言わせて頂きますね」
キャメルは極刑を言われる覚悟を、ホレイナは拒絶の言葉を言われる覚悟を、と互いにすれ違いな思いを持って深呼吸した。
「まずは昨日の無礼をお許しください。一領民として当主様に気安く触ったり、突き放すように別れを告げてしまったことを。この場限りの謝罪だけで許しをもらえるとは思いません。蹴るなり剥ぐなり、好きにしても構いませんからどうか極刑だけはお許しください」
「は、はぁ」
ホレイナは終始ぽかんと口を開け、キャメルが紡ぐ言葉を聞いていた。拒絶の言葉を言われるものだと思っていたから、彼女がなんの話をしているか初めは分からなかったが、話を聞くに昨日のことだ。ただ、昨日に彼女の行動を無礼だと思ったときはなかった。むしろ手を握られた温かさや貴族を突き放す冷たさが、想像上のキャメル像の斜め上を行く完成度で心地よかったくらいだ。まあ、ひとまず彼女に嫌われてはいなかったらしい。
「良かった...」
「えっ、何が良かったのですか!?」
「ただ、私たちがとんでもなくすれ違っていたみたいだってことさ。大丈夫、君を極刑になんてしないよ」
「それでは私の無礼を許してくれるのですか?」
「許すも何も、最初からそれを言いに来たわけじゃない。ただ、何の変哲もない日に君とコーヒーを飲みたかっただけさ」
ホレイナはほっと一息吐くと、自分の憂いが全て杞憂であったことに安心した。
「あの、そのことなんですが...」
「うん?どうしたんだい?」
「実は私、コーヒーの入れ方が分からなくて」
どうやらホレイナの憂いは一つ当たっていたようだった。
「は、はい。か、かしこまりました」
現在、昼下がり。ホレイナはカウンター席に座りながら笑顔を見せた。
「どうしてそんなに緊張しているんだい?昨日の今日、会ったばかりだと言うのに」
「べ、別に何でもないですよ」
そんな彼とは正反対にキャメルは今、内心焦り散らかしていた。
現在、昼下がり。空は依然として青かった。
「今、コーヒーの準備をしますね」
キャメルはコーヒーのカップを取ろうとホレイナに背中を向け、一つ深呼吸をする。カップを握る手は震え、それは呑気にもカタカタと音を出した。キャメルはそこはかとなく、死を待つ死刑囚の気持ちが分かった気がした。
ホレイナは昨日の今日、会ったばかりと言っていたが、それが原因なのだ。後々考えると、昨日の自分は当主様に対してとんだ無礼を犯していた気がした。何が?と聞かれれば全て、と答えられる自信がキャメルにはあった。心優しい当主に蹴りを入れられると思ったのもそうだし、勝手に当主の手を握ったのもそうだ。終いには半ば強引に当主と別れた。この無礼の数々は無礼罪やら侮辱罪で極刑にされかねないのではなかろうか。そして、それを侮辱された自ら言い渡しに来たのではないだろうか。謝るか?いや謝る選択肢しかない!
キャメルがそんなことを考えていると、到底罪を償えないと分かっていても頭はいつの間にか下がっていた。
「ごめんなさい!」
「なっ、急に謝ってどうしたんだ」
ホレイナは彼女がどうして謝るのかが分からず、驚いたように声をあげた。
それもそのはず。ホレイナは何もキャメルに極刑を言い渡しに来たわけではない。ただ、ほんのひとときの休憩に彼女と穏やかな会話をしたかっただけなのだ。だと言うのに、急に謝られてはホレイナとしても困る。
「もしやコーヒーを入れられないのでは?」
「もしや婚約の申し出は見越されて即刻、断りを入れられたのでは?」
「もしや最初の会話が気持ち悪すぎて、あなたなんかとは話したくない、の謝罪なのか?」と、彼女がそんな人ではないと分かっていても、あることないこと想像してしまうほどにホレイナは憂いていた。
「あの...!」
「ちょっ、ちょっと待ってくれ!心の準備がまだできていない」
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「よし、心の準備はできた。言っていいぞ」
「それでは私から言わせて頂きますね」
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「まずは昨日の無礼をお許しください。一領民として当主様に気安く触ったり、突き放すように別れを告げてしまったことを。この場限りの謝罪だけで許しをもらえるとは思いません。蹴るなり剥ぐなり、好きにしても構いませんからどうか極刑だけはお許しください」
「は、はぁ」
ホレイナは終始ぽかんと口を開け、キャメルが紡ぐ言葉を聞いていた。拒絶の言葉を言われるものだと思っていたから、彼女がなんの話をしているか初めは分からなかったが、話を聞くに昨日のことだ。ただ、昨日に彼女の行動を無礼だと思ったときはなかった。むしろ手を握られた温かさや貴族を突き放す冷たさが、想像上のキャメル像の斜め上を行く完成度で心地よかったくらいだ。まあ、ひとまず彼女に嫌われてはいなかったらしい。
「良かった...」
「えっ、何が良かったのですか!?」
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「あの、そのことなんですが...」
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「実は私、コーヒーの入れ方が分からなくて」
どうやらホレイナの憂いは一つ当たっていたようだった。
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