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三章 甘い恋

6.手を握る者

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キャメルは端的にかつ大胆に脚色せずに今までのことを話した。十七の婚約から始まり、二十の婚約破棄までの三年の終始を全て彼に語った。自己中心的な考えではあるが、この柵を解くには自分の心の中だけでは留まれなかったのだ。少しばかり甘えを見せても誰も怒らないだろう。

今思えば、二十という節目こそ婚約破棄に相応しい時期だったのかもしれない。普通、世の男性は二十で結婚し、それと同時に貴族は家の当主になる権利を受け取る。二十になれば晴れて、婚約相手は正室として婚約が解消されるが、それはヒルトンが画策していたマリアンとの結婚のためにあってはいけないことだった。いくら成長してようと一介の伯爵家と公爵家では結婚した際の差がありすぎるし、伯爵家と結婚しようものなら落ちぶれさを他国に示すだけだ。それが彼のプライド的に許せなかったのだろう。全ては計画の内だったのだ。

「・・・これで以上となります」

キャメルが話終えると、ホレイナはお茶を一口啜り、ため息を吐いた。その、カップを口に運び、啜り飲み、カップを机に置くという一つ一つの動作が美麗で儚い。
そして、ホレイナは幾度かその動作を繰り返し、お茶を飲み干すとすっと立ち上がった。

「ふむ。さぞ、経験したことの無い者には分からない辛い人生だっただろう」

「はっきりと言うんですね」

「分からない者には分からないと言う権利がある。全部を知ったような口振りで無責任に慰めるほど嫌なものはない」

「それもそうですね。私も幾度となく、彼にそうされました。彼は無責任でいて堂々と寄り添ってるふうに装って、それを私は温かさと勘違いして。結局、彼の方が何枚も上手でしたね」

「上手、ね。本当に君はそう思うのかい?」

「それはどういうことですか?」

キャメルが聞き返すと、ホレイナはそっと彼女の手を握った。少し冷たくゴツゴツとした男の手に触れられたキャメルはどう対応したら良いか分からず、とりあえず握り返した。

「もし、君が前の男より数奇でいて僥倖な人生を歩めるとしたらどうする?」

「それは分かりません。夢見る未来は確実に訪れるわけではありませんから」

キャメルはホレイナの瞳をじっと見ながら確信に近いなにかを持って、そう答えた。
彼女はヒルトンの件で学んだ。予定された未来はたとえ目と鼻の先にあったとしても、確実に訪れるものではないということを。それが過去のことになるまでは手中にないということを。・・・ただ、そればかりが幸せでは無いということも。

「そうだよな、分からないよな」

ホレイナはあともう少しで出そうな言葉が見つからずに言葉に詰まっているようだった。キャメルは黙り込んでしまった彼の手をもう一度強く握り返すと、また確信に近いなにかを持って言葉を続けた。

「ただ、夢見た未来が訪れなくとも自然と僥倖な人生は訪れると思います。その先に振り払われた手を握ってくれる人たちが待っていますから」

キャメルが差し出した手を結局、ヒルトンは握らずに振り払った。それでも、リゼや喫茶店の客、ホレイナがこうして手を握ってくれている。たとえ夢見た未来が訪れなくともその先には確かに僥倖な人生が待っているのだ。

「確かにそうかもな」

「まあ、それでも最初の人が手を握ってくれるのが一番ですけどね」

キャメルはホレイナの手を離すと静かにはにかんだ。

「それではここら辺でお暇させていただきますね、当主様」

「えっ、もう帰るのかい!?今、凄く良い雰囲気だったと思うんだけどな!」

「結論は焦らずに、ですよ。そしたら、今度会った時の話の種がなくなってしまいますから」

キャメルはそうイタズラに笑うと、手を振り、扉の方へと向かった。
ホレイナは当主であるから、彼女を引き止めることなど容易だ。それでも今彼女を引き止めると、彼女の言う通り次に会った時の話の種がなくなってしまい、いよいよ縁がなくなってしまうように感じた。
それに彼女はまた会うことをほのめかしている。きっと会えるさ。ホレイナがそう思いながら手を振り返すと、扉が閉まる音だけが無情にも響いた。
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