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三章 甘い恋

7.僥倖な日常

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『人生は数奇なものだ。それでいて妙に運命があり、引き寄せられる縁がある。貴族であるならば、いくら平民の真似事をしようと、いくら落ちぶれようと貴族という制限は中々外せない。もし仮に、その貴族という位から落とされても結局は運命に導かれるままに貴族のもとへと帰すか、あるいは貴族との関係を断ち切れないまま余生を過ごすのだ。』



━━これはかの小説書き、レイナが自身の小説にて綴った言葉だ。はてどんな場面であったか、キャメルは覚えていなかったが、ナターシャに聞かされたということだけは確かだった。
ナターシャは貴族の身分でありながら、平民のように農を耕しては街に売り出しに出ている。もちろん、見守るように使用人がいくらかいるが、それも彼女が貴族の冠を被っているからだろう。決して、彼女自体を心配してのことでは無い。結局、ナターシャもまた平民の真似事に過ぎず、貴族という制限からは逃れられないのだ。
キャメルもいくら落ちぶれようと貴族のもとに帰す運命なのかもしれない。



キャメルがホレイナに別れを告げ、扉を開けると、リゼと老父が待っていた。老父は会った時と変わらぬ様子でリゼはモコモコとした厚着をぬくぬくと着ており、顔は半分埋まっていた。そこから覗けるリゼの顔は少しムッとしたような表情を浮かべていた。

「なにか言いたげそうな顔をしているわね」

「可愛らしくなりましたね。リゼちゃん、と呼んだ方がいいでしょうか?」

「言いわけないでしょ。外は寒いからって、この老父が勝手に着せてきたのよ」

「お気に召したようで何よりです」

「気に入ってなんかないわ。早く脱ぎたいくらいだし」

「そうですか、それは残念です。では、お気に召さないというのなら早く脱いでください」

「えっ、さっきあげるって言ってくれたじゃない」

「それはそれ、これはこれです」

老父がそう言うと、リゼの服をとっとと脱がせてしまった。肌が露出して露な姿に...、とまでは行かなかったが、先程の厚着と比べるとあまりにも薄かった。そして、追い討ちをかけるように老父はリゼを外に放り投げてしまった。憐れである。

「さ、寒すぎるわ...。貴族に楯突くんじゃなかった」

リゼは身体を震わせながら屋敷に戻って来ると、観念したかのように老父に成されるがままになった。

「もう一度いらしてくれることをお待ちしておりますよ。リゼ様、キャメル様」

もう一度リゼがぬくぬくとした厚手の服を着ると、老父は満足したように手を振り、別れを告げた。キャメルとリゼは老父に手を振り返すと、互いに手を握りながら屋敷を離れた。

「それじゃあ帰るわよ、キャンドル。ずっとあそこにいたら貴族の穢れがついてどうにかなりそうだわ」

「ええ、帰りましょうか。リゼちゃん」

「・・・はぁ、好きに呼べば良いわ」

彼女たちが帰路につくと、木枯らしが乱吹ふぶいた。使用人たちがせっせと集めたであろう落ち葉の山が崩落し、使用人たちが慌てていることも知らずに落ち葉は無邪気にも舞っていた。肌寒いほどのそれはゆっくりと冬の訪れを知らせていた。
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