29 / 58
三章 甘い恋
7.僥倖な日常
しおりを挟む
『人生は数奇なものだ。それでいて妙に運命があり、引き寄せられる縁がある。貴族であるならば、いくら平民の真似事をしようと、いくら落ちぶれようと貴族という制限は中々外せない。もし仮に、その貴族という位から落とされても結局は運命に導かれるままに貴族のもとへと帰すか、あるいは貴族との関係を断ち切れないまま余生を過ごすのだ。』
━━これはかの小説書き、レイナが自身の小説にて綴った言葉だ。はてどんな場面であったか、キャメルは覚えていなかったが、ナターシャに聞かされたということだけは確かだった。
ナターシャは貴族の身分でありながら、平民のように農を耕しては街に売り出しに出ている。もちろん、見守るように使用人がいくらかいるが、それも彼女が貴族の冠を被っているからだろう。決して、彼女自体を心配してのことでは無い。結局、ナターシャもまた平民の真似事に過ぎず、貴族という制限からは逃れられないのだ。
キャメルもいくら落ちぶれようと貴族のもとに帰す運命なのかもしれない。
キャメルがホレイナに別れを告げ、扉を開けると、リゼと老父が待っていた。老父は会った時と変わらぬ様子でリゼはモコモコとした厚着をぬくぬくと着ており、顔は半分埋まっていた。そこから覗けるリゼの顔は少しムッとしたような表情を浮かべていた。
「なにか言いたげそうな顔をしているわね」
「可愛らしくなりましたね。リゼちゃん、と呼んだ方がいいでしょうか?」
「言いわけないでしょ。外は寒いからって、この老父が勝手に着せてきたのよ」
「お気に召したようで何よりです」
「気に入ってなんかないわ。早く脱ぎたいくらいだし」
「そうですか、それは残念です。では、お気に召さないというのなら早く脱いでください」
「えっ、さっきあげるって言ってくれたじゃない」
「それはそれ、これはこれです」
老父がそう言うと、リゼの服をとっとと脱がせてしまった。肌が露出して露な姿に...、とまでは行かなかったが、先程の厚着と比べるとあまりにも薄かった。そして、追い討ちをかけるように老父はリゼを外に放り投げてしまった。憐れである。
「さ、寒すぎるわ...。貴族に楯突くんじゃなかった」
リゼは身体を震わせながら屋敷に戻って来ると、観念したかのように老父に成されるがままになった。
「もう一度いらしてくれることをお待ちしておりますよ。リゼ様、キャメル様」
もう一度リゼがぬくぬくとした厚手の服を着ると、老父は満足したように手を振り、別れを告げた。キャメルとリゼは老父に手を振り返すと、互いに手を握りながら屋敷を離れた。
「それじゃあ帰るわよ、キャンドル。ずっとあそこにいたら貴族の穢れがついてどうにかなりそうだわ」
「ええ、帰りましょうか。リゼちゃん」
「・・・はぁ、好きに呼べば良いわ」
彼女たちが帰路につくと、木枯らしが乱吹いた。使用人たちがせっせと集めたであろう落ち葉の山が崩落し、使用人たちが慌てていることも知らずに落ち葉は無邪気にも舞っていた。肌寒いほどのそれはゆっくりと冬の訪れを知らせていた。
━━これはかの小説書き、レイナが自身の小説にて綴った言葉だ。はてどんな場面であったか、キャメルは覚えていなかったが、ナターシャに聞かされたということだけは確かだった。
ナターシャは貴族の身分でありながら、平民のように農を耕しては街に売り出しに出ている。もちろん、見守るように使用人がいくらかいるが、それも彼女が貴族の冠を被っているからだろう。決して、彼女自体を心配してのことでは無い。結局、ナターシャもまた平民の真似事に過ぎず、貴族という制限からは逃れられないのだ。
キャメルもいくら落ちぶれようと貴族のもとに帰す運命なのかもしれない。
キャメルがホレイナに別れを告げ、扉を開けると、リゼと老父が待っていた。老父は会った時と変わらぬ様子でリゼはモコモコとした厚着をぬくぬくと着ており、顔は半分埋まっていた。そこから覗けるリゼの顔は少しムッとしたような表情を浮かべていた。
「なにか言いたげそうな顔をしているわね」
「可愛らしくなりましたね。リゼちゃん、と呼んだ方がいいでしょうか?」
「言いわけないでしょ。外は寒いからって、この老父が勝手に着せてきたのよ」
「お気に召したようで何よりです」
「気に入ってなんかないわ。早く脱ぎたいくらいだし」
「そうですか、それは残念です。では、お気に召さないというのなら早く脱いでください」
「えっ、さっきあげるって言ってくれたじゃない」
「それはそれ、これはこれです」
老父がそう言うと、リゼの服をとっとと脱がせてしまった。肌が露出して露な姿に...、とまでは行かなかったが、先程の厚着と比べるとあまりにも薄かった。そして、追い討ちをかけるように老父はリゼを外に放り投げてしまった。憐れである。
「さ、寒すぎるわ...。貴族に楯突くんじゃなかった」
リゼは身体を震わせながら屋敷に戻って来ると、観念したかのように老父に成されるがままになった。
「もう一度いらしてくれることをお待ちしておりますよ。リゼ様、キャメル様」
もう一度リゼがぬくぬくとした厚手の服を着ると、老父は満足したように手を振り、別れを告げた。キャメルとリゼは老父に手を振り返すと、互いに手を握りながら屋敷を離れた。
「それじゃあ帰るわよ、キャンドル。ずっとあそこにいたら貴族の穢れがついてどうにかなりそうだわ」
「ええ、帰りましょうか。リゼちゃん」
「・・・はぁ、好きに呼べば良いわ」
彼女たちが帰路につくと、木枯らしが乱吹いた。使用人たちがせっせと集めたであろう落ち葉の山が崩落し、使用人たちが慌てていることも知らずに落ち葉は無邪気にも舞っていた。肌寒いほどのそれはゆっくりと冬の訪れを知らせていた。
1
お気に入りに追加
124
あなたにおすすめの小説
ほらやっぱり、結局貴方は彼女を好きになるんでしょう?
望月 或
恋愛
ベラトリクス侯爵家のセイフィーラと、ライオロック王国の第一王子であるユークリットは婚約者同士だ。二人は周りが羨むほどの相思相愛な仲で、通っている学園で日々仲睦まじく過ごしていた。
ある日、セイフィーラは落馬をし、その衝撃で《前世》の記憶を取り戻す。ここはゲームの中の世界で、自分は“悪役令嬢”だということを。
転入生のヒロインにユークリットが一目惚れをしてしまい、セイフィーラは二人の仲に嫉妬してヒロインを虐め、最後は『婚約破棄』をされ修道院に送られる運命であることを――
そのことをユークリットに告げると、「絶対にその彼女に目移りなんてしない。俺がこの世で愛しているのは君だけなんだ」と真剣に言ってくれたのだが……。
その日の朝礼後、ゲームの展開通り、ヒロインのリルカが転入してくる。
――そして、セイフィーラは見てしまった。
目を見開き、頬を紅潮させながらリルカを見つめているユークリットの顔を――
※作者独自の世界設定です。ゆるめなので、突っ込みは心の中でお手柔らかに願います……。
※たまに第三者視点が入ります。(タイトルに記載)
【完結】悪女のなみだ
じじ
恋愛
「カリーナがまたカレンを泣かせてる」
双子の姉妹にも関わらず、私はいつも嫌われる側だった。
カレン、私の妹。
私とよく似た顔立ちなのに、彼女の目尻は優しげに下がり、微笑み一つで天使のようだともてはやされ、涙をこぼせば聖女のようだ崇められた。
一方の私は、切れ長の目でどう見ても性格がきつく見える。にこやかに笑ったつもりでも悪巧みをしていると謗られ、泣くと男を篭絡するつもりか、と非難された。
「ふふ。姉様って本当にかわいそう。気が弱いくせに、顔のせいで悪者になるんだもの。」
私が言い返せないのを知って、馬鹿にしてくる妹をどうすれば良かったのか。
「お前みたいな女が姉だなんてカレンがかわいそうだ」
罵ってくる男達にどう言えば真実が伝わったのか。
本当の自分を誰かに知ってもらおうなんて望みを捨てて、日々淡々と過ごしていた私を救ってくれたのは、あなただった。
【完結】他の令嬢をひいきする婚約者と円満に別れる方法はありますか?
曽根原ツタ
恋愛
マノンの婚約者デリウスは、女友達のルチミナばかりえこひいきしている。『女友達』というのは建前で、本当は彼女に好意を寄せているのをマノンは察していた。彼はマノンにはひどい態度を取るのに、ルチミナのことをいつも絶賛するし優先し続けた。
そんなあるとき、大事件発生。
デリウスがなんと、マノンにふさわしい婿を決めるための決闘を新大公から申し込まれて……?
★他の令嬢をひいきする婚約者と(ちょっと物騒な方法で)すっぱり別れ、新しい恋をする話。
小説家になろうでも公開中
【完結】今世も裏切られるのはごめんなので、最愛のあなたはもう要らない
曽根原ツタ
恋愛
隣国との戦時中に国王が病死し、王位継承権を持つ男子がひとりもいなかったため、若い王女エトワールは女王となった。だが──
「俺は彼女を愛している。彼女は俺の子を身篭った」
戦場から帰還した愛する夫の隣には、別の女性が立っていた。さらに彼は、王座を奪うために女王暗殺を企てる。
そして。夫に剣で胸を貫かれて死んだエトワールが次に目が覚めたとき、彼と出会った日に戻っていて……?
──二度目の人生、私を裏切ったあなたを絶対に愛しません。
★小説家になろうさまでも公開中
《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。
友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」
貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。
「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」
耳を疑いそう聞き返すも、
「君も、その方が良いのだろう?」
苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。
全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。
絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。
だったのですが。
【完結】もう辛い片想いは卒業して結婚相手を探そうと思います
ユユ
恋愛
大家族で大富豪の伯爵家に産まれた令嬢には
好きな人がいた。
彼からすれば誰にでも向ける微笑みだったが
令嬢はそれで恋に落ちてしまった。
だけど彼は私を利用するだけで
振り向いてはくれない。
ある日、薬の過剰摂取をして
彼から離れようとした令嬢の話。
* 完結保証付き
* 3万文字未満
* 暇つぶしにご利用下さい
【完結】妹に全部奪われたので、公爵令息は私がもらってもいいですよね。
曽根原ツタ
恋愛
ルサレテには完璧な妹ペトロニラがいた。彼女は勉強ができて刺繍も上手。美しくて、優しい、皆からの人気者だった。
ある日、ルサレテが公爵令息と話しただけで彼女の嫉妬を買い、階段から突き落とされる。咄嗟にペトロニラの腕を掴んだため、ふたり一緒に転落した。
その後ペトロニラは、階段から突き落とそうとしたのはルサレテだと嘘をつき、婚約者と家族を奪い、意地悪な姉に仕立てた。
ルサレテは、妹に全てを奪われたが、妹が慕う公爵令息を味方にすることを決意して……?
政略結婚の約束すら守ってもらえませんでした。
克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
「すまない、やっぱり君の事は抱けない」初夜のベットの中で、恋焦がれた初恋の人にそう言われてしまいました。私の心は砕け散ってしまいました。初恋の人が妹を愛していると知った時、妹が死んでしまって、政略結婚でいいから結婚して欲しいと言われた時、そして今。三度もの痛手に私の心は耐えられませんでした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる