嘘を囁いた唇にキスをした。それが最後の会話だった。

わたあめ

文字の大きさ
上 下
25 / 58
三章 甘い恋

3.エセルター公爵家

しおりを挟む
キャメルたちはヘレンに別れを告げ、大通りを並んで歩いていた。本来ならば喫茶店に帰るものだが、彼女たちには用事が一つ残っていた。

「それで次はエセルター公爵家に行くんですよね?なんだか緊張してきました」

「無理はないわね。どんなこと言われるか分からないんだもの」

「国に帰れと言われたらどうしましょうか」

「そんなことは言わないと思うけど、もし言われたら大人しく帰った方がいいわね。ここの当主様は怒ると怖いから」

「リゼさんは怒られたことがあるんですか?」

「ええ、あるわ。大通りに喫茶店を開いたときに営業時間のことで一度だけね。あのときは殺されるんじゃないかと思ったほどだったわ。今でもたまに夢に出てくるの、あの鬼の形相が」

リゼが恐ろしそうに言うと、キャメルもそれが他人事ではない気がして身を震わせた。なんだかキャメルの歩幅が小さくなった気さえした。

キャメルがジェレマイア領の貴族である、ということは暗殺者の一人が全て自白したことでリゼにバレていた。しかし、リゼはさほど態度を改めることはなく、今まで通りにキャメルに接していて、キャメルはそれが優しさであることを知っていた。
そして、キャメルが聞くにその暗殺者を雇ったのがヒルトンらしい。自身の裏事情を知っている者がいたら排斥しようとするのは当たり前で、運良く殺されなかったのが奇跡のようなものだ。しかしながら、元は四人組であるということは理解出来なかった。結局来たのは一人だけであったし、彼が言う化け物とやらにでも取って食われたのだろうか。キャメルはそんなことを考えながら大通りを渡った。

大通りを抜けると、そこには公爵の位に相応しい大きな屋敷が広がっており、ジェレマイア公爵家の屋敷と同等かそれ以上の大きさである屋敷は大きな門を開けてキャメルたちを仰々しくお出迎えしていた。

「さっそく中に入りましょう。当主様が待ちくたびれているだろうから」

「少し待ってください。深呼吸をしたいので」

キャメルは一つ、二つと深呼吸をすると意を決して、公爵家の敷地に足を踏み入れた。キャメルは一歩、二歩と歩く度に深呼吸で得た安らぎが徐々に失われている気がして、使用人が向ける眼差しも獲物を見つけた狩人のような気さえして、キャメルは心無しか肩をすぼめながら歩いていた。
そんなキャメルとは対照的にリゼは堂々と歩いていた。リゼにとっては何度も訪れた場所だ。何も怖がることはなかった。
やがて玄関にたどり着くと、キャメルはもう一度呼吸を整えた。ただでさえ門から玄関までに命を削るような思いで歩いてきたのだ。キャメルはこの先の見えない地獄に行くのに用心深くも再度、一つ、二つと深呼吸をした。

「そんなに気を張らせるようなことでも無いと思うんだけど。それに外は寒いから早く中に入りたいわ」

「深呼吸は、これからどんなことを言われても受け入れる、という自分を勇気づける儀式みたいなものなので、これを大事なときにしておかないと落ち着かないんです」

「そう、そしたら一緒に待ってあげるわ。私だけ行ってもしょうがないしね」

「ありがとうございます」

キャメルとリゼは外の寒さを凌ぐために互いの手を握りあいながら深呼吸をした。
息を吸う音が心地よく耳に残り、息を吐く音が木枯らしに流れる。キャメルは心に残った蟠りを捨てるように息を吐き、新しい勇気を得るように息を吸った。そして、今の現状をヒルトンに婚約破棄された時と重ね合わせて、深く考え込んだ。
誰かに捨てられるのも国を追放されるのももう経験済みだし、大切な誰かを失うのもこれが初めてではない。エセルター領当主に何か言われたら潔くそれを受け取り、それに応えよう、とキャメルは再三意を決して扉を叩いた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

運命に勝てない当て馬令嬢の幕引き。

ぽんぽこ狸
恋愛
 気高き公爵家令嬢オリヴィアの護衛騎士であるテオは、ある日、主に天啓を受けたと打ち明けられた。  その内容は運命の女神の聖女として召喚されたマイという少女と、オリヴィアの婚約者であるカルステンをめぐって死闘を繰り広げ命を失うというものだったらしい。  だからこそ、オリヴィアはもう何も望まない。テオは立場を失うオリヴィアの事は忘れて、自らの道を歩むようにと言われてしまう。  しかし、そんなことは出来るはずもなく、テオも将来の王妃をめぐる運命の争いの中に巻き込まれていくのだった。  五万文字いかない程度のお話です。さくっと終わりますので読者様の暇つぶしになればと思います。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

あなたのおかげで吹っ切れました〜私のお金目当てならお望み通りに。ただし利子付きです

じじ
恋愛
「あんな女、金だけのためさ」 アリアナ=ゾーイはその日、初めて婚約者のハンゼ公爵の本音を知った。 金銭だけが目的の結婚。それを知った私が泣いて暮らすとでも?おあいにくさま。あなたに恋した少女は、あなたの本音を聞いた瞬間消え去ったわ。 私が金づるにしか見えないのなら、お望み通りあなたのためにお金を用意しますわ…ただし、利子付きで。

【完結済】次こそは愛されるかもしれないと、期待した私が愚かでした。

こゆき
恋愛
リーゼッヒ王国、王太子アレン。 彼の婚約者として、清く正しく生きてきたヴィオラ・ライラック。 皆に祝福されたその婚約は、とてもとても幸せなものだった。 だが、学園にとあるご令嬢が転入してきたことにより、彼女の生活は一変してしまう。 何もしていないのに、『ヴィオラがそのご令嬢をいじめている』とみんなが言うのだ。 どれだけ違うと訴えても、誰も信じてはくれなかった。 絶望と悲しみにくれるヴィオラは、そのまま隣国の王太子──ハイル帝国の王太子、レオへと『同盟の証』という名の厄介払いとして嫁がされてしまう。 聡明な王子としてリーゼッヒ王国でも有名だったレオならば、己の無罪を信じてくれるかと期待したヴィオラだったが──…… ※在り来りなご都合主義設定です ※『悪役令嬢は自分磨きに忙しい!』の合間の息抜き小説です ※つまりは行き当たりばったり ※不定期掲載な上に雰囲気小説です。ご了承ください 4/1 HOT女性向け2位に入りました。ありがとうございます!

私も処刑されたことですし、どうか皆さま地獄へ落ちてくださいね。

火野村志紀
恋愛
あなた方が訪れるその時をお待ちしております。 王宮医官長のエステルは、流行り病の特効薬を第四王子に服用させた。すると王子は高熱で苦しみ出し、エステルを含めた王宮医官たちは罪人として投獄されてしまう。 そしてエステルの婚約者であり大臣の息子のブノワは、エステルを口汚く罵り婚約破棄をすると、王女ナデージュとの婚約を果たす。ブノワにとって、優秀すぎるエステルは以前から邪魔な存在だったのだ。 エステルは貴族や平民からも悪女、魔女と罵られながら処刑された。 それがこの国の終わりの始まりだった。

人の顔色ばかり気にしていた私はもういません

風見ゆうみ
恋愛
伯爵家の次女であるリネ・ティファスには眉目秀麗な婚約者がいる。 私の婚約者である侯爵令息のデイリ・シンス様は、未亡人になって実家に帰ってきた私の姉をいつだって優先する。 彼の姉でなく、私の姉なのにだ。 両親も姉を溺愛して、姉を優先させる。 そんなある日、デイリ様は彼の友人が主催する個人的なパーティーで私に婚約破棄を申し出てきた。 寄り添うデイリ様とお姉様。 幸せそうな二人を見た私は、涙をこらえて笑顔で婚約破棄を受け入れた。 その日から、学園では馬鹿にされ悪口を言われるようになる。 そんな私を助けてくれたのは、ティファス家やシンス家の商売上の得意先でもあるニーソン公爵家の嫡男、エディ様だった。 ※マイナス思考のヒロインが周りの優しさに触れて少しずつ強くなっていくお話です。 ※相変わらず設定ゆるゆるのご都合主義です。 ※誤字脱字、気を付けているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません!

【ワタシのセンセイ外伝2】 嘘と真実とアレルギー

悠生ゆう
恋愛
ワタシのセンセイ 外伝の第二弾 外伝第一弾で鍋島先生が出会った女性・久我楓子の視点の物語。 鍋島晃子の嘘に振り回される楓子はどうなっていくのか?

【完結】公爵子息は私のことをずっと好いていたようです

果実果音
恋愛
私はしがない伯爵令嬢だけれど、両親同士が仲が良いということもあって、公爵子息であるラディネリアン・コールズ様と婚約関係にある。 幸い、小さい頃から話があったので、意地悪な元婚約者がいるわけでもなく、普通に婚約関係を続けている。それに、ラディネリアン様の両親はどちらも私を可愛がってくださっているし、幸せな方であると思う。 ただ、どうも好かれているということは無さそうだ。 月に数回ある顔合わせの時でさえ、仏頂面だ。 パーティではなんの関係もない令嬢にだって笑顔を作るのに.....。 これでは、結婚した後は別居かしら。 お父様とお母様はとても仲が良くて、憧れていた。もちろん、ラディネリアン様の両親も。 だから、ちょっと、別居になるのは悲しいかな。なんて、私のわがままかしらね。

処理中です...