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二章閑話 回想
3.とある御者の話③(3/4)
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「おい、大丈夫だったか?」
「そっちこそ大丈夫だったの?バレたりしてないよね?」
「もちろんさ。それでお前と会話してたのってあのヒルトン様じゃないか?明日の深夜に馬車を御所望とは一体何を考えてるんだろうな」
「聞こえてたのかよ」
ヒルトンの姿が大通りから消えると、リリックがすかさずイレリアのもとへ駆け寄った。イレリアたちの会話が聞こえるほど近くにいたらしいが、存外ヒルトンの警備の目は薄く、バレることは無かったらしい。
「ばっちり聞こえたし、俺は見てたぞ。お前が賄賂を貰うところをな!ただ俺は貰ってないから今日の夜、酒場で言っちゃいそうだな」
「はいはい、分かったよ。山分けすれば良いんでしょ」
「へへ、毎度あり!」
イレリアたちはリリックの薬屋に行くと、さっそく金貨をイレリアがその三分の一を、リリックがその三分の二を、と山分けした。
「山分けしようって言った俺が言うのもなんだが、こんなに貰っていいのか?盗み聞きしただけだぞ?」
「今日は冷え込むみたいだからね。馬小屋で休んじゃったら体力が無くなっちゃうでしょ?だから今晩、泊めてほしいんだ」
「そういうことなら、タダでいいぜ。俺たちの仲だしな」
リリックがそう言うとイレリアと同じ量になるように金貨を分けた。これで賄賂の三分の一が所在不明となってしまった。
イレリアは金貨を押し付け合うのも贅沢だしな、と思いながらこの行き場のない金貨をどうしようか、と考えた。公平に分けるのであれば半分にするのが正解であるが、色々な荷物を運ぶ御者は盗難に遭いやすいゆえ、出来れば多量の金貨を持ち歩きたくなかった。
「あっ、そうだ!そしたら私がこの金貨分の薬を買うから、おじさんがこれを受け取ってよ」
「そういうことなら賛成だ。しかも今なら、開発したばかりの薬もあるぜ」
イレリアがそう提案するとリリックは二つ返事で了承し、金貨を手持ちにしまうと悪い顔で瓶を取り出した。瓶はそれが劇薬であることを示すように禍々しい色をしている。
「これは流体の劇薬だな。しかも、人体のみならず鎧とかの金属類を侵食するから傭兵とかに追われた時に便利だ」
「さすが、王宮一の闇調合師。やることが違うね」
「それほどでもねぇよ」
リリックはイレリアのからかいに照れ笑いを見せた。
彼女が言ったように彼は「闇調合師」として王宮で知られている。彼が王宮にいる頃、彼は王宮専属の調合師として活躍する傍ら、日々劇薬の研究に明け暮れていた。そしていつしかそれが見つかり、王宮を追放されたのだ。だから、彼は王宮に行けない。
「それに比べて私はおじさんの力を借りるだけ。もしかしたら、おじさんの方が本当に金貨を多く受け取った方が良いんじゃない?」
「お前がいなきゃ、俺だって生きてないんだ。冗談は良してくれよ」
「確かにそんなこともあったね。・・・それじゃあ続きは明日の朝にしようか」
「いきなりどうしてだ?」
「そろそろ開店時間でしょ?こんな裏取引が見つかったら私まで犯罪者になっちゃうよ」
「良いだろ、ちょっとくらい遅くなっても」
「それはダメ。今日も明日も私たちにとって、みんなにとって変哲のない一日なんだ。それを崩したら疑われちゃうでしょ?」
「はは、隙がねぇなこりゃ」
「臆病なだけだよ。まあ却ってそっちの方が生きやすくはあるんだけど。それじゃあ部屋借りるね」
「おうよ、好きに使いな!」
「また明日ね!」
イレリアが手を振り、リリックもまた手を振り返すと開店準備に取り掛かった。彼女に見せたかった色々な薬を戸棚にしまい、入口の扉を開ける。客の足音はしないが、それが彼にとっての日常で何の変哲もない一日の始まりだった。
「くわぁ、おはよ」
「おはよう、寝坊助。朝飯の準備はできてるぞ」
「食べる前に顔洗わせて。髪も整えたい...」
翌日、イレリアたちは短い挨拶を交わし、同じ食卓についた。
「薬はそれだけで十分か?オマケもあげられるが、どうだ?」
「いい買い物だったから大丈夫だよ。それじゃあ、またね!」
イレリアは薬をいくつか買ってからリリックに別れを告げた。道中、街が騒がしいように感じたが、気にする様子もなく馬小屋に向かい、自分の馬2頭を御した。気性の荒かった馬は彼女に乗られるとたちまち萎縮したように大人しくなった。
「それじゃあ仕事始めますか」
今日もまた何も変わらない日常が始まる。たとえ朝飯の目玉焼きが半熟であっても、当主の訃報が届いても彼女には関係のないことなのだ。
「そっちこそ大丈夫だったの?バレたりしてないよね?」
「もちろんさ。それでお前と会話してたのってあのヒルトン様じゃないか?明日の深夜に馬車を御所望とは一体何を考えてるんだろうな」
「聞こえてたのかよ」
ヒルトンの姿が大通りから消えると、リリックがすかさずイレリアのもとへ駆け寄った。イレリアたちの会話が聞こえるほど近くにいたらしいが、存外ヒルトンの警備の目は薄く、バレることは無かったらしい。
「ばっちり聞こえたし、俺は見てたぞ。お前が賄賂を貰うところをな!ただ俺は貰ってないから今日の夜、酒場で言っちゃいそうだな」
「はいはい、分かったよ。山分けすれば良いんでしょ」
「へへ、毎度あり!」
イレリアたちはリリックの薬屋に行くと、さっそく金貨をイレリアがその三分の一を、リリックがその三分の二を、と山分けした。
「山分けしようって言った俺が言うのもなんだが、こんなに貰っていいのか?盗み聞きしただけだぞ?」
「今日は冷え込むみたいだからね。馬小屋で休んじゃったら体力が無くなっちゃうでしょ?だから今晩、泊めてほしいんだ」
「そういうことなら、タダでいいぜ。俺たちの仲だしな」
リリックがそう言うとイレリアと同じ量になるように金貨を分けた。これで賄賂の三分の一が所在不明となってしまった。
イレリアは金貨を押し付け合うのも贅沢だしな、と思いながらこの行き場のない金貨をどうしようか、と考えた。公平に分けるのであれば半分にするのが正解であるが、色々な荷物を運ぶ御者は盗難に遭いやすいゆえ、出来れば多量の金貨を持ち歩きたくなかった。
「あっ、そうだ!そしたら私がこの金貨分の薬を買うから、おじさんがこれを受け取ってよ」
「そういうことなら賛成だ。しかも今なら、開発したばかりの薬もあるぜ」
イレリアがそう提案するとリリックは二つ返事で了承し、金貨を手持ちにしまうと悪い顔で瓶を取り出した。瓶はそれが劇薬であることを示すように禍々しい色をしている。
「これは流体の劇薬だな。しかも、人体のみならず鎧とかの金属類を侵食するから傭兵とかに追われた時に便利だ」
「さすが、王宮一の闇調合師。やることが違うね」
「それほどでもねぇよ」
リリックはイレリアのからかいに照れ笑いを見せた。
彼女が言ったように彼は「闇調合師」として王宮で知られている。彼が王宮にいる頃、彼は王宮専属の調合師として活躍する傍ら、日々劇薬の研究に明け暮れていた。そしていつしかそれが見つかり、王宮を追放されたのだ。だから、彼は王宮に行けない。
「それに比べて私はおじさんの力を借りるだけ。もしかしたら、おじさんの方が本当に金貨を多く受け取った方が良いんじゃない?」
「お前がいなきゃ、俺だって生きてないんだ。冗談は良してくれよ」
「確かにそんなこともあったね。・・・それじゃあ続きは明日の朝にしようか」
「いきなりどうしてだ?」
「そろそろ開店時間でしょ?こんな裏取引が見つかったら私まで犯罪者になっちゃうよ」
「良いだろ、ちょっとくらい遅くなっても」
「それはダメ。今日も明日も私たちにとって、みんなにとって変哲のない一日なんだ。それを崩したら疑われちゃうでしょ?」
「はは、隙がねぇなこりゃ」
「臆病なだけだよ。まあ却ってそっちの方が生きやすくはあるんだけど。それじゃあ部屋借りるね」
「おうよ、好きに使いな!」
「また明日ね!」
イレリアが手を振り、リリックもまた手を振り返すと開店準備に取り掛かった。彼女に見せたかった色々な薬を戸棚にしまい、入口の扉を開ける。客の足音はしないが、それが彼にとっての日常で何の変哲もない一日の始まりだった。
「くわぁ、おはよ」
「おはよう、寝坊助。朝飯の準備はできてるぞ」
「食べる前に顔洗わせて。髪も整えたい...」
翌日、イレリアたちは短い挨拶を交わし、同じ食卓についた。
「薬はそれだけで十分か?オマケもあげられるが、どうだ?」
「いい買い物だったから大丈夫だよ。それじゃあ、またね!」
イレリアは薬をいくつか買ってからリリックに別れを告げた。道中、街が騒がしいように感じたが、気にする様子もなく馬小屋に向かい、自分の馬2頭を御した。気性の荒かった馬は彼女に乗られるとたちまち萎縮したように大人しくなった。
「それじゃあ仕事始めますか」
今日もまた何も変わらない日常が始まる。たとえ朝飯の目玉焼きが半熟であっても、当主の訃報が届いても彼女には関係のないことなのだ。
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