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二章閑話 回想
2.とある御者の話②(2/4)
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「単刀直入に言おう。明日の深夜、ジェレマイア公爵家の裏口の方で馬車を停めて待機していてくれないか」
男はイレリアを路地裏に連れ込むと早々、口早にそう告げた。もしや不埒なことをされるのでは無いかとイレリアは思っていたが、その予想は半分正解、半分不正解だったようだ。
それは明らかに不埒なことではあったが、彼女はその要望に易く応えるほど不当な人ではなかった。
「それはできかねますね。公爵家の敷地には無断で入れませんので。公爵家の方の依頼でしたら行けますが」
実際馬車をここに停めておいてという要望はかなりあるし、出来ることではあったのだが、公爵家の敷地に入るなど一般的な御者には無理であった。
もしあるとしたら、色々な条件が加わるだろう。例えば取引先が公爵家の者であるとか。
「そういうことなら大丈夫だ。私がその公爵家の子息だからな」
男は仰々しく胸を張って答えたが、イレリアは彼が本当に公爵子息であるのか疑った。何せ、貴族が街に来て一般人相手に話す機会などそうそうないからだ。疑うのも無理はなかった。
「本当ですか?顔が隠れていて良く見えませんね。それと最近、多いんですよね。貴族と偽って御者を弄ぼうとする厄介な客が。あなたもそうなんです?」
「いや、私は本当に公爵子息で...」
「それじゃ、ローブを脱いでください?公爵子息のヒルトン様のお顔は覚えているので」
狼狽える男にイレリアは追い討ちをかけるようにそう言った。「貴族と偽って御者を弄ぼうとする厄介な客」というのはただの脅し文句で今の今までいなかったわけだが、今回でその存在が生まれるみたいだ。イレリアは内心ほくそ笑みながら彼がローブを脱ぐのを見守った。
しかし男が丁寧にローブを脱ぎ、顔を露わにするとそこにはイレリアの予想とは裏腹に確かにヒルトンの顔があり、イレリアはぎょっとした。
「これで分かっただろ。これが正式な依頼であることを」
「ええ、十分分かりました。先ほどまでの無礼をお許しください」
「ふん、それでいいのだ」
「お許し頂きありがとうございます。・・・それで私は何を運べば良いんでしょうか」
「そこに来る平民の服を着た女を運んでほしいんだ。場所はどこでもいいが、南のミリアム領と東の王宮だけはやめてくれ」
「それでは西のエセルター領だけになりますね。北のモンペリエ領は降雪で遮断されていてジェレマイア領からでは行けないので」
「そうか、それではそこで頼む。代金は銀貨6枚で良かったか?」
「代金を受け取る前に一つお聞きしてもいいですか?」
「なんだ?」
「どうして路地裏まで連れてきたんですか?」
ヒルトンがいそいそと銀貨の入った麻袋を手に取ると、イレリアは一つの疑問を吐露した。するとヒルトンは悪役のようにニンマリと笑い、その麻袋とは別の袋を取り出した。見るからに重そうである。
「これはそう易々と教えられるものじゃない。ただ今ここで聞いたこと、これから起こることは他言無用で無関心でいてほしい。これはその代金だ」
イレリアは2つの袋を受け取り、中身を見ると一方の袋には銀貨6枚が入っていてもう一方は王宮で豪遊してもお釣りがくるほどの大量の金貨が入っていた。俗に言う賄賂である。
イレリアは御者という仕事柄、汚れ仕事も数多くこなしてきたのでこれくらいありふれた仕事で変哲もないことであった。
「ええ、分かりました。明日の深夜ですね」
「それでは君がしっかり働いてくれることを楽しみにしているよ」
イレリアは路地裏から去るヒルトンに手を振り、彼が見えなくなったところでイレリアも路地裏から出た。貴族との対面で強ばっていた身体が解放されるのを身に感じながら、彼女は新鮮な空気を思いっ切り吸った。やはり毎度のことであるが、貴族との会話は自然と敬語になるほど緊張する。それでも以前よりかはマシにはなっているのだが。
男はイレリアを路地裏に連れ込むと早々、口早にそう告げた。もしや不埒なことをされるのでは無いかとイレリアは思っていたが、その予想は半分正解、半分不正解だったようだ。
それは明らかに不埒なことではあったが、彼女はその要望に易く応えるほど不当な人ではなかった。
「それはできかねますね。公爵家の敷地には無断で入れませんので。公爵家の方の依頼でしたら行けますが」
実際馬車をここに停めておいてという要望はかなりあるし、出来ることではあったのだが、公爵家の敷地に入るなど一般的な御者には無理であった。
もしあるとしたら、色々な条件が加わるだろう。例えば取引先が公爵家の者であるとか。
「そういうことなら大丈夫だ。私がその公爵家の子息だからな」
男は仰々しく胸を張って答えたが、イレリアは彼が本当に公爵子息であるのか疑った。何せ、貴族が街に来て一般人相手に話す機会などそうそうないからだ。疑うのも無理はなかった。
「本当ですか?顔が隠れていて良く見えませんね。それと最近、多いんですよね。貴族と偽って御者を弄ぼうとする厄介な客が。あなたもそうなんです?」
「いや、私は本当に公爵子息で...」
「それじゃ、ローブを脱いでください?公爵子息のヒルトン様のお顔は覚えているので」
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しかし男が丁寧にローブを脱ぎ、顔を露わにするとそこにはイレリアの予想とは裏腹に確かにヒルトンの顔があり、イレリアはぎょっとした。
「これで分かっただろ。これが正式な依頼であることを」
「ええ、十分分かりました。先ほどまでの無礼をお許しください」
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「なんだ?」
「どうして路地裏まで連れてきたんですか?」
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