嘘を囁いた唇にキスをした。それが最後の会話だった。

二章閑話 回想

4.ヒルトンの思惑

『ジェレマイア領当主、ヒルトン様のご結婚です！』

そんな号外が出てから数日が経ったある日のこと。

「やっと計画も終わる。今までは忙しかったがこれからはいついかなる時もマリアンだけを愛せるぞ」

ジェレマイア公爵家の執務室でヒルトンはニタニタと笑っていた。何が彼をそうさせるのかと言うと、彼が画策したマリアンとの結婚計画も順調に進み、残りわずかになったからだ。彼は飲みかけだったコーヒーを一口啜り、今までのことに思いを馳せた。

ヒルトンは政略結婚の婚約がされた当初こそ、キャメルが自分の正室になると思っていた。それは衰退しつつある公爵家としての義務であるからというのもあったが、彼女の初心な瞳と可憐な面立ちが彼の心に刺さったからでもあった。
その思いが変わったのはミリアム領当主から「私の娘と結婚してくれたのなら、ジェレマイア領と公平な取引をすると約束しましょう」と直々に打診され、マリアンと会ったときからだった。
長らくジェレマイア領とミリアム領は貿易面で対立していて冷戦状態にあり、関係は最悪だった。それに加え、良好な関係を築くための策を模索出来ずにいた。そんな中撒かれた種だ。それをヒルトンが食べ残すわけもなく、誰にも相談せず、すぐに了承した。その内には結果を出して早く当主から認めてもらいたいという焦りもあったのだろうが、心の奥底でアールマイト伯爵家を下級の貴族として見下している節もあったからだろう。とにかく彼はアールマイト伯爵家よりもミリアム公爵家の方を優先的に行動していた。そして、幾度かのミリアム公爵家との密会を経て、ミリアム家に促されるまま独りでにマリアンとの婚約を決めたのだ。

しかしながら、ヒルトンの計画には邪魔者がいた。当主のヴィクターと婚約相手のキャメルだ。マリアンとの婚約計画が露呈すると、彼らとの関係が深いばかりに制裁を受けかねない。そこで彼は邪魔者を殺すことを画策したのだ。

ヴィクターの暗殺は毒を混ぜた食事を与えればいいのだから容易だった。ミリアム公爵家から貰ったお金もあり、賄賂で料理人たちを揺るがすのも、犯人を作り上げるのも簡単だったし、何より八方美人な彼には疑われる要因がなかったからだ。

キャメルの暗殺はまだ実行さえしていないが、そのほとんどは終わっていた。まずは体格の弱そうな御者を見つけ、キャメルを他国へと運んでもらう。その道中で御者ごと殺せば晴れて邪魔者はいなくなるという算段だ。キャメルも生かされた自分がまさか殺されるとも思うまい。無関係な御者には悪いが、彼の計画には必要な犠牲であった。

彼の計画はすでに終わっているようなもので、滞りもなく順調であった。ヒルトンはニヤつき安心した様子で暗殺者の報告を待ちつつ、コーヒーを飲み干し、彼は執務室を後にした、まだカップには一滴のコーヒーが残っていることも知らずに。