嘘を囁いた唇にキスをした。それが最後の会話だった。

わたあめ

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三章 甘い恋

1.目覚め

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「うっ、うーん」

キャメルが目を覚ますと、見知らぬ天井がお出迎えをしてくれた。あっ、生きている、と実感したのも束の間、この部屋が騒がしいことに気づいた。その騒がしさは雑音とかではなく、男が悶えるような声で、カーテンで仕切られた奥から聞こえてきた。

「おい、もっと優してくれよ、リゼちゃん...あっ痛!」

「優しくしてほしいのなら黙って治療を受けることね」

キャメルがカーテンの隙間から顔を覗かせると、リゼや治療者がフィラにやってきていた男たちに治療をしているのが見え、男たちは皆一様にして痛さに顔を顰めていた。
カーテンの隙間からひょっこりと顔を出したキャメルに気づいたリゼは治療を終わらせると、ゆったりとした足取りでキャメルの方に寄った。

「怪我は大丈夫かしら」

「ええ、大丈夫ですよ。日常生活を送れるくらいにはもう回復したと思います」

「そう、それなら良かったわ。運んでるとき、ずっとあなたの血が止まらなくて心配している人がいたから」

リゼは呆れた様子で男たちの方を見た。きっと彼らが自身の心配をしてくれたのだろう。キャメルは男たちが皆あたふたする姿を想像して、自然と笑みが零れていた。

「それと、あなたを切り付けた不束者は昨日の内に処分されたわ。当主様によってね」

「・・・それは恐ろしいですね」

聞けば彼は全てを自白したらしい。元々4人組であったことや誰に雇われたのかさえも。
何が彼をそうさせたのかは分からないが、「森に化け物がいた」と、「ここにも化け物がいたのか」と捨て台詞を吐いていたらしい。それでも、何が彼をそうさせたのかはキャメルには分からなかったが、エセルター領の当主は怖い存在であるということだけは理解できた。そして、リゼが優しいということも。

「容態の方は大丈夫?」

キャメルとリゼが会話を楽しんでいると、一人の男が部屋に入ってきた。キャメルは彼の姿を見たことがあるような気がして、じっと彼の姿を凝視した。そして、一つの結論を出す。

「あなた、昨日喫茶店にいませんでしたか?」

キャメルが倒れる前に見た男の容姿とそっくりだったのだ。服装は違うし、記憶も曖昧なものだけれど、がっちりとした体型に浮世離れした顔はしっかりとキャメルの脳裏に焼き付いていた。キャメルは彼が何者であるのかは知らなかったが、大方予想はついていた。

「あぁ、居たよ。君をここまで運んできたのもこの私だからね」

「それはありがとうございます。きっとリゼさんだけでは私を運べなかったでしょうから」

「たまたま居合わせただけだから大丈夫さ。礼には及ばない。それより体の方は大丈夫なのか?」

「ええ、おかげさまで良くなりました。体も十分に動きます」

「そうか、そしたら少し安静にしておくといい。私はこれで席を外すとするから」

彼はそういうとさっさととその場を後にしてしまった。本当に容態を見に来ただけらしい。

「今のお方って当主様ですか?」

彼の姿が消えると、キャメルは早々に話題を切り出した。それにリゼは躊躇いもなく、「そうよ」と頷く。

「公務で忙しいはずだけど、よっぽどあなたのことを心配してくれていたのね」

「そうだと嬉しいのですが...。それよりもリゼさんは当主様とお知り合いなんですね」

「腐れ縁というやつよ。あいつが粘着質なだけで良い関係とは言えないわ」

当主様を「あいつ」呼ばわりなど不敬も甚だしいが、リゼはそれを気にかける様子もなく、にっと笑った。

「それじゃあ、ここ数日はこの医務室で安静にしとくのよ。体は大丈夫だと思っていても、案外脆いものだから」

「そちらもお気をつけて」

キャメルとリゼは互いに手を振りながら別れを告げた。ドアが閉じ、リゼの姿さえ見えなくなると、いよいよこの部屋に静寂が訪れた。いつの間にか、治療者も男たちもいなくなっていたらしい。

「暇だなぁ」

そんな部屋でキャメルは独り呟いた。
窓の床板で頬杖をつき、たまには休むだけの日もあってもいいか、と思いながら空を眺める。天気は程々に、東の空はどんよりとした曇天だった。
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