12 / 58
二章 のんびり日常
5.初めての客
しおりを挟む
「こんなものかしらね。意外と簡単だったでしょう?」
「ええ、そうですね。これなら今すぐにでも対応出来そうです」
「それは良かったわ」
キャメルは数十分程度、リゼから接客の何たるかを教えてもらった。意外にもやることは少なく、大雑把にまとめれば、注文を聞き、リゼに注文内容を知らせに行くということだけだろう。会計も料理もリゼが全部やってくれるので、元より仕事が少ないと言われればそれまでではあるが。
「そろそろお店を開かなくちゃいけないからちょっと待ってて」
リゼはそう言うと、鍵を掛けていたドアの戸を開けた。冷たいすきま風が一瞬通り、肌を震わせる。
そして、一刻の時を待ったが、客の気配はしてこなかった。
「お客さん、来ませんね」
「こんなものよ。開店間際からお客さんが来て繁盛なんかしてたら嫌でしょう?それにこの待っている時間が良いのよね。子供の帰りを待っているみたいで」
「母性的なんですね」
「まぁ、実際来るのは私より全然年上の人なんだけどね」
リゼはそう笑うと、椅子に座り、地面に届かない足をじたばたさせながら、外の様子を眺めていた。どちらかと言うと、親の帰りを待つ子供のような気がしたが、キャメルはそれを黙っていることにした。
しかしながら、この待ち時間が気持ちを馳せられる感覚はキャメルにも理解出来ていた。子どもの帰りを待つと言う母性的な感情よりかは、来るかも分からない婚約者を待つ乙女的な感情であったが、十分に彼女たちは近しい感情を静寂ながら共有しているだろう。
時計の針が動く音がする度に、時間が過ぎていくのを感じ、豪華なティーパーティーのセットの前で頬杖を突くあの頃の記憶を思い出した。キャメルは頬杖をつきながら時計を眺め、カウンターで時が訪れるのを待った。
「こんにちは。やってるか?」
しばらくの時を待つと、微動だにしていなかった入口の扉が開き、隙間風が入り込んできた。軽快なドアベルの乾いた音が鳴ると、背が高く、身だしなみをきちんと整えた男がやってきた。彼も一様にして髪が金に近しいものであったが、確かに母性を感じるには少々年が上である。
「いらっしゃいませ!」
「いらっしゃい」
キャメルが軽快に声をかける傍ら、リゼは気だるげそうに言った。キャメルは教えはなんだったのか、と思いつつも初めての来訪客にドキドキであった。
「おお、見ない顔が増えたな。お前さんは誰だ?」
「今日からここで働くこととなったキャンドルと申します」
「そうか、そうか。それじゃ、コーヒーを一つとサンドウィッチを一つ頂戴出来るか?」
「はい、了解しました」
リゼに教えられた通りに会話を交わし、注文を伝えると、キャメルはほっと一息を吐いた。練習通りに出来たこともそうだし、何より貴族と疑われなくて済んだのだ。大丈夫だと分かっていても、やはり少しばかりの恐怖が心にはあった。
「はい、サンドウィッチ」
「コーヒーはまだなのですか?」
綺麗に完成されたサンドウィッチを見ながら、キャメルは質問する。
「あの人は食後にコーヒーを飲みたい派だから。あと、お喋りな人だから話し相手になってあげて。きっと喜んでくれるわ」
「分かりました!」
キャメルがサンドウィッチの乗った皿を男の方に運び、席に着くと男は驚いたように笑った。
「ハハ、そんなにこれが食べたいのか」
「違います!一緒にお話したいなと思って」
「ほう、そうだったのか。確かにここは暇になりやすい場所だからな。ここは一つおじさんが話をしてやろう。どんな話が良いんだ?」
「ここに来るようになったきっかけ、みたいなの教えてほしいです」
「初対面にしてはストレートだな。・・・良いだろう、君の面の皮が厚いことに免じて話してやろう。俺と喫茶店『フィラ』の馴れ初めを...」
男が意味ありげにそう言うと、サンドウィッチを一口食し、少しばかり過去の昔話を話し始めた。
「ええ、そうですね。これなら今すぐにでも対応出来そうです」
「それは良かったわ」
キャメルは数十分程度、リゼから接客の何たるかを教えてもらった。意外にもやることは少なく、大雑把にまとめれば、注文を聞き、リゼに注文内容を知らせに行くということだけだろう。会計も料理もリゼが全部やってくれるので、元より仕事が少ないと言われればそれまでではあるが。
「そろそろお店を開かなくちゃいけないからちょっと待ってて」
リゼはそう言うと、鍵を掛けていたドアの戸を開けた。冷たいすきま風が一瞬通り、肌を震わせる。
そして、一刻の時を待ったが、客の気配はしてこなかった。
「お客さん、来ませんね」
「こんなものよ。開店間際からお客さんが来て繁盛なんかしてたら嫌でしょう?それにこの待っている時間が良いのよね。子供の帰りを待っているみたいで」
「母性的なんですね」
「まぁ、実際来るのは私より全然年上の人なんだけどね」
リゼはそう笑うと、椅子に座り、地面に届かない足をじたばたさせながら、外の様子を眺めていた。どちらかと言うと、親の帰りを待つ子供のような気がしたが、キャメルはそれを黙っていることにした。
しかしながら、この待ち時間が気持ちを馳せられる感覚はキャメルにも理解出来ていた。子どもの帰りを待つと言う母性的な感情よりかは、来るかも分からない婚約者を待つ乙女的な感情であったが、十分に彼女たちは近しい感情を静寂ながら共有しているだろう。
時計の針が動く音がする度に、時間が過ぎていくのを感じ、豪華なティーパーティーのセットの前で頬杖を突くあの頃の記憶を思い出した。キャメルは頬杖をつきながら時計を眺め、カウンターで時が訪れるのを待った。
「こんにちは。やってるか?」
しばらくの時を待つと、微動だにしていなかった入口の扉が開き、隙間風が入り込んできた。軽快なドアベルの乾いた音が鳴ると、背が高く、身だしなみをきちんと整えた男がやってきた。彼も一様にして髪が金に近しいものであったが、確かに母性を感じるには少々年が上である。
「いらっしゃいませ!」
「いらっしゃい」
キャメルが軽快に声をかける傍ら、リゼは気だるげそうに言った。キャメルは教えはなんだったのか、と思いつつも初めての来訪客にドキドキであった。
「おお、見ない顔が増えたな。お前さんは誰だ?」
「今日からここで働くこととなったキャンドルと申します」
「そうか、そうか。それじゃ、コーヒーを一つとサンドウィッチを一つ頂戴出来るか?」
「はい、了解しました」
リゼに教えられた通りに会話を交わし、注文を伝えると、キャメルはほっと一息を吐いた。練習通りに出来たこともそうだし、何より貴族と疑われなくて済んだのだ。大丈夫だと分かっていても、やはり少しばかりの恐怖が心にはあった。
「はい、サンドウィッチ」
「コーヒーはまだなのですか?」
綺麗に完成されたサンドウィッチを見ながら、キャメルは質問する。
「あの人は食後にコーヒーを飲みたい派だから。あと、お喋りな人だから話し相手になってあげて。きっと喜んでくれるわ」
「分かりました!」
キャメルがサンドウィッチの乗った皿を男の方に運び、席に着くと男は驚いたように笑った。
「ハハ、そんなにこれが食べたいのか」
「違います!一緒にお話したいなと思って」
「ほう、そうだったのか。確かにここは暇になりやすい場所だからな。ここは一つおじさんが話をしてやろう。どんな話が良いんだ?」
「ここに来るようになったきっかけ、みたいなの教えてほしいです」
「初対面にしてはストレートだな。・・・良いだろう、君の面の皮が厚いことに免じて話してやろう。俺と喫茶店『フィラ』の馴れ初めを...」
男が意味ありげにそう言うと、サンドウィッチを一口食し、少しばかり過去の昔話を話し始めた。
3
お気に入りに追加
118
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

あなたのおかげで吹っ切れました〜私のお金目当てならお望み通りに。ただし利子付きです
じじ
恋愛
「あんな女、金だけのためさ」
アリアナ=ゾーイはその日、初めて婚約者のハンゼ公爵の本音を知った。
金銭だけが目的の結婚。それを知った私が泣いて暮らすとでも?おあいにくさま。あなたに恋した少女は、あなたの本音を聞いた瞬間消え去ったわ。
私が金づるにしか見えないのなら、お望み通りあなたのためにお金を用意しますわ…ただし、利子付きで。

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜
高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。
婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。
それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。
何故、そんな事に。
優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。
婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。
リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。
悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。
愛すべきマリア
志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。
学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。
家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。
早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。
頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。
その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。
体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。
しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。
他サイトでも掲載しています。
表紙は写真ACより転載しました。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。

元カレの今カノは聖女様
abang
恋愛
「イブリア……私と別れて欲しい」
公爵令嬢 イブリア・バロウズは聖女と王太子の愛を妨げる悪女で社交界の嫌われ者。
婚約者である王太子 ルシアン・ランベールの関心は、品行方正、心優しく美人で慈悲深い聖女、セリエ・ジェスランに奪われ王太子ルシアンはついにイブリアに別れを切り出す。
極め付けには、王妃から嫉妬に狂うただの公爵令嬢よりも、聖女が婚約者に適任だと「ルシアンと別れて頂戴」と多額の手切れ金。
社交会では嫉妬に狂った憐れな令嬢に"仕立てあげられ"周りの人間はどんどんと距離を取っていくばかり。
けれども当の本人は…
「悲しいけれど、過ぎればもう過去のことよ」
と、噂とは違いあっさりとした様子のイブリア。
それどころか自由を謳歌する彼女はとても楽しげな様子。
そんなイブリアの態度がルシアンは何故か気に入らない様子で…
更には婚約破棄されたイブリアの婚約者の座を狙う王太子の側近達。
「私をあんなにも嫌っていた、聖女様の取り巻き達が一体私に何の用事があって絡むの!?嫌がらせかしら……!」

【完結】真実の愛に目覚めたと婚約解消になったので私は永遠の愛に生きることにします!
ユウ
恋愛
侯爵令嬢のアリスティアは婚約者に真実の愛を見つけたと告白され婚約を解消を求められる。
恋する相手は平民であり、正反対の可憐な美少女だった。
アリスティアには拒否権など無く、了承するのだが。
側近を婚約者に命じ、あげくの果てにはその少女を侯爵家の養女にするとまで言われてしまい、大切な家族まで侮辱され耐え切れずに修道院に入る事を決意したのだが…。
「ならば俺と永遠の愛を誓ってくれ」
意外な人物に結婚を申し込まれてしまう。
一方真実の愛を見つけた婚約者のティエゴだったが、思い込みの激しさからとんでもない誤解をしてしまうのだった。

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。
松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。
そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。
しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる