嘘を囁いた唇にキスをした。それが最後の会話だった。

わたあめ

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二章 のんびり日常

9.夜中の会合

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「ここ最近は毎日来ていたから分かりますよね?どうしてここに来たのかなんて」

当主様と呼ばれた男は喫茶店に入りながら黒いローブを脱ぎ、その華やかしい貴族の服を堂々と顕にし、カウンター席に腰を掛けた。そして、持っていた麻袋を開け、中身が大量の金貨であることを見せびらかす。
この男は昨日も1週間前も1ヶ月前も深夜にフィラを訪れていた。そればかりか大量の金貨を手持ちに毎回、リゼを困らせては帰っていくばかりだ。正直迷惑な話ではあったが、リゼは彼と少し接点...、と言うよりかは腐れ縁的な関係があり、そういう意味でも、彼が当主であるからという意味でも彼の好意というのは蔑ろに捨てることは出来なかった。

「それがどうしたんですか?」

「いつも言ってるじゃないですか。日頃のお礼だって。それにどうして今日に限ってそんなに他人行儀なんですか」

男はニコニコとした表情で言葉を続けた。

「いつもみたいに言ってくださいよ。って」

「はぁ。そんなエセルター領の当主様であるホレイナさんがどうして、町外れの喫茶店で賄賂を渡そうとしてるの?」

「賄賂じゃないさ!言ったでしょう?これは日頃の感謝だって。あっ、ちなみに貰わないとどんどんお金が増えていく仕組みだからね。今日中にもらっておくことをオススメするよ!」

「あっそ。そしたら私の老後は安心ね」

男はホレイナと呼ばれると嬉しそうな表情を見せ、いつも通りになったリゼの態度にニコニコと笑い、金貨をこれでもかと見せびらかした。リゼはそんな彼を軽くあしらい、コーヒーを注ぎ始め、黒く淀んだそれを彼の目の前に出した。

無料タダよ」

ホレイナがニコニコと金貨を差し出そうとすると、リゼは彼を制止するように先手を打った。「そうかぁ」と彼は手を素直に引っ込め、そのコーヒーを一口啜った。

「うん、良い味だ。些か酸っぱい気もするけど、十分美味しいと言えるね」

「それは良かったわ。庶民がよく飲むコーヒーを美味しいって言ってくれて。「当主様大絶賛のコーヒー」で売れるわね」

「思ってもないことを言わないでよ。それにそう言う太鼓判を押すなら、君だって同じでしょう?」

「過去の話はもういいわ。それに今日は生憎、いつもみたいに長々と言い合う元気がないのよ。そのコーヒーを飲んだらとっとと帰ってちょうだい」

リゼは今日何度目かのため息を一つ吐いた。いつも彼女の表情を窺ってるホレイナにとっては確かに彼女の表情は薄ら寒く見え、お疲れのようだった。

「お疲れみたいだね。何かあったのかい?」

「今日は朝早くから農業区の方まで買い物に行ったのよ。馬車のあの揺れにはまだ慣れないわ。それと変な客も来るし...」

「他には?」

「他に?それくらいしか無いけれど...」

「あるでしょう?例えば、・・・「従業員が一人増えた」とかね」

「・・・なるほどね」

ホレイナはリゼの言葉を半ば無理やり遮って食い気味にそう言い、リゼも知っていたかのような口振りで言葉を返した。
さっきまでの和やかな雰囲気とは一転し、そこには一触即発の雰囲気が流れており、互いに目線を外せば乱闘が起きるのではないかというくらいの緊迫感であった。

「彼女に会わせてくれないか」

彼らはお互いに密かな企みを隠しながらしばらく見つめ合っていると、ホレイナは大胆な切り口で静寂を破った。

「会ってどうするの?祖国に帰れとでも言うのかしら?」

「エセルター領がそんな風な国じゃないってことを知っているでしょ?彼女にはそんなことを言わないよ。ただ、彼女のことを少し知っているような気がするんだ。私の記憶が正しければ彼女はジェレマイア領の貴族だったはず...」

「だから、どうしてここにいるのか気になるってこと?」

「そうだ。それに婚約もして順風満帆な生活だったと聞く。だからずっと会えないと思っていたのに...」

「あなたのそれがどこから来たものかは分からないけれど、彼女は純粋だから婚約相手に騙されたのね。それに今日、変な客が来たことにも合点がいくわ」

「変な客?それってまさか...!」

「もしかしたら、厄介者たちよりも厄介な人だったのかもね」

ホレイナがぶつぶつと呟き始めると、リゼは面倒なことに巻き込まれたな、と思いながら金貨を2枚ほど手に取り、嘆いた瞳で眺めた。煩わしいくらいに輝いているそれにぼんやりと写る自分の顔がなんとも惨めに思えてしまい、ポケットに金貨2枚をひっそりとしまった。

「その変な客は今どこに居るんだ!?」

ホレイナが切羽詰まった様子でリゼを問い質すと、

「きゃあ!」

と、深夜の静寂を切り裂くような悲鳴が従業員スペースから聞こえてきた。二人はまさかと慌てた様子で扉を開ける。
そこには血で濡れたナイフを持った男と部屋の隅でわなわなと震えているキャンドルが居た。

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