上 下
9 / 58
二章 のんびり日常

2.喫茶店『フィラ』

しおりを挟む
「お客さん、着きましたよ。ここがエセルター領の中央区です!段差気を付けてくださいね」

威勢の良い御者の声と共に、キャメルは馬車を降りた。途中、マリーが御者に手を引かれ、降りているのを見るに、彼女の怖さというのも御者に伝わっていたらしい。彼女の手を取る御者の手は少しばかり震えていた。

「それじゃ、私たちは中央通りの方なのでここまでですね」

「暇なときは遊びに来てね!」

マリーとアンはそう言いながら、手を振り、別れの挨拶を交わした。それに応えるようにキャメルたちもまた、手を振り返し、中央通りの人群れに消えていくマリーたちを見送った。そして、キャメルはその人群れの異様さに度肝を抜かれたように呆然としていた。
若い男や女の髪が金に限りなく近い色なのだ。髪染めをしているという前提知識さえ無ければ、何かの貴族パーティーのように思えてしまうほど、沢山の人が金色の髪を靡かせていた。しかし、キャメルにとっては髪色を茶色や黒色など民衆に寄せる手間が省けたので、ラッキーだった。

「それじゃ、私たちも行きましょう」

「そうですね。ここからは遠いんですか?」

「まあまあ、と言ったところね。でも大丈夫よ。二人で歩けばすぐだから」

リゼは上機嫌そうにニコニコとしながら、キャメルの手を引くと、人通りの少ない裏路地へと入っていった。
キャメルたちの足音さえ喧騒となるその路地は暗く、ジメジメとしており、物も散乱としていた。
キャメルが重い荷物を持って少しばかり足を取られ、つまずく度に、キャメルが辺りをキョロキョロと物珍しそうに見渡し、よそ見をする度にリゼはしょうがなさそうにキャメルの手を手繰り寄せた。キャメルはそれが少しもどかしく感じたが、やがて開けた場所に出ると、その閑散した雰囲気に少し見蕩れていた。

「着いたわ、ここが私の喫茶店『フィラ』よ」

そんなばかりに歩いていると、いつの間にかに喫茶店の目の前に来ており、リゼは息を切らしながら、喫茶店『フィラ』を紹介した。
キャメルは息を切らす彼女を不思議そうに思いながらも、その喫茶店の大きさに唖然とした。

「喫茶店にしては大きすぎませんか!?」

キャメルは喫茶店というからにはこじんまりとした小規模のものかとばかり思っていた。しかしながら、リゼの喫茶店は喫茶店というのには大きすぎるくらいで、貴族たちが密会をするような、繁盛してないとおかしいような大きさだった。
キャメルは本当にここが客が少なくて、穏やか場所なのか、もしかしたら、リゼに騙されたのではないか、と目を疑った。

「喫茶店と宿、それと自宅も兼ねているから多少は大きいかもしれないわね。それでも王宮の方の喫茶店には敵わないでしょう?」

「それはそうかもしれませんが...。本当にここが穏やかに過ごせる場所なんですか...?」

「喫茶店も宿もほとんど常連さんしか来ないし、仕事量も多くはないから、大丈夫よ」

「それならまぁ、良いのかも?」

「なんで疑問形なのよ。結構良い待遇だと思うんだけど?それこそ、あなたが前働いていたところよりもね!」

「た、確かにそうですね!でも、働いてみないと分かりませんから!」

リゼが機嫌を悪くしたようにムスッとすると、キャメルは慌てて言葉を取り繕った。リゼがどれだけ待遇の良さを語ったところで、貴族暮らしのキャメルにはその待遇の良さがどれだけのものか、分かりかねていた。
もっと平民の暮らしを知っていれば、『平民貴族』から始まり、喫茶店に至るまでの会話もスムーズに出来たんだろうな、と後悔の念に駆られながら、キャメルは一つ疑問を呟いた。

「それにしても、宿屋に常連さんがいるなんて、変なところですね」

「普通のところはね。まっ、それも夜になったら分かるわ。それよりも立ち話もなんだし早く入りましょう」

リゼにそう急かされると、キャメルは大きい鞄を片手に喫茶店のドアを開けた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ほらやっぱり、結局貴方は彼女を好きになるんでしょう?

望月 或
恋愛
ベラトリクス侯爵家のセイフィーラと、ライオロック王国の第一王子であるユークリットは婚約者同士だ。二人は周りが羨むほどの相思相愛な仲で、通っている学園で日々仲睦まじく過ごしていた。 ある日、セイフィーラは落馬をし、その衝撃で《前世》の記憶を取り戻す。ここはゲームの中の世界で、自分は“悪役令嬢”だということを。 転入生のヒロインにユークリットが一目惚れをしてしまい、セイフィーラは二人の仲に嫉妬してヒロインを虐め、最後は『婚約破棄』をされ修道院に送られる運命であることを―― そのことをユークリットに告げると、「絶対にその彼女に目移りなんてしない。俺がこの世で愛しているのは君だけなんだ」と真剣に言ってくれたのだが……。 その日の朝礼後、ゲームの展開通り、ヒロインのリルカが転入してくる。 ――そして、セイフィーラは見てしまった。 目を見開き、頬を紅潮させながらリルカを見つめているユークリットの顔を―― ※作者独自の世界設定です。ゆるめなので、突っ込みは心の中でお手柔らかに願います……。 ※たまに第三者視点が入ります。(タイトルに記載)

【完結】悪女のなみだ

じじ
恋愛
「カリーナがまたカレンを泣かせてる」 双子の姉妹にも関わらず、私はいつも嫌われる側だった。 カレン、私の妹。 私とよく似た顔立ちなのに、彼女の目尻は優しげに下がり、微笑み一つで天使のようだともてはやされ、涙をこぼせば聖女のようだ崇められた。 一方の私は、切れ長の目でどう見ても性格がきつく見える。にこやかに笑ったつもりでも悪巧みをしていると謗られ、泣くと男を篭絡するつもりか、と非難された。 「ふふ。姉様って本当にかわいそう。気が弱いくせに、顔のせいで悪者になるんだもの。」 私が言い返せないのを知って、馬鹿にしてくる妹をどうすれば良かったのか。 「お前みたいな女が姉だなんてカレンがかわいそうだ」 罵ってくる男達にどう言えば真実が伝わったのか。 本当の自分を誰かに知ってもらおうなんて望みを捨てて、日々淡々と過ごしていた私を救ってくれたのは、あなただった。

【完結】他の令嬢をひいきする婚約者と円満に別れる方法はありますか?

曽根原ツタ
恋愛
 マノンの婚約者デリウスは、女友達のルチミナばかりえこひいきしている。『女友達』というのは建前で、本当は彼女に好意を寄せているのをマノンは察していた。彼はマノンにはひどい態度を取るのに、ルチミナのことをいつも絶賛するし優先し続けた。  そんなあるとき、大事件発生。  デリウスがなんと、マノンにふさわしい婿を決めるための決闘を新大公から申し込まれて……?  ★他の令嬢をひいきする婚約者と(ちょっと物騒な方法で)すっぱり別れ、新しい恋をする話。 小説家になろうでも公開中

【完結】今世も裏切られるのはごめんなので、最愛のあなたはもう要らない

曽根原ツタ
恋愛
隣国との戦時中に国王が病死し、王位継承権を持つ男子がひとりもいなかったため、若い王女エトワールは女王となった。だが── 「俺は彼女を愛している。彼女は俺の子を身篭った」 戦場から帰還した愛する夫の隣には、別の女性が立っていた。さらに彼は、王座を奪うために女王暗殺を企てる。 そして。夫に剣で胸を貫かれて死んだエトワールが次に目が覚めたとき、彼と出会った日に戻っていて……? ──二度目の人生、私を裏切ったあなたを絶対に愛しません。 ★小説家になろうさまでも公開中

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

【完結】もう辛い片想いは卒業して結婚相手を探そうと思います

ユユ
恋愛
大家族で大富豪の伯爵家に産まれた令嬢には 好きな人がいた。 彼からすれば誰にでも向ける微笑みだったが 令嬢はそれで恋に落ちてしまった。 だけど彼は私を利用するだけで 振り向いてはくれない。 ある日、薬の過剰摂取をして 彼から離れようとした令嬢の話。 * 完結保証付き * 3万文字未満 * 暇つぶしにご利用下さい

【完結】妹に全部奪われたので、公爵令息は私がもらってもいいですよね。

曽根原ツタ
恋愛
 ルサレテには完璧な妹ペトロニラがいた。彼女は勉強ができて刺繍も上手。美しくて、優しい、皆からの人気者だった。  ある日、ルサレテが公爵令息と話しただけで彼女の嫉妬を買い、階段から突き落とされる。咄嗟にペトロニラの腕を掴んだため、ふたり一緒に転落した。  その後ペトロニラは、階段から突き落とそうとしたのはルサレテだと嘘をつき、婚約者と家族を奪い、意地悪な姉に仕立てた。  ルサレテは、妹に全てを奪われたが、妹が慕う公爵令息を味方にすることを決意して……?  

政略結婚の約束すら守ってもらえませんでした。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 「すまない、やっぱり君の事は抱けない」初夜のベットの中で、恋焦がれた初恋の人にそう言われてしまいました。私の心は砕け散ってしまいました。初恋の人が妹を愛していると知った時、妹が死んでしまって、政略結婚でいいから結婚して欲しいと言われた時、そして今。三度もの痛手に私の心は耐えられませんでした。

処理中です...