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一章 婚約破棄
1.プロローグ
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ジェレマイア領を統べるジェレマイア公爵家の令息、ヒルトンとアールマイト伯爵家の令嬢、キャメルはお互い17の頃に婚約を誓い、晴れやかな舞台で熱い抱擁を交わした。
お互いに愛が無いと言えば嘘にはなるが、民衆に支持される大衆恋愛小説ほど愛に満ちたものではなく、彼らの婚約は義務的なものに近かった。
年々、先代からの輝きや名誉を失いつつあるジェレマイア家の威厳を保とうと、最近、著しく成長しているアールマイト家に婚約を打診したのが発端であった。
この政略結婚でジェレマイア家は名誉を保つことが出来るし、アールマイト家は公爵家にお墨付きを頂ける、ということで今回の政略結婚はお互いの目論見にとって、利益のあるものだった。
それゆえ、ヒルトンとキャメルはお互いに顔も分からずまま、その婚約式を向かえた。そして、彼らは婚約を誓った。
そして、キャメルは恋をした。
春風になびく純粋な金髪に、全てを吸い寄せるような碧い瞳、透き通るような肌、20にも満たないはずなのにその大人びた容姿。
その彼の全てにキャメルは惚れ、憂いた。このお方と本当に結婚出来るのか、と。
「大丈夫かい、キャメル嬢」
キャメルがおどおどと現状に夢見していると、ヒルトンは優しい口調でそう告げ、キャメルの頭を撫でた。
そして、彼女の耳元で「愛している」と囁いた。
「はは、顔、真っ赤だね」
箱入り娘にはしばし刺激が強すぎたようで、キャメルの顔がみるみると赤くなっていった。
「キャメル嬢、この件受け取ってくるかな」
そう言いながら、ヒルトンは右手を差し出した。
「は、はい!」
キャメルは勇気を振り絞りながら、そう笑い、この義務的な恋を現実のものにしようと彼の手を握った。
--それが三年前の話だった。
「ヒルトン様...!」
秋も終わりそうな昼下がり。
贅沢に花を拵えたジェレマイア公爵家の庭園でアールマイト伯爵家の娘、キャメルは彼の姿を見つけると嬉々とした声で小さく呼んだ。
キャメルがなぜ焦っているのかと言えば、今日はヒルトンとのお茶会の日なのだ。
キャメルはこの日に相応しい美しい衣装を身にまといながら、その優雅であった歩調を乱して彼の元へと急ぐ。
しかし、彼女の嬉々とした感情は裏腹に、彼の背中が近づく度にその違和感に嫌悪感を生まれていった。
ヒルトンが誰かとコソコソ、話をしているのだ。
そして、長くカールのかかった髪はその"誰か"を女性と判断するのには十分であった。
「そちらのお方は誰ですか?今日は二人だけのお茶会と聞いて来たのですが」
キャメルが彼らに問うと、女性はビクッと肩を震わせ、ヒルトンは余裕そうな笑みでキャメルに顔を見せた。
「こちらはミリアム公爵家のマリアン令嬢だよ。
君が来るまでの少しばかりの間、彼女の悩みを聞いてたんだ。しかも、彼女と話したのはほんの短い間。君と重ねた日々の一割に満たないほどさ。だから、君が気にする必要はないよ」
ヒルトンはマリアンに一言囁くと、彼女に有無を言わせず、私との会話を取り繕った。
そして、マリアンはカールのかかった髪を左へ、右へとあたふたさせながら、そそくさとその場を去っていった。
キャメルを横切る彼女の顔は少し紅潮したように頬が色付いており、キャメルは晩秋の寒さに堪えでもしたのだろうか、と思いながら、ヒルトンに向き直った。
「それよりも、早くお茶会を始めようよ。私の愛おしいキャメル嬢?」
そうヒルトンは言ってキャメルの右手を持ち上げると、そこに軽くキスをした。そして、彼は顔を上げ、キャメルに微笑むと耳元で囁いた。
「愛してるよ」
その言葉にキャメルは酷く酔い痴れていた。
「私も愛してます」
晩秋の風が吹いているというのにキャメルの体は火照ったように熱く、表情を弛ませていた。
「はは、君の頬、まるでバラのように赤くなっているよ。それでは、体が冷える前に早くお茶会を始めるとしよう。セバス!お茶と菓子の準備を!」
ヒルトンがそう大きな声で呼ぶと、セバスと呼ばれた背の高い執事が、手際良くお茶と菓子を準備し始めた。何もなかったテーブルはほんの僅かな時間で、お茶会に彩られた。
「そうだ、君は庭の秋バラを眺めてて」
「ヒルトン様は見ないのですか?」
キャメルが問うと、ヒルトンはキャメルの頬に手を添え、答えた。
「私はもう見飽きたからね。それよりも、目の前にいる自分だけのバラを眺めていたいんだ」
「有難い限りです」
キャメルは温かい感触が頬を撫でるのを感じながら、照れ隠しにそう言った。心を見透かすようなヒルトンの瞳は彼女をじっと眺めていた。
この幸せな時間がずっと続けばいいのに、とキャメルは願った。
---それが一年前の話だった。
お互いに愛が無いと言えば嘘にはなるが、民衆に支持される大衆恋愛小説ほど愛に満ちたものではなく、彼らの婚約は義務的なものに近かった。
年々、先代からの輝きや名誉を失いつつあるジェレマイア家の威厳を保とうと、最近、著しく成長しているアールマイト家に婚約を打診したのが発端であった。
この政略結婚でジェレマイア家は名誉を保つことが出来るし、アールマイト家は公爵家にお墨付きを頂ける、ということで今回の政略結婚はお互いの目論見にとって、利益のあるものだった。
それゆえ、ヒルトンとキャメルはお互いに顔も分からずまま、その婚約式を向かえた。そして、彼らは婚約を誓った。
そして、キャメルは恋をした。
春風になびく純粋な金髪に、全てを吸い寄せるような碧い瞳、透き通るような肌、20にも満たないはずなのにその大人びた容姿。
その彼の全てにキャメルは惚れ、憂いた。このお方と本当に結婚出来るのか、と。
「大丈夫かい、キャメル嬢」
キャメルがおどおどと現状に夢見していると、ヒルトンは優しい口調でそう告げ、キャメルの頭を撫でた。
そして、彼女の耳元で「愛している」と囁いた。
「はは、顔、真っ赤だね」
箱入り娘にはしばし刺激が強すぎたようで、キャメルの顔がみるみると赤くなっていった。
「キャメル嬢、この件受け取ってくるかな」
そう言いながら、ヒルトンは右手を差し出した。
「は、はい!」
キャメルは勇気を振り絞りながら、そう笑い、この義務的な恋を現実のものにしようと彼の手を握った。
--それが三年前の話だった。
「ヒルトン様...!」
秋も終わりそうな昼下がり。
贅沢に花を拵えたジェレマイア公爵家の庭園でアールマイト伯爵家の娘、キャメルは彼の姿を見つけると嬉々とした声で小さく呼んだ。
キャメルがなぜ焦っているのかと言えば、今日はヒルトンとのお茶会の日なのだ。
キャメルはこの日に相応しい美しい衣装を身にまといながら、その優雅であった歩調を乱して彼の元へと急ぐ。
しかし、彼女の嬉々とした感情は裏腹に、彼の背中が近づく度にその違和感に嫌悪感を生まれていった。
ヒルトンが誰かとコソコソ、話をしているのだ。
そして、長くカールのかかった髪はその"誰か"を女性と判断するのには十分であった。
「そちらのお方は誰ですか?今日は二人だけのお茶会と聞いて来たのですが」
キャメルが彼らに問うと、女性はビクッと肩を震わせ、ヒルトンは余裕そうな笑みでキャメルに顔を見せた。
「こちらはミリアム公爵家のマリアン令嬢だよ。
君が来るまでの少しばかりの間、彼女の悩みを聞いてたんだ。しかも、彼女と話したのはほんの短い間。君と重ねた日々の一割に満たないほどさ。だから、君が気にする必要はないよ」
ヒルトンはマリアンに一言囁くと、彼女に有無を言わせず、私との会話を取り繕った。
そして、マリアンはカールのかかった髪を左へ、右へとあたふたさせながら、そそくさとその場を去っていった。
キャメルを横切る彼女の顔は少し紅潮したように頬が色付いており、キャメルは晩秋の寒さに堪えでもしたのだろうか、と思いながら、ヒルトンに向き直った。
「それよりも、早くお茶会を始めようよ。私の愛おしいキャメル嬢?」
そうヒルトンは言ってキャメルの右手を持ち上げると、そこに軽くキスをした。そして、彼は顔を上げ、キャメルに微笑むと耳元で囁いた。
「愛してるよ」
その言葉にキャメルは酷く酔い痴れていた。
「私も愛してます」
晩秋の風が吹いているというのにキャメルの体は火照ったように熱く、表情を弛ませていた。
「はは、君の頬、まるでバラのように赤くなっているよ。それでは、体が冷える前に早くお茶会を始めるとしよう。セバス!お茶と菓子の準備を!」
ヒルトンがそう大きな声で呼ぶと、セバスと呼ばれた背の高い執事が、手際良くお茶と菓子を準備し始めた。何もなかったテーブルはほんの僅かな時間で、お茶会に彩られた。
「そうだ、君は庭の秋バラを眺めてて」
「ヒルトン様は見ないのですか?」
キャメルが問うと、ヒルトンはキャメルの頬に手を添え、答えた。
「私はもう見飽きたからね。それよりも、目の前にいる自分だけのバラを眺めていたいんだ」
「有難い限りです」
キャメルは温かい感触が頬を撫でるのを感じながら、照れ隠しにそう言った。心を見透かすようなヒルトンの瞳は彼女をじっと眺めていた。
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