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一章 婚約破棄
3.偽りの真実
しおりを挟む「キャメル、もう諦めて罪を認めないか。そして、罪人と貴族は一緒になっていいはずがない。だから、私たちの婚約を破棄しよう」
きっと私との婚約破棄も計画の一部なのだろう、とキャメルは歯ぎしりをした。
そして、最初から捨てられると知っていたなら、ヒルトンに恋することも彼の心に囚われることも無かったのに、とキャメルは過去の自分に後悔した。
いっそ、彼の方から別れを切り出すなら心の柵さえ清々しい。
「ええ、分かりました。その件承知致しましょう。ただ、私一人だけで決められることでは無いので、一度お父様にお伝えしてから...」
「いや、その心配は大丈夫だ」
ヒルトンは彼女の言葉を強引に遮った。
「"大丈夫"とは、何が大丈夫なんでしょうか」
「今、領民には私のお父様が『何者かによって毒殺された』と伝えている。つまり、まだ君が犯人だってバレていないわけだ。それでももし、君がこのタイミングで婚約破棄を受け入れ、そして迫害されてしまったら?それこそ、私が犯人です、と自白しているようなものだろう」
「そこでだ。この話を穏便に済ませるためにも、真実を作ろう。そうだな...。例えば『私のお父様は確かに毒殺された。そして、君も体調を崩して医務室に向かった。だが、本当の暗殺者が潜んでいて、それに無残にも殺されてしまった。』どうだ?お互いの家の名誉にとって良い真実だろう?」
「その場合、私の所在はどうなるのですか」
「事実上は死んだことになるが。でも、私の勘なのだが、明日の明け方に隣国行きの馬車が独りでに行きそうな予感がするな」
「白々しい...」
キャメルは悪態をつきながら、深く思案した。
すると、悩むキャメルを見て、ヒルトンは悪者のようにニヤついた表情で彼女の耳元で囁いた。
「言っておくが、経済力は私の方が高いぞ」
ヒルトンはそうキャメルに釘を刺した。
「やはりですか」
「芝居はもうやめだ。だって君も薄々気づいていたんだろう?偽りのない真実を」
ヒルトンは勝ち誇ったように語った。
彼は罪を自白したのだ。
それでも、伯爵家と公爵家の間に今ある大きな差というのは覆せるものではない。
彼がここでいくら偽りのない真実を語ろうと揺るぎない嘘が領民に支持されることをキャメルは知っていた。
「キャメル嬢、この件受け取ってくれるかな」
そう言いながら、ヒルトンは左手を差し出した。
「・・・承知致しました」
三年前の情景を浮かばせるそれにキャメルは反吐が出そうな思いになり、しかしながら彼の左手を握った。
ヒルトンの言う通り、キャメルは彼に従うほかなかったのだ。
この真実を領民に信じてもらうには、その差を埋めるには時間が必要だった。
「それでは、この辺りでお別れしよう。そろそろ、マリアンを愛さなくちゃいけなからね」
ヒルトンが告げると、彼はキャメルに見せびらかすように、マリアンの体に手を這わせ、それに合わせるように、マリアンはわざとらしく甘い声を出した。
その一挙手一投足が煩わしかった。それでも、
「(どうやらこの光景を見ても、私はまだヒルトン様のことを好いているみたいだ。もし、ヒルトン様の声を聞いて、顔を見て、嫌になれる日が来るのなら。きっと、それは三年後か)」と、キャメルは心の中で呟いた。
三年も募った心の恋情は蟠りとなってしまっているようで、二つ返事の言葉だけでは到底、拭いきれないものだった。
それでも、キャメルはこの蟠りを断ち切らなければいけなかった。
それが少し強引だとしても。
キャメルは深い決心のもと、彼らの方へ歩みを進めた。
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