SE魔剣士、二つの世界で稼働中!

灰猫ベル

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本編

第三十六話 既存環境と本来あるべき状態に乖離があります。

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 サトシの中で何か根幹をなすものが変わった。
 それは平凡な日常への執着であり、自分の人生に対する所有欲だったのかもしれない。

 サヤカを抱いた翌日、サトシは会社を休んだ。
 カーシェアリングで車を借り、西へと走った。
 その助手席にはユカがいる。

 ユカにはこれから何が起こるのか予想もつかない。
 サトシには豹変する瞬間があることを知っている彼女であったが、今回の豹変はこれまでと違う雰囲気を感じていた。

「どこに行くの?」

 小一時間ほど走ったところでユカはサトシに訊ねた。

「分からない。どこだろうね」

 サトシはそっけなく答えたのだった。
 サトシ自身どこを目指しているのかわからなかった。

 大人になると自由を手に入れる。
 職に就くことも就かないことも自由だ。
 国民としての義務というものは定義されてはいるが、本質的には自由だ。

 サトシは今の自分に対して違和感を感じていた。正体の分からない不自由を自分の人生に感じた。
 だからサトシは試しに仕事を休んだ。最初に思いついた自分を縛る存在は仕事だったからだ。
 次に住んでいる場所を離れた。場所に縛られているのではないかと思ったからだ。

 そのようにして自分を縛るものから離れる事でサトシは自分の人生に「しっくりとした」感じを求めた。





 住んでいる町から西へ三〇〇キロほど走ったところでサトシは車を停めた。
 峠の手前にある個人経営の食堂だった。そこで二人は朝食と昼食を兼ねて食事をすることにした。
 店の中にはその地方の四季折々の写真が額縁に入れて飾られている。
 このあたりでは蕎麦が名物だ。サトシはかけそばを、ユカはもりそばを頼んだ。

「鹿肉もあるよ」

 人懐っこい感じの店主に勧められるままに鹿肉のから揚げも注文する。
 鹿肉は少し固く、鶏肉の方がうまいと二人は感じた。


 やがて車は温泉街に到着した。目指していたわけではなく、ふと立ち寄った。
 サトシはその中でも比較的大きな宿に入った。
 それなりに観光客はいたが、繁忙期ではない平日であったためチェックインすることができた。

 品のいい感じの仲居さんに案内され、離れの部屋に通される。
 八畳間に部屋付きの露天風呂のある一室だ。
 ユカにとっては生まれて初めての豪華旅館体験だ。

「こちらが離れの間でございます。ごゆっくりと」

 仲居さんが戸を閉じると、それまで緊張した顔だったユカは笑顔になった。

「すごいね、自分の部屋に温泉きてる」

「これはいいな。せっかくだし、さっそく浸かろうか」

 二人はその場で服を脱ぎ露天風呂に浸かった。

 午後四時過ぎ。
 紅葉の見ごろには少し早い山々は黄緑色から橙色のグラデーションに彩られている。
 部屋の外を流れる渓流の音に、時折野鳥の声が聴こえる。
 木々の間を抜けて時折吹く秋の風は湯で火照った身体に心地よかった。

「……ずっとこうしてたいね」

 ユカが呟いた。
 サトシは湯船から見える風景に「あっちの世界」を知らず知らずのうちに求めた。
 そして求めたものがそこにないことを悟ると、小さく落胆するのだった。





 離れの部屋を借りたのは良かったのかもしれない。
 ユカを喜ばせる事ができたし、夜乱れても周囲の部屋を気にする必要を感じずに済んだからだ。

 ユカはいつもと違う空間でのプレイに悲鳴のような声を上げて悦んだ。
 元々かなり潤う体質ではあったが、その夜はまるで泉のように粘液を噴いたのだった。
 サトシはユカを出入りしながら、「あっちの世界」の事を忘れようと、目の前の身体に集中しようと努力した。

 男というものは大味な作りをしていると思われがちだが、実際には繊細なものだ。
 心に一物ある状態での快楽ではサトシは果てる事が出来なかった。

「大丈夫?」

 ユカは彼の精を受け止めることができず、少し物足りなく思った。

「あぁ、多分疲れてるだけだよ」

 サトシは力なく答えた。

「……サトシが満足するまでいいよ」

 ユカはそう優しく声をかけると四つん這いになり、摩擦でヒリヒリし始めたその部分を目いっぱい広げてみせた。
 サトシの目の前に赤く腫れあがった肉が晒される。
 その視線を感じてユカはまた潤うのだった。





 翌朝、グローバルシステムズでは突然二人と一昼夜連絡がつかなくなったことでサヤカが忙しくしていた。
 現在、日本総合電信の障害後対応中にもかかわらず、そのシステムについて知っている人間が全て会社にいない状態なのだ。
 次回の障害報告会は明日。そこでグローバルシステムズは障害発生原因の調査結果と再発防止策を提出しなければならない。
 サヤカはこれまでにサトシやユカから聞いた情報をもとに報告書を書いた。
 事の顛末を知る人間がいないので伝聞と想像で資料を作成する。

 クライアントの担当者が中年男性であれば、この手の報告はなぁなぁで済ませることができる。
 後で「特別なフォロー」をしておけば丸く収まるからだ。
 今回のクライアントの担当者は若い。サヤカは今回も「特別なフォロー」で乗り切ろうと考えているが、四〇歳の身体がどこまで通用するか不安に感じていた。
 そのため、資料作成にも気が抜けない。

 一昨日サトシに張られた耳は熱を持って痛み、その痛みはこめかみや額に広がっている。
 頭を抱えながらサヤカは資料を作成した。


 ふと、サヤカの脳裏にあの夜のサトシの冷たい視線がよぎる。

 手が止まる。
 その手の甲に滴が落ちた。目から涙がこぼれていた。





 ――この人生はもはやじゃぁない。

 今いる肉体、そしてその肉体を取り巻く世界に対して疎外感を感じた。
 サトシは彼が大事にしてきたこの人生を構成する事柄の多くは自分の意思による数多の選択の結果だと考えてきた。
 よりどころになってきた「意思」。それを構成しているのは誰にでもわかる客観的な損得勘定だったのではないかとサトシは考えた。

 学力は低いより高い方が良い。
 仕事はできないよりできる方が良い。
 服装は気を使った方が良い。
 話し方は相手を納得させる方が良い。

 数え上げればきりがないが、「こうしたい」ではなく「こうしたほうが良い」というのがサトシの行動選択の原理だった。
 その結果、今の人生はどうだろう。

 よい人生ではある。
 しかしその人生は「こうしたかった」人生なのだろうか。

 「あっちの世界」では「こうしたい」が自分の行動の原理になっていた。
 タケルならきっとそうするだろう。という考えがサトシの選択を変えた。
 自分の生きたいように生きるという、そんな生き方は抗えないほどの強い刺激を与えた。

 ――俺は今、何をしたいんだ……?

 今、サトシの頭の中は自問に満ちている。
 一つ一つの行動を確かめるように自分の心の動きを追っている。

 自分でも気づいていた。

 ――「あっちの世界」に
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