SE魔剣士、二つの世界で稼働中!

灰猫ベル

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本編

第三十一話 【非業務】食事会のお知らせ

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 魔法国家ロスワ。
 徹底した秘密主義のその国では、民衆は統治者の名すら知らない。
 厳密な情報管理が行われており、国民はその身分に応じた範囲の情報のみを得ることができる。

 その仕組はいつから始まったのか定かでは無いが、この国に根付いた身分制度は国民一人ひとりの序列を厳密に定めていた。
 一つでも身分が異なれば身分の低い方の人権は無効となる。

 優先順位一は生家の身分。この国では約百の段階に身分が定義されている。
 優先順位二は生年月日。一日でも早く生まれた者は身分が上となる。
 優先順位三は魔法能力。年に二回開催される魔法能力検定の成績で身分が決まる。

 ロスワに合議という概念は存在しない。
 身分が高い者は全てにおいて責任の無い権利を持つ。

 なお「能力」は遺伝しない。
 しかし「魔法」の具現化に必要な「魔力」「知力」「精神力」は遺伝する。
 生家を身分の拠り所にした制度は魔法の発展ととても相性が良かった。
 実際に名家の子女のほとんどは高い魔法能力を保持している。

 それでもまれにではあるが、名家にも魔法能力の劣った者が生まれる場合はある。
 名家に生まれた魔法能力の低い子は「魔具まぐの子」と呼ばれ、人間としてではなく魔力を強化するための器……道具として扱われることが慣例となっている。


 ロスワ随一の名家クルト家。その十人目の末弟としてその男は生まれた。
 名はダーヤンという。

 彼は魔法能力をほとんど持たない「魔具の子」だった。
 それだけではない。生まれつきの盲目でもあった。
 視力が低いのではなく眼球を持っていないのだ。
 他の者であれば眼球があるはずの眼窩は生まれた時点ではただの空洞だった。今は虹色の宝石が埋め込まれている。

 ダーヤンは光を知らない。
 しかし彼はそれで困ることは無かった。それは彼の「能力」によるものだ。
 彼の能力は『千里眼』。遥か彼方のことまで手に取るように「見る」事ができるのだ。
 ダーヤンがものを見るのに光は必要ない。それが暗闇の中にあっても、霧の中にあってもダーヤンが「見たい」と思った時点でその姿はダーヤンの脳内に映るのだ。



 ロスワの首都グジン郊外に一つの村ほどの巨大な魔法陣がある。その直径は約三キロに及ぶ。
 何百人もの魔道士がその魔法陣の上で生活をしている。
 彼らの居住する家もまた魔法陣の構成するパーツの一つになっている。
 その中央にある高さ五百メートルの塔。その頂点にダーヤンは「設置」されていた。

 彼は人間としては扱われていない。ロスワを守る砲台の照準器なのだ。
 ダーヤンは千里眼で「見えた」敵の座標をひたすら伝達する。
 魔道士たちは彼の示すとおりの座標に向かって超長距離砲撃魔法を放つのだ。
 何年もダーヤンはそうやってこの国を守ってきた。

 誰もダーヤンに感謝はしない。
 それが「魔具の子」であるダーヤンの唯一の生存理由であるし、彼に人権はないからだ。
 ダーヤン自身そのことに疑問は抱いていない。物心ついたときからそうやって生きてきたからだ。彼に尊厳は概念レベルで存在しない。





「このままではロスワ主要都市に到達する前に部隊が壊滅してしまうわね……」

 クローディアが険しい表情で呟く。
 実際、敵の超長距離砲撃魔法による被害の報告は各部隊から送られてきていたが、現時点での対応は部隊を分散させることでダメージの最小化を図る程度しかできていない。
 根本的な対応、超長距離砲撃魔法の無力化が必須だ。

「イシュファラ、君の能力をどうにか利用できないのか?」

 サトシはイシュファラに尋ねた。

「私の能力は距離に左右はされないのですが、相手を認識できないと作用できないんです」

 イシュファラは申し訳なさそうにうつむいた。
 その肩にクローディアが手をそえる。

「そうか……砲撃手を認識できないといけないということか……」

「先行部隊による砲撃手の撃破が必要ね……適任は……」

 クローディアは各部隊の現在地を思い浮かべながら考えた。
 敵国主要地に最も近い位置にいるのは六番隊だが、他部隊との進み具合の差は四半日ほどであり、大きな差とは言えない。想定される砲撃の発射地点まではまだまだ遠い。

「俺が行こう。少人数なら敵の砲撃の標的にもなりにくいだろう」

 サトシが自ら名乗り出た。クローディアは目を丸くする。

「王様自ら? 危険ですよ?」

「危険は承知だよ。でもこのまま我軍に被害が出るのを放っておくことはできないからね。アルデ、君のマシンで敵の主要部までの所要時間はどれくらいになる?」

「妾(わらわ)のマシンであれば二日もあれば到着できるじゃろう」

「そんなに早く……それは心強いですが……」

「こんな所でグダってても仕方ねぇ。行くなら早くしよう」

 ソウコウが急かす。サトシたちはアルデの車に飛び乗り、そのまま発車した。
 去りゆく背中をクローディアは眺めていた。

「あれがサトシ王……話に聞いていたよりも行動的じゃない」





 サトシ、ソウコウ、レイミを乗せ、アルデのマシンは一気に北上する。
 目指すはロスワの首都グジンだ。超長距離砲撃魔法はその付近から発射されている可能性が高いとヌージィガ軍は見抜いていた。

「アルデ、思い切り飛ばしてくれ。できるだけ早くあの砲撃を止めたい」

「うむ。承知じゃ。振り落とされんように気をつけるのじゃぞ」

 アルデはフルアクセルでマシンを飛ばした。スピードメータは付いていないため速度は分からないが、サトシの体感では時速一〇〇キロ近いスピードに感じた。
 頬を激しい風に叩かれながらサトシは学生時代に持っていたバイクでのツーリングを思い出していた。
 自由だった学生時代。その頃の事をふと思い出したサトシは、今置かれている状況があの頃の「自由」に似た雰囲気であると思った。
 社会人として仕事にやりがいを感じつつも、どこかで懐かしみ憧れている「あの頃」の「自由」。
 この世界での冒険の日々、体を動かす毎日、高い空、頬を撫でる風……これはあの頃の自由にそっくりではないか。

 ――このまま元の世界に帰れないとしたら……。

 そう思ったサトシはふと前方、マシンの運転席に目をやる。
 アルデがまっすぐに前を見てマシンを繰っている。その真剣な眼差し。負った使命に不釣り合いな幼い体。赤い巻き毛。小さな肩。白い肌。
 学生時代の男も女もなく車に箱乗りで色んな所に出かけた思い出。その思い出に酷似した今の状況。

 ――この世界も悪くないかもしれない。


「あぁっ!」

 突然アルデが声をあげた。その体が大きくのけぞる。胸には真っ赤な炎の矢が刺さっていた。

「レイミ! 回復だ!」

 サトシはレイミにアルデの回復を命じる。
 レイミは汲んであった自分の尿を手桶に汲み取り、アルデにかける。
 マシンは操縦者を失い蛇行し、サトシたちは敵の姿を捉えようにも視線が定まらない。
 やがてマシンはドリフトする形で停車した。

「サトシ伏せろ!」

 ソウコウが左手でサトシの頭をマシンの床に押さえつける。とともに右手で雷撃魔法を放つ。
 雷撃魔法は敵兵に当たったが、呪文の詠唱を伴わない簡易的な魔法だったため軽いダメージしか与えられていない。

「チッ……運が悪いな……魔道士の部隊に出くわしたみたいだ」

 そう言いながらソウコウは背中に背負った剣を素早く抜いた。
 サトシも魔剣をさっと構え、上体を起こした。

 敵兵の数は十五名。その全てが黒っぽいフード付きのゆったりとした布をまとっている。

「いかにも魔法使いって感じだな」

「気をつけろ、魔道士共は厄介だ。遠距離範囲攻撃をしてくるからな」

 そう言っている間にも敵魔道士たちの手は青白く光り、そこから一斉に炎が噴射された。
 複数の魔道士が一斉に放つ幾条もの炎は近づく事を許さない。
 こうして距離を稼いでいる間に残りの魔道士が強力な攻撃魔法を放つ準備をしている事は明白だ。

「クソ! 近づけねぇ。サトシ気を付けろ、次は強力な攻撃魔法が来るはずだ」

「どうしたらいい?」

「魔法防御の使い手がこっちにいねぇ以上、避けながら隙をうかがうしかねぇ」

 生き物のように空間をうねる炎の帯を避けながら、ソウコウは少しずつ敵に近づく。
 しかし敵を剣の間合いに入れる前に、敵後列の第二波が襲ってくるだろう。

「ソウコウ、ここは俺に任せろ」

 サトシはそう言うと敵の方向に向かって意識を集中させた。

 ――頼んだぞエーレーン!
解放リリース!」

 サトシの叫びとともに空間に暗黒の亀裂が入る。そしてその中からギラリと輝く鋼の竜が姿を現した。

「キォォォォォォォォォォォォ!」

 竜の金属を激しく擦り合わせるような鳴き声が響く。その声は次の一波を用意していた魔道士たちを震え上がらせた。

「なぜ竜が?」

 鋼鱗の竜メタルドラゴンエーレーンは敵の数を見て期待した。
【サトシ、この者たちは食べても構わないと思ってよいのかな?】

 サトシは竜語で返す。
【あぁ、エーレーン。これは君への「」だ】

【サトシ。お前は女を扱うのが上手いな】

 サトシはまたもやエーレーンの女心をくすぐった事に気づいていない。
 もっとも、人間と竜、文化が違いすぎるため当然といえば当然なのだが。
 最強の種族の一つである竜は、ほぼ全てが自分の力で入手できる。ゆえに「売買」も「交換」も「譲渡」も日常の中では行われない。
 竜の世界で「贈り物」と言うのは「貴方の力が弱くなっても、私は貴方を見捨てない」という意味を持つ。

 エーレーンは歓喜にうち震えながらロスワ魔道士部隊を生きたまま食した。
 夫からの(サトシは認識していない)贈り物を大事に味わいながら、その叫び声を調味料にして。

「サトシ、この竜完全にアンタに懐いているな」

「あぁ、どうやら気に入ってもらえたようなんだ」

 逃げ惑う敵が最期の悲鳴を上げる中でサトシは無邪気に微笑んだのだった。
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