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本編

第三十話 泣く子も黙る紅月隊の九番隊長

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 鋼鱗の竜メタルドラゴンエーレーンの背に乗り、サトシはロスワ方面へと飛んでいる。
 その後をアルデの運転する車が追っていた。

 そろそろ前線の上空であるはずだが、どこにも展開している軍は見えない。
 森と山岳が彼方まで広がっている。

【サトシ。これより先、飛行での移動は危険だ】

【何故だエーレーン?】

【サトシ。地面を見るが良い。ところどころに焦土化した箇所がある】

 サトシはエーレーンに言われるままに地面を見た。
 点々と黒焦げた箇所がある。上空からみて手の平より大きく見えるということは、一つの焦げた範囲は数キロほどと思われる。

【あれは魔法攻撃の着弾跡だ。ロスワ本国からの攻撃であろう】

【マジか。敵本国までは一五〇〇キロ近くあるぞ】

【超長距離砲撃魔法というものが存在する。人間の考案した魔法だ】

 事前に地図で見た情報が正しければ、日本における本州と同じくらいの距離から攻撃しているということになる。
 どういった情報で攻撃しているのか、着弾の精度がどれほどのものなのかにもよるが、反撃不可能な攻撃である以上、脅威という他ない。

【まるで大陸間弾道ミサイルだな】

【サトシ。何だそれは】

 エーレーンに限らず、竜というのは知的好奇心旺盛な生き物だ。
 サトシは元の世界にある大陸間弾道ミサイルについて、簡単に説明した。

【確かに似たような物だな。『放射能汚染』がない分、超長距離砲撃魔法の方が劣るが】

 エーレーンがそう言った時、下方四時の方向で何かが輝いた。

【サトシしっかりと掴まれ。急降下する】

 エーレーンはサトシが掴まったのを確認すると、一気に地面近くまで急降下した。
 その上空、先程までサトシたちが飛んでいた箇所を線状の青い光が貫く。

【あれか? 超長距離砲撃魔法というのは】

【あれは対空攻撃魔法だ。この付近の森から放たれている。この先にある森の至る所から魔法光が漏れている。網目のように対空攻撃網が張られているのだろう】

【分かったエーレーン、それなら俺はアルデの車で移動することにするよ。君は一旦捕捉キャプチャする】

【サトシ、しばしの別れだな】

【少しの我慢だ、ゴメンな】

 ――捕捉キャプチャ

 エーレーンはサトシの前方に生まれた黒い裂け目に飲み込まれた。



 サトシにアルデの車が追いつく、サトシは車に飛び乗った。

「サトシよ、我軍はおったか?」

 アルデが尋ねる。サトシは首を横に振り答えた。

「敵は超長距離砲撃魔法とかいうやつで攻撃しているらしい、我軍の兵は見当たらなかった」

「この森の中に潜んでいるのかもしれねぇな。まぁ、そりゃ敵も同じなんだろうが」

 ソウコウの言ったとおりだった。
 ロスワ方面部隊は超長距離砲撃魔法での全滅を避けるため、小規模な単位で散開して進軍していた。





 森の中。
 敵の気配を探りつつ、紅月隊七番隊は移動していた。
 敵本国からと思われる超長距離砲撃魔法の威力は凄まじく、何人もの隊員に被害が出ている。

「ヴェアー隊長、矢の届く範囲の敵は殲滅いたしました」

「一気に北上する。山の方には近づくな」

 ヴェアーの部隊はロスワ本国のある北方を目指す。
 移動するヴェアーの頭の中に声が聴こえる。

 ――ヴェアー、今どのあたりですか?

「川沿いを北上中。出発点から半日の距離だ」

 ――ではちょうどあなた達からみて九時の方向にセーヤの四番隊がいます。間違って攻撃しないように。

「気をつける。ところで六番隊は今どの辺りに?」

 ――六番隊はそこから十一時の方向、更に四半日ほど先を進んでいますよ。

 ヴェアーの会話相手は紅月隊八番隊隊長イシュファラだ。
 イシュファラは深々とフードを被り、顔を仮面で隠している。
 彼女の能力は「音術おんじゅつ」、任意の音を任意の相手に聞かせる、あるいは任意の者が発する音を聞く事ができる能力だ。
 その能力は距離を超越しており、彼女はこの戦闘において最も後方の位置で隠れて移動している。
 戦闘能力ではないため彼女の能力はクラス分類外だが、彼女の能力があるからこそ紅月隊は混乱する戦況でも冷静かつ統率のとれた進軍が可能なのだ。

 そしてイシュファラに同行しているのは紅月隊のリーダーにして九番隊隊長のクローディアだ。
 黄色味の薄い長い金髪と青い瞳の女性だ。
 クローディアはSクラスの戦闘能力「幻楼げんろう」の保有者であるとともに、紅月隊の軍師でもある。

 イシュファラが部隊の耳となり、クローディアが部隊の指揮を執り、イシュファラが指示内容を伝える。
 一見細身の女性二人がこの世界を震撼させる紅月隊の首領だと誰が思うだろう。


「クローディア隊長、後方より金属で出来た乗り物が接近してまいります」

 九番隊の隊員がクローディアに報告した。

「後方からの接近……何かが転がるような音……味方の増援でしょうか……私の知らない移動音です……」

 イシュファラがクローディアに尋ねる。

「金属の乗り物、確かアルデとかいう娘のもの。ということは王が来たのね」

「クローディアさんは確か王様にお会いしたことがあるのですよね」

 先日王城で行われた対神魔への方針検討の会議にクローディアは参加していた。
 その際にアルデの能力については確認している。

 
 数分後、サトシたちはクローディア、イシュファラの部隊と合流した。

「君は確かこの間の会議の場にいた紅月隊の全隊隊長だね」

「紅月隊九番隊隊長クローディア=ブルームです。この子はイシュファラ=ソムラ。紅月隊八番隊隊長です」

「泣く子も黙る紅月隊の九番隊長……いい女だぜ……」

 ソウコウが舐めるようにクローディアの肢体を見る。
 クローディアはそんなソウコウの視線に全く臆する素振りを見せない。

「暁の四人の勇者ソウコウ、貴方の噂は聞いているわ。」

「ほぉ……そりゃいい噂かい?」

「いい噂も悪い噂も」

「いい噂ってのは?」

「戦闘については卓越した能力を持つと」

「んで……悪い噂ってのは?」

「無類の女好きにして変態だから気を付けろと」

 そう言ってクローディアはいたずらっぽく微笑んだ。
 悪魔の存在する世界で不謹慎な表現かもしれないが、サトシは彼女を小悪魔のような女性だと感じた。

「ターニャか……いらねぇ事を……」

 クローディアはソウコウの鎧に軽く手を触れて言った。

「フフ、それなりの男性であればお相手くらいはするわ。でも……」

 クローディアの目つきが突如冷たいものになる。

「イシュファラに手を出したときはタダでは済まないので、そこはご注意を」

 仮面に隠れて表情の確認はできないが、イシュファラのクローディアに対する信頼は厚いのだろう。
 サトシはそれを雰囲気で感じたのだった。


「あれ? 太陽が二つ……」

 サトシは自分の目を疑った。
 空の真ん中に太陽が二つ浮かんでいる。

「敵の超長距離砲撃魔法が発動されたようね。イシュファラ、各隊の現在地を確認して」

「はい。……各隊現在地を報告してください」

 ――四番隊、森林地域を北上中。周囲に敵影なし。
 ――五番隊、山を西方に迂回しロスワに向けて東進中。川まではまだ到達してない。
 ――六番隊、もう少しで森林地域を抜け平野部に到達。現在は敵影なし。
 ――七番隊、川沿いを北上中。周囲に敵兵はいない。

 各隊からの報告結果がイシュファラの耳に入る。
 イシュファラ以外の者にはその音は聞き取ることは出来ない。
 イシュファラは聞いた通りの報告を復唱し、クローディアに伝える。

「進軍速度を上げるようにマッチに伝えて」

「はい。……マッチ、進軍速度を上げてください。ダッシュです」

 ――えぇ、マジ? はいよ。頑張るわぁ。

 指示を受けて五番隊はダッシュしている事だろう。


 次の瞬間、天空に浮かぶ第二の太陽は棒状に姿を変え、地面めがけて落下した。
 落下方向は山の向こう側。五番隊の方向だ。
 太陽の落下後、しばらくして地響きがした。敵攻撃の威力はすさまじいものと思われる。

「五番隊の被害状況を確認して」

「はい……マッチ、大丈夫ですか? 被害状況を教えてください」

 ――……

「駄目ですね……マノン聞こえますか?」

 ――五番隊副長マノンであります! 聞こえます!

「被害状況を教えてください」

 ――やられました! 縦隊の前半分が被弾。生き残りで今走ってるところです! マッチ隊長は重傷です。

 報告を受けてクローディアは少し考えた。

「やはり……こちらの場所を完全に把握しているようね……進軍速度を上げたにも関わらず、縦隊の前側を攻撃するなんて、『見ていた』としか思えないわ」

「となると……敵の能力は……」

「おそらく『千里眼』ね」
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