SE魔剣士、二つの世界で稼働中!

灰猫ベル

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本編

第十五話 担当者の変更をご報告します。

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 ミーティングは散々だった。
 当然と言えば当然と言える。
 ビジネスの場において一度飲んだ条件を「やっぱりできませんでした」などと言えるわけはなく、当然ながら対案を求められ、その金銭的人員的負担は責任企業に降りかかる。

 
「……以上がリカバリプランのご説明となります」

 サヤカが資料内容についての一通りの説明を終える。
 
「グローバルさんさぁ……」

 口を開いたのは日本総合電信の今田主査だ。

「立派なリカバリプランだけど、ホントに出来るの?」

「作業を担当している者にも確認致しましたので、大丈夫です」

「ぶっちゃけね、アナタたちの『大丈夫』は信用できないんだよ。こっちは言い方悪いけど一度裏切られてるんだよね」

「はい、それは仰る通りです。なのでこちらと致しましても、慎重に確認を行ってこのプランを作成させて頂きました」

「ふーん、まぁ信用するしないは置いといて、これなら出来るってんならちゃんとやってよ」

「はい、承知しております」

 今田主査は担当者であるサトシの方は一切見ずに、サヤカと話をした。
 サヤカは大荒れのミーティングで、出来る限りダメージを増やさないよう、注意して応答していた。

「テストの品質には問題ないの?」

「パターンの網羅には抜け漏れないよう確認しております。短期間で実施可能なのは、テストの自動化とテストパターンの再利用を行っているからです」
 
「今回の問題は担当者の隠蔽体質が原因とかじゃないの?」

「片山は今回誤った想定で作業を請け負ってしまいましたが、隠蔽するような者ではございません」





 サヤカ何とかミーティングを形ある状態で終えることができた。
 ミーティングの最中、サトシも少しは発現したが、周囲はサトシの発言に対して露骨に冷たい態度をとっていた。
 自社に向かうタクシーの中でサヤカが言った。

「片山、戻ったら詳しく話そうと思っているんだけど……」

「はい」

「お前には今のプロジェクトを抜けてもらおうかと思ってる」

 それはサトシにとって予想の範囲だった。
 昨夜は寝ないで問題を解決する方法を考えたが、結局思いつかなかった。
 失った信用を取り戻すには相手の期待値を超える活躍が必要。
 活躍するには、任された仕事をこなせる能力が必要だ。
 しかしそれができない可能性がある今、思いつくのは会社を辞めることしかなかった。
 だから、予想の範囲だった。

 しかし、悔しくて言葉が出なかった。





「新田さん、洗さん。ちょっと会議スペースまで来てくれるかな」

 自社に戻ると、サヤカが開発チームを呼んだ。

 会議スペースは二つの長机をつないだ簡素なものだ。
 サトシの隣にサヤカ、向かいにユカと洗が座った。

「このプロジェクトが炎上状態にあるのは皆の認識通りだ。この状況で申し訳ないんだけど、片山にはプロジェクトを抜けてもらうかと思っている」

「え……」

「そうですね。それがいいと思いますよ」

 ユカは驚いている。一方で洗は当然といった風だ。

「片山には自社製品の開発を担当してもらう予定だ。後任は私が務める」

「自社製品……」

「片山、残のタスクについて取りまとめて、今日中に私に引き継いでくれ」

「了解しました」


「洗さんと新田さんの進捗状況は管理資料で把握してるから、今日からは私に進捗報告をして頂戴」

「了解しました」

「はーい、了解です」

「話はこれだけなんだけど、何か質問は?」

「はーい」

「何? 洗さん」

「部長が片山さんの後任って事は、部長も手を動かすんですか?」

「もちろん」

「大丈夫ですか?」

「これでもエンジニア歴二〇年だぞ。舐めてくれるなよな」

 サヤカは挑戦的な目つきで微笑んだ。





「部長、自社製品開発の件なんですが……」

 サトシはミーティングの後、恐る恐るサヤカに話しかけた。

「具体的にどんな製品を考えているんですか?」

「は? それを考えるのも片山の仕事だよ」

「俺の仕事……」

「どんな人をターゲットにするのか、どんなサービスが提供されるのか、そう言ったものを全部君が考えるんだ」

「それって……」

「楽しそうだろ? 自分のアイデアが世界を動かすかもしれないよ?」

「それはそうですが……」

「どうせ、閑職に回されたとでも思ってるんだろ? うちにはそんな余裕はないよ。自由である以上、『成果を出す』という責任は求められる。厳しい仕事だよ」


「部長……ありがとうございます」


「何が? 君には期待してるんだ。私も社長も。だからだよ」


 仕事以外に能のない自分が、仕事が出来なくなった。
 だから仕事を辞めようかと考えた。
 そこで、働き方を変える事を提案された。
 こんな状態の自分にまだ期待をしてくれる。機会を与えてくれる事に感謝だ。
 新天地で自分の居場所を作れるように頑張ろう。そういう風に切り替えよう。

 サトシは前に向かって行こうと思った。





 土曜日の昼下がり、ユカに誘われサトシは彼女と水族館へ出かけた。
 
「仕事の事については迷惑掛けてゴメンな」

「ううん、サトシは今まで頑張りすぎたんだよ。だから神様が休めって言ってるんじゃないかな」

「そうかもしれないな……」
 
 水槽の中では魚達が回遊している。
 明るい水槽の前で逆光になっているユカのシルエットがまるで影絵のように見えた。

「でもいいなぁ、自社製品開発。企画からでしょ? 楽しそう」

「そうだな、なんでもできるからね」

「どんなモノを作ろうと思ってるの?」

「まだアイデアも出てないよ。今まで与えられた課題をこなす事が多かったからね。自分でやりたい事を見つけるのは中々難しいね」

「サトシなら大丈夫。もしよかったら私もアイデア手伝うよ」

「ありがとうユカ」


 ユカはサトシの手をそっと握った。サトシはその手を強く握り返した。
 ユカの手は熱を帯びていた。


「サトシ……」

「ん? どうした?」


「私、もう限界かも……」

「え?」

「……サトシのせいだよ」

 ユカはサトシの手を引っ張って自分の胸に当てた。
 サトシの手に伝わる柔らかい感覚。ブラジャーを着けていない。

「サトシに言われたから、私毎日こうしてるんだよ……だからね、褒めてほしいの」

 蕩けたような視線がサトシに向けられる。
 ユカの息遣いは荒い。

「俺が……言ったから……?」

 ――タケル。何を彼女に言ったんだ?
 ――俺の彼女はどうしてしまったんだ?

「ご褒美がほしくて一週間頑張ったの」

 ユカの手がサトシの股間にあてがわれ、ゆっくりと動く。
 上目遣いの雌豚は主人に懇願した。

「サトシ、休憩いこ」

 ――ユカ! 俺のユカ! どうしちゃったんだ……。
 サトシの心は憎悪とも嫌悪とも劣情とも分からない黒い感情で塗りつぶされる。



 その後どう歩いたのかは覚えていないが、サトシたちはカップルホテルの一室にいた。
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