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灰猫ベル

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番外編

鋼の男

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 ヴェアー隊長は一日五〇〇〇回の素振りを必ず行う。それは遠征先の宿営地でも同様だ。
 筋肉の軋みが彼の精神を安定させる一助となっているのだろう。


◇◆◇


 私の名前はリマ。
 もう五年前のことになる。
 私が彼……ヴェアーと出会ったのは、紅月隊入隊後、新人研修終了後に着任した戦場だった。
 配属先は七番隊の第三小隊。役割は小隊の雑用。彼は小隊の副隊長だった。

「本日より配属となりました。リマ=ジーンです。よろしくお願いいたします」

「よろしく、リマ。紅月隊にようこそ。俺は小隊長のショウギ、こいつは副隊長のヴェアーだ」

 ショウギ小隊長が目くばせした先に背の高く筋肉の発達した男が立っていた。それがヴェアーだった。

「ヴェアーだ。お前は俺の指揮下に入る。俺の言葉を聞き漏らすな」

 暗く、重い声。でもよく響き、耳に入りやすい声だった。

「はい、承知しました」


 小隊長のショウギは面倒見の良い男で、小柄ではあったが高い戦闘能力と洞察力を持ち、同時に複数の問題にあたることのできる器用な男だった。
 それだけではない、ショウギ小隊長にはリーダーシップがあった。

 当時七番隊の隊長だったロッカは、歴戦の勇士として名を馳せていたが、激戦で負った多くの傷の後遺症に悩まされており、隊長職を近々引退するとみられていた。
 ショウギ小隊長の名は七番隊内の各小隊にも知れており、当時の七番隊副長よりも次期七番隊隊長に近い存在であると噂されていた。

 優れた小隊長のショウギに比べて、副隊長のヴェアーはコミュニケーション能力に欠けた近寄りがたい存在だった。
 他の小隊の副隊長といえば小隊長と隊員の間をつなぐ潤滑油のような存在であるというのに、彼は無口でいつも大きな剣を振っていた。
 戦闘の有無に寄らず毎日素振りを行い、食事の時も寝る時も剣を横に置いていた。
 私は新人研修時の礼儀の講義で、目上の人の前では剣は自分の二歩後ろに置いておくものだと教わったが、彼はそんな礼儀は無視しており、いつでもその大剣は彼の手元にあった。


 第三小隊の役割は主に、戦場で部隊側面からの攻撃に備えた守りを任されていた。
 守りに就くということは、伏兵の索敵と奇襲への対応を行うということだ。正面部隊と異なり、敵の位置が見えないので、戦闘は常に突然起こる。

 ヴェアーは小隊の中で最も危険な、陣形の先頭を担当していた。
 その役割を任されていた理由は、彼の能力によるものだったのだろう。

 彼の能力は「硬質化」。肉体の一部あるいは全部を硬く変質させて、あらゆる衝撃から身を守るというものだ。魔法も少しは使えるようではあったが、一般兵のそれと大して変わりはないようだった。
 敵との接触後、最初の攻撃をヴェアーが受ける。ヴェアーは攻撃の方向に一気に斬りこんでゆき、先兵を倒す。後続の兵がそれに続く。
 このような戦闘展開となることがほとんどだった。

 彼は自分の身を守るための能力しか持たない、魔法も長けているわけではない、人を動かすこともできない。私にはどう見ても出世とは縁のない男に見えた。
 私は小隊長が彼を副隊長にしている理由は、彼の年齢と、危険な役割を任していることへの手当のようなものであると思っていた。





 着任して一年後。
 当時、私たちはムーハ帝国に対し、自国領土奪還を目的とした戦闘を行っていた。
 ムーハ帝国は兵の練度こそ低いものの、数においてヌージィガを上回っていた。
 ムーハ帝国の兵はその多くが徴兵された民間人で、時折子供の姿も見かけた。
 ヴェアーは老若男女問わず戦場に立ったすべての敵を斬り捨てた。一切のためらいもなく。
 彼は顔色を変えずに人を殺す。それは仲間の死の際も同様で、部隊に犠牲が出てもそれを悲しむような表情を見せなかった。
 私は彼を「心まで硬質化した男」と思い、嫌悪した。

 その頃になると私の役割は雑用から、兵士に変わっていた。
 半年間で倒した敵の数は小隊内で五本の指に入るだろう。若さに対して優れた戦果を挙げていたといえる。
 その戦果は私の自信となり、同時に見栄えのしない副隊長を見下す気持ちを私の心に生み出した。
 私の能力は「万物固定」。意思をもって触れたものをその場に固定する。対象が気体や液体であっても。能力的には応用の幅の広い能力だ。そして魔法能力については私は同期の中でも抜きんでていた。
 腕力こそヴェアーに劣るものの、それ以外の部分については私は全てにおいてヴェアーの上であると思っていた。
 自信と慢心をはき違えていたのだと思う。


 ある戦場で、私たちは側面からの奇襲部隊に応戦していた。

「リマ、敵の第二波に備え、防御陣形をとれ」

 ヴェアーの声が響いた。彼は敵の先頭部隊に対応していた。
 その時、私は林の向こう側に敵将の軍旗……金の刺繍が施されたものを見た。
 敵奇襲部隊を率いているのは名高い将であることを悟った私は、ヴェアーの命令を無視して、その軍旗に進行方向を変えた。
 私を支持する数名の後輩が私の後についた。

 命令違反は厳罰に処されるが、「命令が聞こえなかった」とすれば罪に問われることはない。
 ヴェアーの部隊運用は慎重ではあるが、スピード感に欠けるように感じていた。
 この場で敵奇襲部隊を抑えた場合、敵将は戦況によってはこの場を去るだろう。みすみす戦果を逃すことをしたくはなかった。

「行くよ! あの軍旗を目指すんだ!」

 林の中には敵の伏兵がいると思ったから、私は火炎魔法で林に火を放った。
 後輩たちを鼓舞して一気に燃える林の中を駆け抜けた。
 炎の中から敵兵の叫び声が聞こえる。その音に高揚した。

 林を抜けるとそこには敵将がいた。護衛の兵はわずかに十数名。こちらの戦力は数名だが十分だ。
 敵護衛兵は後輩たちに任せ、私は敵将に向かい合った。

「炎の中から飛び出してきたか! 剛毅な! 貴様の名は!」

「紅月隊のリマ! 貴様を殺す者の名前だ」

「笑止! このシスド、女に首を取らせはせん」

 敵将シスドはスキンヘッドの大柄な男で、鎖と鉄球を操る。私の最も得意とするパワー系の敵だった。

「行くぞ!」

 シスドの鉄球が正確に私を狙って飛んでくる。初撃は読み通り。そしてこの初撃が命取りだ。

万物固定マルチフィクス!」

 剣先で鉄球に触れ、万物固定を発動させる。鉄球はその空間に「固定」、つまり「無効化」された。

 シスドは鉄球を捨て、脛に仕込んだ短剣を構えた。
 近接戦闘は癖が出やすい。シスドは短剣を突くタイプではなく、振り回すタイプだ。構え方でわかる。このタイプは長期戦を好み、堅実な戦い方をしてくる。
 私は敵の剣の間合いの外で隙を伺う。

 さすがは将。簡単には隙を見せない。
 数歩分の間合いを挟んではいるが、こちらが魔法を使おうとすればその隙を突かれてしまうだろう。
 私は双剣を防御型に構えて敵の出方を待つ。

 私とシスドがにらみ合っている間に、後輩たちは敵護衛兵を片付けた。

「リマさん! 助太刀します!」

 後輩の一人がシスドを後方から斬りつけようとした。
 シスドは上体をねじり、それを撫で斬る。血飛沫が舞う。
 私はそれを機にシスドの足首とわき腹を同時に斬りぬけ、返す剣で首を刎ねた。
 首を失ったシスドはその場に崩れるように倒れた。

「大丈夫か?」

 私は斬られた後輩に駆け寄った。肩から腹部にかけて大きな刀傷が開いていた。
 わずかに意識があるようだが、助からないことは明らかだった。
 兵士である以上、戦死を避けることは難しい。私はその後輩の亡骸を別の後輩に運ぶよう指示した。


 当方の犠牲者は死者一名、負傷者三名。
 敵は全滅。それも将の首ありだ。
 ヴェアーの指示に従っていればこの戦果を挙げることはできなかっただろう。

 私は敵将の首を持ち、部隊に合流した。
 すぐさまヴェアーが私に近づいてきて言った。

「命令違反は厳罰だ」

 成果を見ず、命令違反について言及してきた。想定通りの指摘だ。
 私は準備していた言葉で返答する。

「騒がしい戦場にて、命令を聞き逃しました。申し訳ありません」

 ヴェアーは表情を変えず一言「そうか」というだけで、その場は収まった。



 その夜、第三小隊の食事時間で私は小隊のメンバーに褒めたたえられた。

「ムーハのシスドっていやぁ『神出鬼没』として名の知れた将。それを見事討ち取るとは!」

「着任二年で猛将の首級を挙げるとは、何たる武勇だ!」

「少数による敵将撃破、まさに天才的用兵よ」

 私をほめる言葉が飛びかう。
 ヴェアーはいつも通り、黙って食事を済ませ、食堂のテントを出た。
 私の足は自然とそのあとを追った。


 月明かりの下、ヴェアーは大剣を振っていた。


 いつも通りの風景。
 私は期待していたのだ。彼の硬質化した表情が嫉妬に醜くゆがむことを。
 しかしヴェアーは何一つ普段と変わっていなかった。

 きっとあの日、醜くゆがんでいたのは私の顔だっただろう。





 翌朝、ショウギ小隊長に私は尋ねた。

「なぜ、ヴェアーを副隊長に任命しているのでしょうか」

「うん? どうしてそんなことを聞くんだ?」

 ショウギ小隊長は私の心中を察していたのか、興味深そうに聞き返した。

「彼は副隊長にふさわしい人物とは思えません」

 自分でも驚くほどにするりと言葉が出た。それだけ自分の意見に対して自信があった。

「確かに彼は危険なポジションを担当しています。ですが副隊長の任をその手当として与えるのは過ぎたことかと思います」

「手当? ……なるほど。リマはそう見ているんだな……リマ、そうじゃないぞ」

「ではなぜ、彼のような者が副隊長になっているのですか? 彼は能力的に見て、私にすら劣っているではないですか」

 ショウギ小隊長は目で私に一呼吸置くように促した。私は言葉を止め、息を吸った。

「リマ、優れたリーダーの条件は?」

「正しい方針を示し、それを部下と共有でき、制御できることです」

 紅月隊は全ての隊員がすぐれた兵士であると同時に、単独で行動、制圧、占領を行うことができるように特殊な訓練を受けており、その訓練の一つに、指揮官としての在り方の講義がある。
 私はその講義の中で学んだことを述べた。

「そうだ。俺がヴェアーを買っているのはまさにその部分だ。あいつはブレない。それに正しい」

「正しい?」

「そうだ、あいつは恐怖もためらいも後悔も欲求もすべて押し殺して、正しい結果のために動いている」

「しかし、昨日の戦闘では私の行動が最適だったものと考えられます。ヴェアーの指示に従っていればシスドを討ち取ることはかなわなかったでしょう」

「そうかもしれん。しかし、それはだ。違うか?」

「どういうことでしょうか?」

「シスド発見のタイミング、敵の部隊規模、こちらの人数、兵装、環境……すべての条件がたまたま良かった」

「それは……」

「リマの想定よりも敵の数……伏兵や護衛兵が多かったら?」

 ショウギ小隊長の問いに私は何も答えられなかった。

「おそらく君は死んでいた。君についていった者も。他にも被害が出たはずだ。……そして敵将は討ち取れない」

 返す言葉がなかった。その通りだと思ったからだ。私は戦闘能力とその場の雰囲気という、現場観に縛られていた。
 ショウギ小隊長は私とはまったく異なる視点でヴェアーを見ていた。
 その日から私はショウギ小隊長の言葉を確認するつもりでヴェアーのふるまいを見るようになった。

 確かに、ヴェアーは与えられた命令に対して最適な行動を指示を部下に与えていた。
 犠牲が必要な作戦であればためらいなく犠牲を払う。
 自分への評価も気にすることはない。彼の行動から見えるのは、結果に応えることだけだった。

 私は彼を「心まで硬質化した男」と思っていたが、その認識はさらに強まった。ヴェアーは他者に対して心を閉ざしているだけではなく、自分自身についても心を閉ざしている。そう感じた。
 ヴェアーに興味を持ち始めてから、彼を知るにつれ、彼のことをさらに深く知りたいと思うようになり始めていた。





 我々七番隊はムーハ帝国を退け自国領土の奪還に成功、凱旋帰国した。
 前線の防衛には八番隊が就いた。

 私とヴェアーの故郷は町こそ違えど同じ地方だったため、共に帰路についた。
 ヌージィガの西部、イサク地方。牧畜と根菜、果実が主な生産物の緩やかな丘陵地だ。
 街道から見える日の当たる斜面には低い果樹の林と放牧地が広がっている。日の当たらない斜面には根菜の畑が広がる。それらはモザイク模様のように地面を覆う。
 懐かしい風景に私は大きく息を吸った。


「懐かしい景色ですね。二年ぶりの帰宅になります」

「そうか。俺もだ」

 ヴェアーの口数は普段通り少なかったが、表情は少し緩んでいるように見えた。

「奥さんやお子さんが待っていますよ」

「俺に妻子はいない」

「!……申し訳ありません、軽率でありました」

 私は自分の軽率さに焦ったが、ヴェアーは特に気にも留めていないようだった。

「俺の年齢なら家族を持つのが普通だからな。気にするな」

「はい……」


 ヴェアーの故郷は私の故郷への道の途中にあったため、私はそこで一泊することにした。
 街道沿いの村ではあったが、半日ほど北に行ったところに宿場町があるためか宿泊者は多くないようで、宿屋は一件しかなかった。
 宿屋の主人夫婦はヴェアーの昔馴染みだという。

「姉ちゃんはヴェアーのいい人かい?」

 旦那のほうが遠慮もなく尋ねる。

「いいえ、私は彼の部下です」

「ほーん……、アイツはずっと一人だったからなぁ。いい人だといいなぁと思ったんだけど」

「ご期待に沿えませんでしたね」

「お客さん、うちの主人がごめんなさいね。この村から紅月隊の隊員が出るのなんて久しぶりのことだから。ヴェアーは私たちの誇りなんですよ」

「そうなんですか」

「彼……ヴェアーは今どんな立場なんですか?」

「今は小隊の副隊長を務めています」

「何番隊の隊長とかじゃねぇのか? もう入隊して十年になるってのによぉ」

「すべての隊員が隊長職になるわけではありませんから」

 私は嘘をついた。
 多くの隊員は十年あれば隊長とはいかずとも小隊長までは出世する。そう考えるとヴェアーは出世に遅れている。それもあの性格が災いしているのだろう。

「あの……副隊長のことを少し尋ねても良いですか?」

 農業を中心とした生活は、季節ごとの作業において住民同士の協力が不可欠になる。そのため、この地方の住民たちは各コミュニティで密な人間関係を構築している。
 密な人間関係は噂話を好む。かわりばえのしない日々は同じ話題を繰り返させる。
 私はヴェアーの昔を知った。


 双子の妹がいたということ。
 母親は女手一つで二人の子を育て上げたこと。
 彼が十五歳の時、母親が倒れて高価な薬が必要になったこと。
 妹は母親の治療費を確保するため金持ちに嫁いだこと。
 妹の夫から高利で金を借りたこと。
 母親は高価な薬によって苦しむことなく余命を終えたこと。
 借金を返すため、軍に入隊したこと。


 お金のためにヴェアーが今の職に就いているということは私にとって意外なことだった。
 自分を抑えて生きていかざるを得なかったヴェアーの半生。私は彼の硬質化した心の本当を確かめたくなった。
 宿屋の夫婦は最後にこう言った。

「姉ちゃんはヴェアーのいい人になってくれたらね」

 人は驚いたときに心のバランスを崩す。崩れたバランスを戻そうとすると思いもよらない形に思いが変わることがある。
 私の心は揺さぶられたのだと思う。

 一月後。
 七番隊再集結の場で七番隊隊長のロッカが退役、当時の七番隊副長および各小隊長からの推薦で、七番隊第三小隊の小隊長だったショウギが七番隊の隊長となった。
 そして私は七番隊の副長となり、ヴェアーは第三小隊の隊長となった。





 再結成後の七番隊は八番隊と合流し、再びムーハ帝国との戦いに参加した。
 過去の戦いは自国領土の奪還作戦であったが、ここからの戦いは敵領土への侵略戦争だ。
 侵略行為は兵士たちの心をむしばんでいるようだった。占領地では次々と素行の問題が発生した。
 問題の多くは紅月隊に随伴している一般部隊の兵によるものであったが、少数ながら紅月隊隊員による問題も存在した。
 略奪、強姦、民間人への暴力行為。私は問題を起こした隊員を裁かざるを得ず、時には処刑することもあった。
 ショウギ隊長はそのような状況下でも明るくあった。今思えば無理をしていたのだと思う。だから、敵に隙をあたえてしまった。


 先行索敵を行う第一小隊の隊員が帰還した。小隊は敵将の猛攻により壊滅的被害を受け、第一小隊の小隊長は戦死したという。
 紅月隊の小隊が壊滅するレベルの敵将となると、AからSクラスの能力者である可能性が高い。
 高クラス能力者に対しては、数で押す戦いは無意味な消耗戦となる場合が多い。今回は攻める側なので消耗戦は避けたい。緊急で各小隊長が招集され軍議が行われることになった。

 軍議には状況報告のため、生き残った第一小隊の隊員が参加した。部隊幹部がそろったところでその隊員は突然ショウギを指さし何かを呟いた。
 ショウギの目つきが変わったのを私は感じ取った。

「……隊長?」

 次の瞬間、ショウギを中心とした空間がゆがんだ。
 ショウギの能力は「圧の波」。衝撃波を自分中心とした全方位に放つもので、放たれる衝撃波は常人であれば即死、かなりの兵であっても一時的に意識を失う強さだ。
 その場にいた者たちが吹き飛ばされる。が、そこは紅月隊の小隊長レベルの猛者たちだ、ただちに体勢を立て直す。

「隊長! どうされたんですか?」

 誰かが叫んだ。再び衝撃波がその場を襲う。
 私はショウギを指さした隊員をつかみ、尋ねた。

「貴様! 何をした!」

「ククク……なんてことはない、狂戦士化魔法をかけてやったのさ」

「狂戦士化魔法!」

 狂戦士化魔法。その存在は知っていたが、実戦で目にするのは初めてだった。
 戦場では多数対多数の戦闘が主であるため、敵味方の区別なく襲い掛かる狂戦士化魔法の使いどころはないというのが常識だ。
 私たちは高クラスの能力者が敵にいると思い込んでいたが、単なる精神汚染魔法にしてやられていたのだ。第一小隊はおそらく同士討ちをして全滅したのだろう。
 私は敵の首に剣を突き立て、同時に精神汚染解除魔法の詠唱を始めた。

「うるぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 ショウギは衝撃波を連続して発動する。私はそのたびに詠唱を中断されながらも、何とか精神汚染解除魔法を完成させようとしていた。
 小隊長たちや騒ぎで集まった兵たちは衝撃波に飲まれ、徐々に動けるものは減ってゆく。
 その中でただ一人立っている者がいた。
 ヴェアーだった。

 硬質化の能力と鍛えた体でショウギの衝撃波に耐え、それどころか衝撃波の中心地……つまりはショウギに近づいていた。

「ヴェアー小隊長!」

 精神汚染解除魔法発動までの時間稼ぎを頼もうとした、その時だった。
 ヴェアーは大きく振りかぶった大剣をショウギの頭上に振り下ろした。
 ショウギは両腕で頭をかばう格好をした。大剣がその両腕もろともショウギの体を縦に真っ二つにした。

 ヴェアーの判断は正しかった。
 私の魔法発動までに生じる犠牲とショウギ一人の犠牲をヴェアーは天秤にかけたのだろう。
 その上で最適を取ったのだ。





 ショウギは戦死扱いとなった。
 新隊長が就任から早々に戦死したため、副長だった私が暫定の七番隊隊長となった。
 それから何度かの幹部会議があり、私は次期七番隊隊長にヴェアーを推薦した。反対する者はいなかった。





 私は今、七番隊隊長ヴェアーの下で副長を務めている。
 彼の指示は的確で冷たくて、正しい。
 その冷たさに拒絶反応をしめす者も少数いるが、それらのフォローは私の役割だ。


 ヴェアー隊長は今日も五〇〇〇回の素振りを行っている。
 隊長のその鍛え上げられた身体にあこがれる多くの隊員が一緒に汗を流している。
 その風景は「夕飯後の猛稽古」として七番隊の名物になっている。
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