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教皇の物言い
しおりを挟む「…………は?破門?」
「はい。我らゲン・カーク教は、クズ=ダラッケ王国を破門とし、全ての教会、修道院を、この国から引き揚げさせていただきます」
鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして目を瞬いているのは、この王国の頂点である国王。
厳かにして冷ややかな無表情でそれに相対するのは、王国のみならずこの大陸で絶対多数の信者を擁するゲン・カーク教の、この王国での頂点であるはずの、教皇だった。
「ま、待ってくれ!そのような勝手を言われては困る!」
言われた事の意味を飲み込んで、慌てふためく国王。
しかし、教皇は眉一つ動かさない。
「“勝手”とは?我らが大教皇のご裁可に、一教徒が、俗世の権勢をもって口出しすると?」
「そ、そうではない!だが、大教皇は我が国の教徒を見捨てられるつもりなのか!?」
「まあ、そうですね」
しれっと認める教皇に、一瞬絶句した国王は、いやいやと頭を振って気を取り直す。
「そのような無慈悲な話……教皇と言えど、戯れが過ぎる。我らが何をしたと言うのだ」
憂い顔で溜息をつく国王に、ひっそりと、しかし確実に。教皇のこめかみに青筋が立つ。
「……ほう。国王陛下はそのお心当たりが、まっったくないと」
「う……」
おどろおどろしい声に、国王は怯む。
だが、本気で心当たりのない国王としては、色々考えてみるも、弁解のしようもない。
「そ、そう言われてもな……我が国の民の信心の深さは、教皇が誰よりご存知だろう?教皇からも、なんとか執り成してはもらえまいかーー」
「お断りいたします」
国王の甘えを、教皇は言下に突っぱねた。
当然である。大教皇に今回の件を進言したのは、他ならぬ教皇自身なのだから。
そこまでは知らずとも、目の前の教皇が目茶苦茶お怒りな事をようやく理解した国王。謎の圧力に冷や汗をかきながら呻く。
「な、なぜ……」
「何故?敬虔な修道女を虐待している修道院など、なくしてしまった方がよろしいでしょう?」
「へ!?」
思いがけない事を言われて、国王は頓狂な声を上げる。
「虐待だと?そのような話があったのか!?」
「ご存知ない?それはおかしいですね。我らの修道院は、流刑地でもなければ懲罰房でもないと。何度も。何度も何度も何度も何度も申し上げてきたにも関わらず!!刑罰の代わりにと罪人を送り込んでこられたのは!!王家では!?」
「ひえっ!?」
「それに倣い、貴族達も持て余した厄介者を次々と放り込んできますよ。修道院は、苦役でもなければ矯正施設でもない!!それを、貴国は!!神聖なる修行の場を!一体!なんと心得る!!?」
ちょっと聖職者がしてはいけない阿修羅の形相で鬱憤をぶちまける教皇に、腰を抜かす国王。
控える兵士達が少しざわめくが、賢明なる教皇は微動だにしなかった。
声を荒げただけで不敬に問うには、ゲン・カーク教の教皇は大物に過ぎる。
「……そういう訳です。では」
「ま、待て待て待て、誤解だ教皇!!」
くるりと踵を返す教皇に、国王は焦って縋る。
「修道院に負担を強いているのはわかる。しかしな、彼女らは、たしかに罪は犯したが、刑にかけるには哀れな者達ばかりなのだ。ここは神の慈悲に縋り、罪を赦されるべきだとーー」
「当の彼女達は、自身が惨めな生活に追いやられた事を、それはそれは嘆いているようですが?」
「……それはまあ、その」
修道院は、俗世との縁を絶ち、慎ましく、神に仕える事のみを考えて生きる場所。その精神は、清貧と奉仕。規則正しく、清掃と祈祷にて修道院を護り、人々への慈善活動に尽くすーー全ては神への奉仕として。
つまりは、衣食で贅沢などできず(そもそも金がない)、下働きにさせていた水仕事をやり、友人や男と遊ぶなどもっての他という状況で、赤の他人の貧乏人の世話を焼かなかければいけないのである。
人に傅かれて生きてきた貴族女性にとっては、十分な罰と言えた。
勿論、送り込む方だってそのつもりである。
「悔い改め、生涯を神に捧げて贖罪をと言う者なら喜んで受け入れもしましょう……。一体、何なのですかあれは!?揃いも揃って、不平不満罵り暴れ!!あれが神に仕える者の姿ですか!嘆かわしい!」
「いや……それは、戒律の厳しい修道院の生活を送っていれば、自然と悔い改めるであろうし、な?」
ぶるぶると全身を震わせて憤慨を露わにする教皇だがーー。
可愛く(ないけど)首を傾げてみせる国王が、火に油を注ぐ。
「改める訳がないでしょう!!そもそも戒律とは、余計な雑念に煩わされず、修行に専念する為のものです!既に何度も申し上げておりますが、修道院は、問題児の矯正所ではない!真面目に修行している修道女の迷惑です!!」
「ま、まあまあまあまあ、落ち着いてくれ、教皇。修道女には孤児院での奉仕活動もあるではないか。あれらも子供と思えば……」
他人事のように執り成す国王に、教皇がじっとりとした眼差しを向ける。
「……その孤児達にも悪影響を与えているのですよ。迎えられたばかりの右も左もわからぬ子供が、彼女達に捕まって、彼女こそ敬うべき存在で彼女達に尽くすべきだと刷り込まれたり。そこまで行かずとも、慎ましく暮らす事が如何に惨めで可哀想かを声高に叫んでくださるのでね。自分達は虐待されているのではないかと、多くの孤児が疑いを抱いているのです」
「う……」
「それだけではありません……いいですか?国王陛下、それだけではありませんよ?修道女にも多大なる悪影響を与えているのです……」
地を這う教皇の低い声に、国王は慄く。
「陛下が次から次へと罪人を送ってくださるお陰でーー真面目に修行にきた修道女までもが!近隣住民にあらぬ疑いの目を向けられているのです!!」
「え゛」
「神に祈り、人に奉仕し、心静かに生きる事を志してきた彼女達が!!事実無根の噂で白い目で見られて!!陛下は、この責任をどう考えておられるので!?」
「い、いや、それは……」
脂汗を垂らしながら、国王はそろーっと、教皇の顔を窺う。
「だが、な……教皇も、この話を了承してくれていたではないか……?」
「ええ、初めてお話をいただいた時には了承しましたよ。迷える者を導くのも我らの役目というお言葉には、一理ありましたから」
淡々と認める教皇に、国王の顔がぱあっと明るくなる。
「しかし!!」
直後、再びの阿修羅降臨に、玉座の背に張り付いた。
「それからというもの、当たり前のように次から次から次から問題児を送り付けてきて!!!この国の貴族女性の教育はどうなっているのですか!!?」
「ぉう」
要するに、多過ぎる。いい加減にしろと言われているのだと理解して、国王は天を仰ぐ。
そもそも、修道院送りにしているのは、処刑や毒杯では角が立ち、かといって放免するには人格が破綻し、かといって再教育や飼い殺しすら家が匙を投げたという、どうしようもない者達だからだ。
だから修道院に押し付けたというのに、今更代案を考えろと言われても困るのである。
「はっきり言いましょう。修道院は“罪人を送る場所”として認識され、まともな意味で修道女になろうという者は今やほとんどおりません。修道院は荒れるばかり……!神聖なる信仰の場が……!罪人の行き場の代名詞に……!!」
覆った手の下で、とうとう涙をこぼす教皇に、気まずそうにしながら、あーとか、うーとか唸る国王。
涙をぬぐった教皇は、それを忌々しげに睨んだ。
「……お忘れのようですが、私は何度もこれらの訴えを送りましたよ。このまま改善されなければ大教皇に訴えるという警告も、再三したはずです」
ぎくっと国王の肩が跳ねたのは、教皇からの訴えを、“いつもの愚痴”、“放っておけば諦める”と読み流していたからだ。
今回の謁見とて多忙を言い訳にパスするつもりだったのを、「今回まみえなければ二度と会う事はない」という言葉に、「謁見しないと破門!?」と慌てて決定を翻したのである。
……謁見したところで、結局は破門の通達だった訳だが。
どう足掻いても挽回しようのない自業自得っぷりに虚ろな目になる国王に、教皇が威儀を正して告げる。
「ともかく、敬虔な教徒の受け皿になれない修道院など、もはや不要。我らはこの国より立ち退きます」
「ま、待ってくれ!」
「決定への異議申し立ては、改善策を添えて大教皇までお願いいたします」
もう止まりも振り向きもせずに言い捨ていく教皇の背中に、国王が掛けられる言葉はなかった。
謁見の間の扉が閉まり、教皇の姿が完全に見えなくなってもまだ、虚しく伸ばしたままの手を、ぼんやり眺める。
「修道院がダメとなると………………国外追放するしかない、かなぁ……?」
隣国から、「うちを姥捨山にするな」と抗議されて国際問題になるまで、あと三百日。
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