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四話 みんなの幸せ
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ぐしゃぐしゃにした髪の中で、キャロラインは戸惑っていた。
「……え。なに……?」
「託宣者よ」
「たくせん、しゃ……?なんなの、それ……」
「だから、この世界を創造した神と直接繋がり、その意思を人々に伝える者よ。教会の最高権威。実態はまあ……“神様の相談役”というところかしら?」
淡々としたゴルデルゼの説明に、キャロラインの声がうわずる。
「か、神様?なんで、そんな人が、悪役令嬢なんてやってるの!?」
「もう忘れたの?さっき答えたでしょう?あなたに避けてもらう為よ」
案の定すがる目になるキャロラインに、ゴルデルゼは小さく肩をすくめた。
「あまりにも永い時を経て老いた、この世界の魂ーーその中で、世界の誕生からの記憶を維持する神と、一部とはいえ知見を共有するわたくしの魂は……一体、どれほど老いていると思う?」
絶句するキャロライン。
ゴルデルゼの微笑みには、何の感情も浮かんでいない。
「せっかく喚んだ若い世界の魂に、この世界で最も老いた魂を近付けて、悪影響を与える訳にはいかないわ。……とはいえ、“神が喚んだ唯一”に手を出せる者も他にいないから、わたくしが管理しない訳にもいかなかったのだけれど」
話を飲み込んでいるのか、いないのか、キャロラインは、ぼんやりと宙を眺めている。
ゴルデルゼはもう、彼女の方を見てもいない。
しばらくして、青ざめた唇から、囁きがこぼれた。
「じゃあーーあんたは、本当に、転生者じゃないの?」
「またそれ?わたくしは転生者じゃないわ。全ては神の知識よ」
「悪役令嬢じゃ、ないの?あんたが、シナリオを変えたんじゃ……なかったの?」
「違うわ。そもそも、バタフライエフェクトでどうとでも変わるのが未来よ。絶対的なシナリオなんてない。……言ったでしょう?あのゲームはあちらの人間にこの世界を知ってもらう、ただそれだけが目的だったの」
「……お母さんの、病気は?あたしの父親があんな人なのは…………ゲームの為の、設定、なんでしょ……?」
「いいえ、キャロラインはそういう人間だった。だから、若い世界の魂の影響で幸せになってもらおうとしたのに……あなたは、そんな彼女を更に不幸にしたの」
ずるりと、キャロラインは床に倒れ伏した。
「……なんでぇ……?」
伏したままのキャロラインから、泣き声がもれてくる。
「なんでよぉ……なんで、そんな事したの……!?助けてよ!神様なんでしょう!?」
「だから、わたくしは託宣者であって、神そのものじゃあーー」
説明しかけて、ゴルデルゼはただでさえ話を聞かないキャロラインが、何も耳に入らない様子で泣きじゃくっているのに気付く。
やれやれと首を振って、ゴルデルゼはキャロラインの方へ屈み込んだ。
「……ねえ、いい事を教えてあげましょうか?」
都合よく聞き付けて顔を上げるキャロラインに、ゴルデルゼは苦笑する。
「どうすれば、誰もが幸せになれるのか……神様にも、まだわからないの」
いい事じゃないじゃない。とキャロラインの顔に書いてあるのを見て、ゴルデルゼは、今度は楽しそうに笑う。
「なぜ、わたくしがキャロラインを助けるのにあなたを使ったと思う?キャロラインを助けたらーーあの男爵が、不幸になるからよ」
「…………は?」
「悪い子だからといって不幸にしたくはないし、良い子だからといって贔屓をしたくはないのよ、神は。そして託宣者たるわたくしは、神が望んだ事以外、何もしてはならないの」
「何っ、それ……!!」
キャロラインの目が憎悪にぎらつくが、ゴルデルゼは静かに謳う。
「ある日、女が願った。自分の恋を叶えてほしいと。神はそれを叶えた。そしてーー代わりに捨てられた女が、命を絶った」
「ある日、二人の男が願った。一人の女の心を自分のものにしてほしいと。神は今度は、二人の願いを叶える事にした。そしてーー男達のうち、一人は浮気をした女を殺し、一人は邪魔な男を殺した」
「それから神は、人の心に干渉する事をやめた」
「ある日、敬虔な王が他国に攻められ、勝利を願った。神はそれを叶えた。そしてーー相手の国から邪神と呼ばれた」
「神はそれを赦したが、王はそれを許さなかった。王もまた相手の国を悪魔の国と呼び、容赦ない殺戮を行なった。神は嘆き悲しんだ。そしてーー互いの国の滅びが願われた時、神はそれを、二つとも叶えた」
「それから神は、争いに干渉する事をやめた」
「神は、優しい人々の願いだけを聞き入れる事にした。人と争う事なく、人を思いやり、人を慈しむ事のできる人だけを」
「ひどい事をされませんように。幸せがきますように。ーーその願いを叶えて、神は人を傷付ける人間を、消していった。世界には、優しい人だけが残った」
「誰も争わなくなった。誰も傷付けなくなった。けれどーー人々はいつしか何もしなくなっていた。何かすれば、他人を傷付けてしまうかもしれないから。何もしなくても、神に祈れば、どんな不幸からも救われるから」
「それではいけないと立ち上がった男がいた。傷付ける為の争いと、向上心を持つ事は違うと」
「神はその考えを好んだ。けれど、人々はその考えを“神への冒涜”と呼び、男を咎め、男を恐れた」
「男は決して考えを曲げなかった。恐れ逃げ惑う人々を、繰り返し導こうとした」
「口論、対立……失ったはずのそれらが復活し、男はとうとう悪魔と呼ばれるようになった。人々は、武器を取った」
「神は人々の願いを叶えなかった。悪魔の恐怖から解放されたいという願いも、勝利への願いも」
「それでも、神の意思は伝わらなかった。その全てが、男が悪魔である証拠とされーー戦いの果てに、男は殺された」
「絶命の寸前、男は言った。媚びへつらう者ばかりを依怙贔屓する邪神め、呪われろ。こんな世界、滅んでしまえーー」
「神は、その願いを叶えた」
「そして神は諦めた。人を愛し、人のものを欲しがらず、己を高め、人を陥れない……そんな完璧な人間になる事など、人間自身の努力では不可能なのだと」
「だから神は、新たな世界の全ての人間の心を、自分で動かす事にした」
「全ての人間が、互いを敬い、思いやり、正しく競い、愛し合う。平和な世界が永く続いた。けれどもーー神の心には、絶望が積もっていくばかりだった」
「神が望まなければ、泣く事も笑う事もない、人形のお芝居」
「人々は幸せなのか、神が幸せだと思わせているだけなのか……。もはや誰も、何も、神に願わなかった」
「それでもーー神は、世界を滅ぼした」
「…………ねえ、どうすればよかったと思う?」
「……え。なに……?」
「託宣者よ」
「たくせん、しゃ……?なんなの、それ……」
「だから、この世界を創造した神と直接繋がり、その意思を人々に伝える者よ。教会の最高権威。実態はまあ……“神様の相談役”というところかしら?」
淡々としたゴルデルゼの説明に、キャロラインの声がうわずる。
「か、神様?なんで、そんな人が、悪役令嬢なんてやってるの!?」
「もう忘れたの?さっき答えたでしょう?あなたに避けてもらう為よ」
案の定すがる目になるキャロラインに、ゴルデルゼは小さく肩をすくめた。
「あまりにも永い時を経て老いた、この世界の魂ーーその中で、世界の誕生からの記憶を維持する神と、一部とはいえ知見を共有するわたくしの魂は……一体、どれほど老いていると思う?」
絶句するキャロライン。
ゴルデルゼの微笑みには、何の感情も浮かんでいない。
「せっかく喚んだ若い世界の魂に、この世界で最も老いた魂を近付けて、悪影響を与える訳にはいかないわ。……とはいえ、“神が喚んだ唯一”に手を出せる者も他にいないから、わたくしが管理しない訳にもいかなかったのだけれど」
話を飲み込んでいるのか、いないのか、キャロラインは、ぼんやりと宙を眺めている。
ゴルデルゼはもう、彼女の方を見てもいない。
しばらくして、青ざめた唇から、囁きがこぼれた。
「じゃあーーあんたは、本当に、転生者じゃないの?」
「またそれ?わたくしは転生者じゃないわ。全ては神の知識よ」
「悪役令嬢じゃ、ないの?あんたが、シナリオを変えたんじゃ……なかったの?」
「違うわ。そもそも、バタフライエフェクトでどうとでも変わるのが未来よ。絶対的なシナリオなんてない。……言ったでしょう?あのゲームはあちらの人間にこの世界を知ってもらう、ただそれだけが目的だったの」
「……お母さんの、病気は?あたしの父親があんな人なのは…………ゲームの為の、設定、なんでしょ……?」
「いいえ、キャロラインはそういう人間だった。だから、若い世界の魂の影響で幸せになってもらおうとしたのに……あなたは、そんな彼女を更に不幸にしたの」
ずるりと、キャロラインは床に倒れ伏した。
「……なんでぇ……?」
伏したままのキャロラインから、泣き声がもれてくる。
「なんでよぉ……なんで、そんな事したの……!?助けてよ!神様なんでしょう!?」
「だから、わたくしは託宣者であって、神そのものじゃあーー」
説明しかけて、ゴルデルゼはただでさえ話を聞かないキャロラインが、何も耳に入らない様子で泣きじゃくっているのに気付く。
やれやれと首を振って、ゴルデルゼはキャロラインの方へ屈み込んだ。
「……ねえ、いい事を教えてあげましょうか?」
都合よく聞き付けて顔を上げるキャロラインに、ゴルデルゼは苦笑する。
「どうすれば、誰もが幸せになれるのか……神様にも、まだわからないの」
いい事じゃないじゃない。とキャロラインの顔に書いてあるのを見て、ゴルデルゼは、今度は楽しそうに笑う。
「なぜ、わたくしがキャロラインを助けるのにあなたを使ったと思う?キャロラインを助けたらーーあの男爵が、不幸になるからよ」
「…………は?」
「悪い子だからといって不幸にしたくはないし、良い子だからといって贔屓をしたくはないのよ、神は。そして託宣者たるわたくしは、神が望んだ事以外、何もしてはならないの」
「何っ、それ……!!」
キャロラインの目が憎悪にぎらつくが、ゴルデルゼは静かに謳う。
「ある日、女が願った。自分の恋を叶えてほしいと。神はそれを叶えた。そしてーー代わりに捨てられた女が、命を絶った」
「ある日、二人の男が願った。一人の女の心を自分のものにしてほしいと。神は今度は、二人の願いを叶える事にした。そしてーー男達のうち、一人は浮気をした女を殺し、一人は邪魔な男を殺した」
「それから神は、人の心に干渉する事をやめた」
「ある日、敬虔な王が他国に攻められ、勝利を願った。神はそれを叶えた。そしてーー相手の国から邪神と呼ばれた」
「神はそれを赦したが、王はそれを許さなかった。王もまた相手の国を悪魔の国と呼び、容赦ない殺戮を行なった。神は嘆き悲しんだ。そしてーー互いの国の滅びが願われた時、神はそれを、二つとも叶えた」
「それから神は、争いに干渉する事をやめた」
「神は、優しい人々の願いだけを聞き入れる事にした。人と争う事なく、人を思いやり、人を慈しむ事のできる人だけを」
「ひどい事をされませんように。幸せがきますように。ーーその願いを叶えて、神は人を傷付ける人間を、消していった。世界には、優しい人だけが残った」
「誰も争わなくなった。誰も傷付けなくなった。けれどーー人々はいつしか何もしなくなっていた。何かすれば、他人を傷付けてしまうかもしれないから。何もしなくても、神に祈れば、どんな不幸からも救われるから」
「それではいけないと立ち上がった男がいた。傷付ける為の争いと、向上心を持つ事は違うと」
「神はその考えを好んだ。けれど、人々はその考えを“神への冒涜”と呼び、男を咎め、男を恐れた」
「男は決して考えを曲げなかった。恐れ逃げ惑う人々を、繰り返し導こうとした」
「口論、対立……失ったはずのそれらが復活し、男はとうとう悪魔と呼ばれるようになった。人々は、武器を取った」
「神は人々の願いを叶えなかった。悪魔の恐怖から解放されたいという願いも、勝利への願いも」
「それでも、神の意思は伝わらなかった。その全てが、男が悪魔である証拠とされーー戦いの果てに、男は殺された」
「絶命の寸前、男は言った。媚びへつらう者ばかりを依怙贔屓する邪神め、呪われろ。こんな世界、滅んでしまえーー」
「神は、その願いを叶えた」
「そして神は諦めた。人を愛し、人のものを欲しがらず、己を高め、人を陥れない……そんな完璧な人間になる事など、人間自身の努力では不可能なのだと」
「だから神は、新たな世界の全ての人間の心を、自分で動かす事にした」
「全ての人間が、互いを敬い、思いやり、正しく競い、愛し合う。平和な世界が永く続いた。けれどもーー神の心には、絶望が積もっていくばかりだった」
「神が望まなければ、泣く事も笑う事もない、人形のお芝居」
「人々は幸せなのか、神が幸せだと思わせているだけなのか……。もはや誰も、何も、神に願わなかった」
「それでもーー神は、世界を滅ぼした」
「…………ねえ、どうすればよかったと思う?」
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