運命の人を妾にしたいって、本気ですか?

小雲乃のぼる

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予想外の方向に折れました

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 一時の雲は、さわやかな風に払われて。
 嫌味なくらい穏やかな陽射しに照らされながら、わたくしは、侯爵令息からの別離の言葉を待っていました。

「……そうか。やっぱり、僕とアンジェリーナが子供を作るしかないんだね」

 待てこら。
 悟ったような顔で何を言い出すかと思えば、それですの?

「カイル様……!?」
「すまない、リリス。領地のみんなの為なんだ。優しい君なら、わかってくれるよね……?」
「カ、カイル様……」

 ご令嬢が倒れそうです。
 まさか、保身で“運命の人”を捨てるだなんて予想外……。

「君の子を跡継ぎにはしてあげられないけど……君への愛は、変わらない。僕達は、真実の愛で結ばれているんだから」

 なんて事なかった!!
 当初の予定ルートに持ち込むつもりですわね!?
 甘い笑顔でなんつー非道を……。

 いや。これ多分、自分の言ってる事がわかってないヤツですわ。

「やれるものならやってごらんなさい」

 我ながら氷点下の声に、間抜け面の侯爵令息と、涙目のご令嬢が振り返ります。

「結婚を祝福される事もない。他人から妻と呼ばれる事もない。公の場でエスコートされる事もない――そのをわたくしに奪われる彼女が、自分の子供を庶子と嘲られ、わたくしの子供が次期侯爵ともてはやされる様を指をくわえて見ている事になって……それでよろしいのね?」

 愕然として凍り付く侯爵令息と、なぜか同じように目を見張るご令嬢。
 ご令嬢の体がかたかたと震え、みるみるうちに目に涙が貯まっていきます。

「あ……ああ……」
「リリス?」
「私……わたし……!!」

 テーブルに崩れ落ちるご令嬢ぉ!!?
 待って、そこはティーセットの上!!

 ……ざっと集結したメイド軍団が、被害を最小限に食い止めました。またご令嬢のドレスが紅茶で濡れたけど。
 そして、我関せず号泣しているご令嬢と、うろたえまくっているだけの役立た……いえ、侯爵令息。

「リ、リリス?リリス、ごめん。ごめんね。そんな事しないよ。何とかする、何か考えるから……」

 おろおろと展望のない慰めをする侯爵令息に、泣きじゃくりながら頭を振るご令嬢。
 侯爵令息の説得力のなさもアレですけれど、これは……。

 妾としての人生を、真剣に考えてなかったみたいですわね。

 大方恋に浮かれて、“後ろ指をさされても愛する人の側にいる私”に酔っていたのでしょう。
 で、自分がこの先の人生から何を失うかを突き付けられて怖くなった。けど、恋人と別れるのも嫌。侯爵夫人として立つ気概もない。
 で、泣くしかないと。

 ……さすがに悪く見過ぎかしら?
 でも、そうとしか思えませんわね。

 運命の人を妾になんて言い出した辺り、侯爵令息に身分を捨てて駆け落ちする覚悟もなさそうですし……これは、こじれるかしらね。

「……では、わたくしはこれでお暇させていただきます」

 溜息を飲み込んで立ち上がると、ぐりんっと、侯爵令息が首を痛めそうな勢いでこっちを向きます。

「ええ!?アンジェリーナ!?」
「ラビリンス侯爵令息には、婚約解消にご同意いただけないようですし。これより先は、家同士の話し合いとさせていただきます」
「そんな!待って、アンジェリーナ!!」

 見捨てられた仔犬のように縋ってきますけど、このまま帰ったら叱られるのはわたくしも同じですからね?

 一、ご令嬢を早期に排除しなかった
 一、侯爵令息好みの性格を演じなかった
 一、この場で合意を取れず、スムーズな婚約解消も難しくなった

 ……うん。アウトですわ。
 最悪、ラビリンス侯爵家と対立して、事業は白紙。おもーい責任、取らされますわねぇ……。
 とはいえ、足並みの揃わなくなった駄々っ子二人を相手に、今日中に落としどころなんて、見つけられる気がしません。
 黙っていたら更にまずいし……。
 よくもここまで追い詰めてくれたものだと内心恨みながら、立ち去ろうとした時。がしっと、腰に何かがしがみ付いてきました。

「おねーさまっ!!」

 は?

「ちょっと、誰があなたの姉ですか!」
「助けてくださいおねーさま!置いてかないで!!私も連れて行って!!」

「……え?リリス?」

 訳のわからない事を言ってわたくしにへばり付いているのは、なんと侯爵令息の運命の人でした。

「贅沢は言いません!!おねーさまのメイドにでも何でもなりますから、どうかお連れください!!私っ、もうどうじでいいかわかんないぃぃ……!」

 涙と鼻水とくしゃくしゃがブレンドされた素敵なお顔で、力任せに人に組み付いている、紅茶ドレスのご令嬢。
 わたくし、自分がとうとうブチ切れるのがわかりました。


「知りません!!!そんな体たらくで侯爵家のメイドが務まる訳ないでしょう!?メイド舐めんなああああ!!!」


 ……我ながらそこじゃない怒りの叫びが、大空にこだましたのでした。



~おわり~
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