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まだねばる婚約者
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さっきまで晴れ渡っていたお天気が、なんだか怪しいですわねー。
わたくしとしてはお暇したいのですが、侯爵令息は婚約解消に頷かないまま、ウンウンと唸っています。
「な、ならば……リリスとの噂が消えるまで待とう!」
必死に知恵を絞ったらしい侯爵令息が、名案とばかりに変な事を言い出しました。
「待つ?その間、そちらの方が“恋人に捨てられた哀れな娘”と嗤われ、心無い方に言い寄られるのを、黙って見ていらっしゃるおつもり?」
鬼ですわね。
というか、ご令嬢を迎え入れた時点で噂が再燃すると思いますわ。
冷めた目で見ると、侯爵令息は絶句し動かなくなっています。
鬼じゃなかったみたいです。
「カイル様……」
「い、いや……すまないリリス。大丈夫だ、そんな事にはさせない。なんとかするから……」
具体策がゼロですわ。
まあ、うるうるお目々のご令嬢は、肩を抱かれただけで簡単に説得されて、感激してますけど。
さすがに可哀想になってきましたわね。
「そもそも、この婚姻においてわたくしの最大の使命は、次期ラビリンス侯爵を産む事です。白い結婚では意味がありませんわ」
「え?」
意表を衝かれた様子で目を丸くした侯爵令息が、とんでもない事を口走ります。
「白い結婚?次期当主が夫人の子なのは、当然の事だと思うが……」
「え?」
「えっ」
三者見つめ合ったまま、物凄い沈黙が流れました。
……この男、運命の人を最愛として家に迎え入れながら、貴族の義務を言い訳に、わたくしにも手をつける気だったようです。
まあ、敵国の虜囚を辱めで抱けるのが男ですし?愛がないくらい何程の事でもないのかもしれませんけれど??
当然ながら、最愛のご令嬢の了解は取っていなかったご様子です。
最低。
「な、なーんちゃってな!跡継ぎはもちろん大切だが、リリスの子を君の養子にすれば何も問題ないだろう?うん!」
……それでごまかせると思うなよ。
ですがまあ、わたくしは乗って差し上げるとしましょう。
後で運命の人にたっぷりなじられるがいいですわ。
――わたくしはわたくしで、取り繕ったつもりの言い分を、すっぱりさせていただきます。
「大問題ですわ。次期ラビリンス当主がグラジオラスの血筋である事が、肝心なのです」
「へ?」
「先程ラビリンス侯爵令息がおっしゃった通り、此度の治水事業は一年二年のお話ではございません。共用の水路と道路を領内に設ける以上、五年十年の竣工までで済むお話でもございません。恒久的な関係なのです」
「そうだよ。だから、僕達の婚約解消なんて、家が許さない。そうだろう?」
もはや哀願するような調子の侯爵令息。
なるほど。この婚約が壊れる事が、下手すれば廃嫡にも繋がる汚点だと理解していらしたのね。
それならばもう一歩、踏み込んで考えてほしかったですわ。
「ですから、その場しのぎに結婚するだけでは済まないのです。わたくしの寿命など知れています。カイル・ラビリンス以降の当主が、グラジオラスと血の繋がりのない者になるのでは意味がありません。いえ、次代の時点で、“本当の母と父を引き裂いた悪女の実家”として蟠りを生む危険がある以上、有害であるとさえ言えます」
わたくし達の婚約は、互いの家の結び付きを将来にわたって強固にする為のもの。
ラビリンス家にはわたくしを手厚く遇する義務があったし、わたくしには侯爵令息にとことん尽くす義務がありました。
そして何より、両家にとって良き次代を産み育てるのが、わたくし達の使命であったのです。
――昨日まで、それは上手くいきそうに思われました。
周りに不注意に恋人に入れ上げてはいたけれど、わたくしの前では、誠実な婚約者でしたし。
柔和に人を惹き付ける侯爵令息と、その傍らですかさず悪意を迎え討つ、懐刀のわたくし。社交の場ではそれなりの名コンビでした。
ただ、当人同士の相性はあまりよろしくなかったでしょう。
わたくしは、脇が甘く自分の都合のいいように物事を捉える侯爵令息を、仕様のない弟くらいにしか思えませんでしたし。侯爵令息は侯爵令息で、そういうわたくしの気の強さに萎縮していたようです。
……だからこそ、結婚前の火遊びくらいならと、目を瞑ってあげましたのに。
馬鹿ですわね。
「婚約解消、していただけますわね?」
わたくしとしてはお暇したいのですが、侯爵令息は婚約解消に頷かないまま、ウンウンと唸っています。
「な、ならば……リリスとの噂が消えるまで待とう!」
必死に知恵を絞ったらしい侯爵令息が、名案とばかりに変な事を言い出しました。
「待つ?その間、そちらの方が“恋人に捨てられた哀れな娘”と嗤われ、心無い方に言い寄られるのを、黙って見ていらっしゃるおつもり?」
鬼ですわね。
というか、ご令嬢を迎え入れた時点で噂が再燃すると思いますわ。
冷めた目で見ると、侯爵令息は絶句し動かなくなっています。
鬼じゃなかったみたいです。
「カイル様……」
「い、いや……すまないリリス。大丈夫だ、そんな事にはさせない。なんとかするから……」
具体策がゼロですわ。
まあ、うるうるお目々のご令嬢は、肩を抱かれただけで簡単に説得されて、感激してますけど。
さすがに可哀想になってきましたわね。
「そもそも、この婚姻においてわたくしの最大の使命は、次期ラビリンス侯爵を産む事です。白い結婚では意味がありませんわ」
「え?」
意表を衝かれた様子で目を丸くした侯爵令息が、とんでもない事を口走ります。
「白い結婚?次期当主が夫人の子なのは、当然の事だと思うが……」
「え?」
「えっ」
三者見つめ合ったまま、物凄い沈黙が流れました。
……この男、運命の人を最愛として家に迎え入れながら、貴族の義務を言い訳に、わたくしにも手をつける気だったようです。
まあ、敵国の虜囚を辱めで抱けるのが男ですし?愛がないくらい何程の事でもないのかもしれませんけれど??
当然ながら、最愛のご令嬢の了解は取っていなかったご様子です。
最低。
「な、なーんちゃってな!跡継ぎはもちろん大切だが、リリスの子を君の養子にすれば何も問題ないだろう?うん!」
……それでごまかせると思うなよ。
ですがまあ、わたくしは乗って差し上げるとしましょう。
後で運命の人にたっぷりなじられるがいいですわ。
――わたくしはわたくしで、取り繕ったつもりの言い分を、すっぱりさせていただきます。
「大問題ですわ。次期ラビリンス当主がグラジオラスの血筋である事が、肝心なのです」
「へ?」
「先程ラビリンス侯爵令息がおっしゃった通り、此度の治水事業は一年二年のお話ではございません。共用の水路と道路を領内に設ける以上、五年十年の竣工までで済むお話でもございません。恒久的な関係なのです」
「そうだよ。だから、僕達の婚約解消なんて、家が許さない。そうだろう?」
もはや哀願するような調子の侯爵令息。
なるほど。この婚約が壊れる事が、下手すれば廃嫡にも繋がる汚点だと理解していらしたのね。
それならばもう一歩、踏み込んで考えてほしかったですわ。
「ですから、その場しのぎに結婚するだけでは済まないのです。わたくしの寿命など知れています。カイル・ラビリンス以降の当主が、グラジオラスと血の繋がりのない者になるのでは意味がありません。いえ、次代の時点で、“本当の母と父を引き裂いた悪女の実家”として蟠りを生む危険がある以上、有害であるとさえ言えます」
わたくし達の婚約は、互いの家の結び付きを将来にわたって強固にする為のもの。
ラビリンス家にはわたくしを手厚く遇する義務があったし、わたくしには侯爵令息にとことん尽くす義務がありました。
そして何より、両家にとって良き次代を産み育てるのが、わたくし達の使命であったのです。
――昨日まで、それは上手くいきそうに思われました。
周りに不注意に恋人に入れ上げてはいたけれど、わたくしの前では、誠実な婚約者でしたし。
柔和に人を惹き付ける侯爵令息と、その傍らですかさず悪意を迎え討つ、懐刀のわたくし。社交の場ではそれなりの名コンビでした。
ただ、当人同士の相性はあまりよろしくなかったでしょう。
わたくしは、脇が甘く自分の都合のいいように物事を捉える侯爵令息を、仕様のない弟くらいにしか思えませんでしたし。侯爵令息は侯爵令息で、そういうわたくしの気の強さに萎縮していたようです。
……だからこそ、結婚前の火遊びくらいならと、目を瞑ってあげましたのに。
馬鹿ですわね。
「婚約解消、していただけますわね?」
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