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第1章―出会い
奴隷生活の始まり
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この学校には第一校舎、第二校舎と校舎が二つあり、その他に体育館棟が二つ、食堂兼生徒会館が一つある。もう一つ記念堂という謎の建物があるが、そこには生徒はあまり足を運ぶことにはならないらしい。
入学式が行われていた体育館は二つあるうちの校舎に接続されている方の体育館で、上履きのまま移動が出来る。もう一つの体育館は校舎からやや離れており靴に履き替える必要があるらしいが、そちらの方はあまり使わないらしい。室内運動系の部活で使うぐらいだと言う。
智也達1年1組の生徒は入学式を終え体育館から出て教室へと向かう。
教室は第二校舎の最上階にあり、靴を履き替えなくてもいいとは言え体育館からかなり遠い。まず第二校舎に入るために体育館を出てすぐに階段を上がらなければならない。そして第二校舎に着いたから安心かと思いきや、そこからまた3つも階段を上がらなければならない。そして階段のある校舎の端からもう片方の端まで、100メートル走一本できるほどの長い廊下をひたすら歩かねばならない。それらを乗り越え、ようやく教室に到着できるのだ。
そんなこんなで生徒は全員息を切らしながら、教室へと入っていった。
智也と春花、穂花の三人も、疲れ切った顔で椅子に座る。
そんな生徒を見て担任の大山先生は「みんな大丈夫?すぐ慣れるわよ」と言うが、智也はそんなはずはない、と思うのであった。
「……穂花さん、そこの席だったんだ」
暫くして智也は辺りを見渡し、今後の為に教室の全容を把握しようとした。一通り見渡した後、春花の席の前に座っている穂花を発見。先ほどの高揚感はスッカリ消え、落ち着いて話しかけることができた。もちろん緊張はしているのだが。
「あら偶然ね、鶴ヶ島くんもこのクラスで…しかも席がこんなに近いのね」
穂花はあたかも前々から知っていたかのように言う。
「穂花さん、もしかして俺がいることに気づいてた!?」
「当たり前じゃない。入学早々遅刻ギリギリでしかも女の子と一緒に来てる男の子に私が目を遣らないとでも思っているのかしら?」
「ご…ごもっともです…」
智也の口がごもる。
「じゃあなんで話しかけてくれなかったの?」
「川に落ちたのを助けてくれただけの人に話しかけるほど私はコミュニケーション能力の高い人間ではないわ」
「いやいやいや……むしろそこは気にかけてくれよ!女子高校生が川に落ちたところを助ける男なんて白馬で姫を助ける王子様と同レベルだぜ!?」
「それはそうかもしれないけれど、あなたは一度躊躇ったわよね?私が助けてって言わなければそのままずっと助けないでJKが溺れかけているのを楽しんでいたのでしょう?」
淡々と言う穂花に智也はきまりが悪そうに目をそらし、
「いや…あれは…その…何というか……穂花さんは身長が高いから大丈夫かなと思った訳でして……その…俺には罪はないと思いますが―」
「今なんて?」
目をそらした目線に穂花の怪訝な顔が割入ってくる。智也に逃げ場はないらしい。
「―あーはい!俺が悪かったです!JKを咄嗟に助けなかった俺は最低な人間です!王子様でも何でもありません!俺は王子様の隣で命令を聞くだけの奴隷ですよ!」
穂花の圧に屈した智也の発言に、彼女は満足そうに笑う。
「鶴ヶ島くんって面白いのね」
「お……お気に召していただいて光栄です女王様……」
机上に頭の額をつけ、言葉にならない声で言う智也。
「女王様……。なんかいい響きね。私気に入ったわ」
「えっ……?」
「私が女王なのであればあなたは奴隷ね。今日から奴隷として扱わせて頂くことにするわ」
「ど…奴隷……?」
「そうよ、奴隷よ。何か文句でもあるのかしら鶴ヶ島君?」
穂花はすっかり女王様気取りの態度に変わり、椅子の上で足を組み始めた。顔も先ほどの美しくも厳しい顔つきではなく、完全に女王の顔である。どちらかというと悪魔女であるのだが。
そんな穂花に智也は反論することもできない。
「……奴隷番号一番、鶴ヶ島智也。以後柳瀬川穂花様の奴隷として三年間務めさせていただきます……」
穂花は再び満足そうに笑った。もちろん悪魔女のような怪訝な顔つきのままで。
「あの……2人はどういう関係?」
そんな2人を見ていた春花が顔を少しひきつらせながら割り込む。
「あぁ、この人は…今日川に落ちてたんだ」
「…へ?」と春花が大きく首を傾げる。当たり前の反応だ。入学初日の朝っぱらから川に落ちている人など滅多にいない。そんなことが起きるのは二次元の世界だけだ。
「朝、俺の前をこの人―柳瀬川穂花さんが歩いていたんだけどな、途中の小橋でトラックに押されて落ちたんだ。んで、それを俺が助けたわけ。その後話していくうちにお互いにこの高校の新入生だとわかって別れたんだけど、偶然同じクラスだったってわけ」
「あ~、なるほどね」
春花は大きく頷いた。
すると女王穂花様も首を傾げる。
「えーと、私も質問して良いかしら。あなた達はどういうご関係?」
その言葉に反応したのは春花。腕を組み、目の奥の輝きに一層光を持たせながら得意げな顔をしている。
「智也とは小学生の時からの幼なじみでね、家族同士でも仲がいいから、毎年夏には旅行に行くほどなの。その時は毎回一緒にお風呂に入ってるし、毎回一緒の布団で寝てるし…まぁ、言ってみれば夫婦って感じ?」
「お前!!それは誰にも言わないって入学前に約束しただろ!そんなことがクラス中に知れ渡ったらどうなることか想像しただけでゾッとする……」
「でも本当のことじゃん」
大きく声を荒げて抵抗する智也とは裏腹に、春花は冷静に淡々と語る。
「ほ……本当のことではあるが……俺を巻き込むのはやめてくれ!お前が勝手に入ってくるだけだろ!?俺は悪くない!……穂花さん、俺がそんなことをする人に見えないでしょ?」
「…鶴ヶ島くんって意外と手が早いのね」
冷静沈着に状況判断した女王穂花。奴隷である智也の言葉を信じることはない。
「ち…ちがうんだ穂花さん!別に俺はこいつと夫婦ではない!毎年旅行に行ってるのは確かだが……こいつとは何の疚しいこともしてない!信じてくれ!」
「私……別に疚しいとか一言も言ってないけれど?」
穂花の冷え切った目線が智也の視界に強烈に侵入する。智也にもう弁解する余地はない。
「あぁ……」
敗北者智也は机に突っ伏し、ため息をついた。
もう終わった。穂花とのラブコメ展開はもう見込めない。幼なじみと一緒に旅行をして…しかも一緒にお風呂まで入ってると知られてしまった。いや、彼は実際受け付けていないんだが、春花が勝手にやっていることでもこの文脈からすれば第三者は彼が悪いと思ってしまうだろう。
そう思えば思うほど自分の頭が沈みに沈んでいく。もう机にめり込んでしまうんじゃないかこれ。
「…で、穂花…さん?智也を奴隷にするってどういう事かしら?」
机にめり込んでひび割れをおこす智也を完全無視し、ハイエナのように穂花を睨みつける春花。
しかしライオンはハイエナなんかに睨みつけられても全く動じない。
「文字通り、奴隷にするのよ」
穂花は冷静に言葉を放った。
「ちょっと待ってよ!智也を奴隷にするなんて私が許さないわよ!今日いきなり登場してきたくせに!たとえ美少女高校生でもそれは許せないわ!」
「あら、私のことを評価してくださるの?それは有り難いわ。でも、奴隷にするのを却下することは出来ないわよ。私には私の考えがあるの。それでも納得してくれないのなら……そうだわ、あなたも奴隷にしちゃえばいいじゃない」
「私も智也を奴隷に…?」
春花の目がキランと輝く。先ほどまでのハイエナは闇に消え、洞窟の中からミーアキャットが出てきた。
「……はい大丈夫です。2人で奴隷にしましょう」
満面の笑みで答えた春花。一度智也に目を遣ったが、彼の机のひび割れは更に酷くなっている。もはや机を貫通してしまうぐらいに顔の大部分が埋もれていた。
「……はぁ」
最大限の力を振り絞って発したため息。それが彼の最後の抵抗であった。もちろん二人に気づかれる筈はなく、無駄な一撃であったのだが。
高校生活一日目の学校行事がすべて終了し、3人は雑談をしながら学校の最寄り駅へと向かっていた。
まだ昼を過ぎたばかり。朝と変わらず太陽が燦燦と地面を照らし、所々点在していた水たまりも完全に消え、地面からの反射が暑苦しい。ブレザーを鞄にしまってYシャツ一枚で過ごせる暖かさだ。
「そう言えばほのかんってどこの中学校出身なの?家の最寄り駅が一緒なら近くの中学校だと思うんだけど…」
歩いている途中、ふと思い出したかのように穂花に尋ねる春花。
ちなみに『ほのかん』とは、智也奴隷会結成後に春花が穂花につけたあだ名だ。普通は穂花も春花にあだ名をつけるべきであるが、穂花はそれを何故か嫌がって普通に『春花さん』と言っている。
「私は…こっちの高校に入ることが決まったから引っ越してきたの。中学時代は北海道に住んでいたわ」
「「北海道!?」」
智也と春花の声が重なり、ただでさえ大きい驚き声が一層大きくなる。田舎道だからこそできることだ。渋谷のスクランブル交差点のど真ん中でこんな声を出したら痛い目を食らうに違いない。
「どうしてほのかんはこっちの高校に来たの?」
穂花が首を傾げる。首都圏からこの学校に来る人は山のようにいるが、わざわざ北海道から来る人は珍しい。
「…ちょっといろいろあったのよ。私にも言えないことがたくさんあるから、これ以上は追及しないでちょうだい」
穂花は下に俯きながらそう答えた。
知り合って間もないが、初めて見る仕草に春香は申し訳なさそうに言う。
「……ごめんなさい」
春香は深々と頭を下げた。一見完璧な人間に見えてしまう穂花でさえも、様々な事情があるのだ。それが自分も知っているような状況であれば訊くこともできるが、相手は今日知り合ったばかりでしかも育った環境も全く異なる人間。そんな人物の心の底を聞くにはまだ早い。
「引っ越しって…家族も一緒に来たのか?」
並ぶ二人の合間に後ろから顔を覗かせて尋ねる智也。
「いや、1人よ。私には小学生の妹が2人いるから、流石にその2人まで転校なんてできないって両親に言われて、私だけ引っ越したの。だから…奴隷が欲しいのよ。掃除とか手伝ってくれる奴隷が」
「そういう奴隷だったのか……」
「あら?言ってなかったかしら?」
「おそらくおっしゃってなかったと思いますが女王様?」
「あら、私が言ってなくてもそんなこと少し考えればわかるはずでしょ?私の奴隷になるのであれば、私の考えていることは全て把握しておいて欲しいものね。次から気を付けてちょうだい」
「は…はい。わかりました…」
さも当たり前のように言う穂花の前で、申し訳なさそうに身を竦める智也。
入学当日から初めて会った人の思惑なんて想像できるわけないだろうが…と思ったが、結局彼は反論できず、すぐ屈服してしまった。
そのまま歩き続けた一行は駅に到着し、電車に乗り込む。
普段は人の少ないこの時間帯だが、入学式を終えた新入生が本数の少ない三両編成の電車に乗り込むせいで車内はかなり混みあっている。真新しい鞄を肩に下げ、皴の少ない制服を着た人々が押し込まれているというのも中々珍しい光景だ。
すると中刷り広告に目を遣っていた春花が思い出したように手を叩いた。
智也と穂花が疑問に感じていると、
「そういえば、ほのかんは中学生の時は何部に入っていたの?」
春花は首を傾げながら訊ねた。
どうやら彼女は『新春楽器フェア』と書かれた近くの楽器店の広告を見ていたらしい。彼女は中高ともに吹奏楽部で楽器を吹いていたのだ。ちなみに智也も同じく6年間吹奏楽をやっていた。
「吹奏楽部よ」
穂花が答えると春花はキラリと目を輝かせ、
「え!?吹奏楽部だったの!?私と智也もそうだったよ!ちなみに何パート?」
「フルートよ」
「「フルート!」」
春花だけでなく智也も驚きの声を上げた。
まさか穂花が吹奏楽経験者でしかもフルート吹きだったとは。
「一緒じゃん!私もフルート吹いてたよ!智也はオーボエ!それなら一緒に入部しようよ!」
「確かにそうだな、穂花さんも入る気ならいっそのこと皆で入っちゃうか」
智也は高校では吹奏楽を続けようか迷っていた。勉強と部活の両立が心配だったのだ。この高校はただでさえ学力も高い上にやたら宿題を山のように出すという噂を中学時代から耳にしており、自分の楽器は中学卒業と共に押入の奥底にしまった。しかし穂花が入るとなれば智也もマイ楽器を引き吊り出してでも一緒に入部したい。例え勉強に追いつかなくても、今後の充実した恋のために。
彼は春花の意見に賛成した。
「そうね、私も一緒に入ってくれる人探していたから、ちょうど良いわ。しかも同じパートならば安心だわ」
穂花も首を縦に振った。
「じゃあ決まりだね!早速明日部活見学行ってみようよ!」
入学式が行われていた体育館は二つあるうちの校舎に接続されている方の体育館で、上履きのまま移動が出来る。もう一つの体育館は校舎からやや離れており靴に履き替える必要があるらしいが、そちらの方はあまり使わないらしい。室内運動系の部活で使うぐらいだと言う。
智也達1年1組の生徒は入学式を終え体育館から出て教室へと向かう。
教室は第二校舎の最上階にあり、靴を履き替えなくてもいいとは言え体育館からかなり遠い。まず第二校舎に入るために体育館を出てすぐに階段を上がらなければならない。そして第二校舎に着いたから安心かと思いきや、そこからまた3つも階段を上がらなければならない。そして階段のある校舎の端からもう片方の端まで、100メートル走一本できるほどの長い廊下をひたすら歩かねばならない。それらを乗り越え、ようやく教室に到着できるのだ。
そんなこんなで生徒は全員息を切らしながら、教室へと入っていった。
智也と春花、穂花の三人も、疲れ切った顔で椅子に座る。
そんな生徒を見て担任の大山先生は「みんな大丈夫?すぐ慣れるわよ」と言うが、智也はそんなはずはない、と思うのであった。
「……穂花さん、そこの席だったんだ」
暫くして智也は辺りを見渡し、今後の為に教室の全容を把握しようとした。一通り見渡した後、春花の席の前に座っている穂花を発見。先ほどの高揚感はスッカリ消え、落ち着いて話しかけることができた。もちろん緊張はしているのだが。
「あら偶然ね、鶴ヶ島くんもこのクラスで…しかも席がこんなに近いのね」
穂花はあたかも前々から知っていたかのように言う。
「穂花さん、もしかして俺がいることに気づいてた!?」
「当たり前じゃない。入学早々遅刻ギリギリでしかも女の子と一緒に来てる男の子に私が目を遣らないとでも思っているのかしら?」
「ご…ごもっともです…」
智也の口がごもる。
「じゃあなんで話しかけてくれなかったの?」
「川に落ちたのを助けてくれただけの人に話しかけるほど私はコミュニケーション能力の高い人間ではないわ」
「いやいやいや……むしろそこは気にかけてくれよ!女子高校生が川に落ちたところを助ける男なんて白馬で姫を助ける王子様と同レベルだぜ!?」
「それはそうかもしれないけれど、あなたは一度躊躇ったわよね?私が助けてって言わなければそのままずっと助けないでJKが溺れかけているのを楽しんでいたのでしょう?」
淡々と言う穂花に智也はきまりが悪そうに目をそらし、
「いや…あれは…その…何というか……穂花さんは身長が高いから大丈夫かなと思った訳でして……その…俺には罪はないと思いますが―」
「今なんて?」
目をそらした目線に穂花の怪訝な顔が割入ってくる。智也に逃げ場はないらしい。
「―あーはい!俺が悪かったです!JKを咄嗟に助けなかった俺は最低な人間です!王子様でも何でもありません!俺は王子様の隣で命令を聞くだけの奴隷ですよ!」
穂花の圧に屈した智也の発言に、彼女は満足そうに笑う。
「鶴ヶ島くんって面白いのね」
「お……お気に召していただいて光栄です女王様……」
机上に頭の額をつけ、言葉にならない声で言う智也。
「女王様……。なんかいい響きね。私気に入ったわ」
「えっ……?」
「私が女王なのであればあなたは奴隷ね。今日から奴隷として扱わせて頂くことにするわ」
「ど…奴隷……?」
「そうよ、奴隷よ。何か文句でもあるのかしら鶴ヶ島君?」
穂花はすっかり女王様気取りの態度に変わり、椅子の上で足を組み始めた。顔も先ほどの美しくも厳しい顔つきではなく、完全に女王の顔である。どちらかというと悪魔女であるのだが。
そんな穂花に智也は反論することもできない。
「……奴隷番号一番、鶴ヶ島智也。以後柳瀬川穂花様の奴隷として三年間務めさせていただきます……」
穂花は再び満足そうに笑った。もちろん悪魔女のような怪訝な顔つきのままで。
「あの……2人はどういう関係?」
そんな2人を見ていた春花が顔を少しひきつらせながら割り込む。
「あぁ、この人は…今日川に落ちてたんだ」
「…へ?」と春花が大きく首を傾げる。当たり前の反応だ。入学初日の朝っぱらから川に落ちている人など滅多にいない。そんなことが起きるのは二次元の世界だけだ。
「朝、俺の前をこの人―柳瀬川穂花さんが歩いていたんだけどな、途中の小橋でトラックに押されて落ちたんだ。んで、それを俺が助けたわけ。その後話していくうちにお互いにこの高校の新入生だとわかって別れたんだけど、偶然同じクラスだったってわけ」
「あ~、なるほどね」
春花は大きく頷いた。
すると女王穂花様も首を傾げる。
「えーと、私も質問して良いかしら。あなた達はどういうご関係?」
その言葉に反応したのは春花。腕を組み、目の奥の輝きに一層光を持たせながら得意げな顔をしている。
「智也とは小学生の時からの幼なじみでね、家族同士でも仲がいいから、毎年夏には旅行に行くほどなの。その時は毎回一緒にお風呂に入ってるし、毎回一緒の布団で寝てるし…まぁ、言ってみれば夫婦って感じ?」
「お前!!それは誰にも言わないって入学前に約束しただろ!そんなことがクラス中に知れ渡ったらどうなることか想像しただけでゾッとする……」
「でも本当のことじゃん」
大きく声を荒げて抵抗する智也とは裏腹に、春花は冷静に淡々と語る。
「ほ……本当のことではあるが……俺を巻き込むのはやめてくれ!お前が勝手に入ってくるだけだろ!?俺は悪くない!……穂花さん、俺がそんなことをする人に見えないでしょ?」
「…鶴ヶ島くんって意外と手が早いのね」
冷静沈着に状況判断した女王穂花。奴隷である智也の言葉を信じることはない。
「ち…ちがうんだ穂花さん!別に俺はこいつと夫婦ではない!毎年旅行に行ってるのは確かだが……こいつとは何の疚しいこともしてない!信じてくれ!」
「私……別に疚しいとか一言も言ってないけれど?」
穂花の冷え切った目線が智也の視界に強烈に侵入する。智也にもう弁解する余地はない。
「あぁ……」
敗北者智也は机に突っ伏し、ため息をついた。
もう終わった。穂花とのラブコメ展開はもう見込めない。幼なじみと一緒に旅行をして…しかも一緒にお風呂まで入ってると知られてしまった。いや、彼は実際受け付けていないんだが、春花が勝手にやっていることでもこの文脈からすれば第三者は彼が悪いと思ってしまうだろう。
そう思えば思うほど自分の頭が沈みに沈んでいく。もう机にめり込んでしまうんじゃないかこれ。
「…で、穂花…さん?智也を奴隷にするってどういう事かしら?」
机にめり込んでひび割れをおこす智也を完全無視し、ハイエナのように穂花を睨みつける春花。
しかしライオンはハイエナなんかに睨みつけられても全く動じない。
「文字通り、奴隷にするのよ」
穂花は冷静に言葉を放った。
「ちょっと待ってよ!智也を奴隷にするなんて私が許さないわよ!今日いきなり登場してきたくせに!たとえ美少女高校生でもそれは許せないわ!」
「あら、私のことを評価してくださるの?それは有り難いわ。でも、奴隷にするのを却下することは出来ないわよ。私には私の考えがあるの。それでも納得してくれないのなら……そうだわ、あなたも奴隷にしちゃえばいいじゃない」
「私も智也を奴隷に…?」
春花の目がキランと輝く。先ほどまでのハイエナは闇に消え、洞窟の中からミーアキャットが出てきた。
「……はい大丈夫です。2人で奴隷にしましょう」
満面の笑みで答えた春花。一度智也に目を遣ったが、彼の机のひび割れは更に酷くなっている。もはや机を貫通してしまうぐらいに顔の大部分が埋もれていた。
「……はぁ」
最大限の力を振り絞って発したため息。それが彼の最後の抵抗であった。もちろん二人に気づかれる筈はなく、無駄な一撃であったのだが。
高校生活一日目の学校行事がすべて終了し、3人は雑談をしながら学校の最寄り駅へと向かっていた。
まだ昼を過ぎたばかり。朝と変わらず太陽が燦燦と地面を照らし、所々点在していた水たまりも完全に消え、地面からの反射が暑苦しい。ブレザーを鞄にしまってYシャツ一枚で過ごせる暖かさだ。
「そう言えばほのかんってどこの中学校出身なの?家の最寄り駅が一緒なら近くの中学校だと思うんだけど…」
歩いている途中、ふと思い出したかのように穂花に尋ねる春花。
ちなみに『ほのかん』とは、智也奴隷会結成後に春花が穂花につけたあだ名だ。普通は穂花も春花にあだ名をつけるべきであるが、穂花はそれを何故か嫌がって普通に『春花さん』と言っている。
「私は…こっちの高校に入ることが決まったから引っ越してきたの。中学時代は北海道に住んでいたわ」
「「北海道!?」」
智也と春花の声が重なり、ただでさえ大きい驚き声が一層大きくなる。田舎道だからこそできることだ。渋谷のスクランブル交差点のど真ん中でこんな声を出したら痛い目を食らうに違いない。
「どうしてほのかんはこっちの高校に来たの?」
穂花が首を傾げる。首都圏からこの学校に来る人は山のようにいるが、わざわざ北海道から来る人は珍しい。
「…ちょっといろいろあったのよ。私にも言えないことがたくさんあるから、これ以上は追及しないでちょうだい」
穂花は下に俯きながらそう答えた。
知り合って間もないが、初めて見る仕草に春香は申し訳なさそうに言う。
「……ごめんなさい」
春香は深々と頭を下げた。一見完璧な人間に見えてしまう穂花でさえも、様々な事情があるのだ。それが自分も知っているような状況であれば訊くこともできるが、相手は今日知り合ったばかりでしかも育った環境も全く異なる人間。そんな人物の心の底を聞くにはまだ早い。
「引っ越しって…家族も一緒に来たのか?」
並ぶ二人の合間に後ろから顔を覗かせて尋ねる智也。
「いや、1人よ。私には小学生の妹が2人いるから、流石にその2人まで転校なんてできないって両親に言われて、私だけ引っ越したの。だから…奴隷が欲しいのよ。掃除とか手伝ってくれる奴隷が」
「そういう奴隷だったのか……」
「あら?言ってなかったかしら?」
「おそらくおっしゃってなかったと思いますが女王様?」
「あら、私が言ってなくてもそんなこと少し考えればわかるはずでしょ?私の奴隷になるのであれば、私の考えていることは全て把握しておいて欲しいものね。次から気を付けてちょうだい」
「は…はい。わかりました…」
さも当たり前のように言う穂花の前で、申し訳なさそうに身を竦める智也。
入学当日から初めて会った人の思惑なんて想像できるわけないだろうが…と思ったが、結局彼は反論できず、すぐ屈服してしまった。
そのまま歩き続けた一行は駅に到着し、電車に乗り込む。
普段は人の少ないこの時間帯だが、入学式を終えた新入生が本数の少ない三両編成の電車に乗り込むせいで車内はかなり混みあっている。真新しい鞄を肩に下げ、皴の少ない制服を着た人々が押し込まれているというのも中々珍しい光景だ。
すると中刷り広告に目を遣っていた春花が思い出したように手を叩いた。
智也と穂花が疑問に感じていると、
「そういえば、ほのかんは中学生の時は何部に入っていたの?」
春花は首を傾げながら訊ねた。
どうやら彼女は『新春楽器フェア』と書かれた近くの楽器店の広告を見ていたらしい。彼女は中高ともに吹奏楽部で楽器を吹いていたのだ。ちなみに智也も同じく6年間吹奏楽をやっていた。
「吹奏楽部よ」
穂花が答えると春花はキラリと目を輝かせ、
「え!?吹奏楽部だったの!?私と智也もそうだったよ!ちなみに何パート?」
「フルートよ」
「「フルート!」」
春花だけでなく智也も驚きの声を上げた。
まさか穂花が吹奏楽経験者でしかもフルート吹きだったとは。
「一緒じゃん!私もフルート吹いてたよ!智也はオーボエ!それなら一緒に入部しようよ!」
「確かにそうだな、穂花さんも入る気ならいっそのこと皆で入っちゃうか」
智也は高校では吹奏楽を続けようか迷っていた。勉強と部活の両立が心配だったのだ。この高校はただでさえ学力も高い上にやたら宿題を山のように出すという噂を中学時代から耳にしており、自分の楽器は中学卒業と共に押入の奥底にしまった。しかし穂花が入るとなれば智也もマイ楽器を引き吊り出してでも一緒に入部したい。例え勉強に追いつかなくても、今後の充実した恋のために。
彼は春花の意見に賛成した。
「そうね、私も一緒に入ってくれる人探していたから、ちょうど良いわ。しかも同じパートならば安心だわ」
穂花も首を縦に振った。
「じゃあ決まりだね!早速明日部活見学行ってみようよ!」
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