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第一章 始まり
14話 兄の家族
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マナフィールが部屋の扉を開ければ、そこには貴婦人と子どもが立っていた。深緑色の瞳、茶髪を綺麗に束ねて編み込みをしている女性が、ティアクリス・フォン・ファルシース。マナフィールの妻であり、シアリィルドにとっては義理の姉。小さな子どもは、両親の容姿を色濃く受け継いでおり、銀髪で瞳は深緑色だ。名をフィアーリスという。
マナフィールが中へと招くと、ティアクリスがフィアーリスの手を取って部屋へと入ってきた。そのままシアリィルドの側へ寄り、身を屈める。
「義姉上・・・」
「ご無沙汰をしております、シアリィルド様。お目覚めになられたと聞いて、安堵しておりましたが・・・まだ顔色は宜しくありませんね」
「・・・ご心配をお掛けして、申し訳ありません」
「そのように仰らないで下さいませ」
マナフィールと共に来ていたのならば、シアリィルドが屋敷に戻ってきた状態も知っているはずだ。優しい義姉が、何とも思わないわけがない。だからこその謝罪だが、ティアクリスは首を横に振る。
「私には心配することしか出来ませんから・・・今日も、フィアと共に女神様へ祈りを捧げておりました。願うことしか、出来ないこの身が悔やまれます」
女神。
この世界で信仰されている平和と豊穣の女神だ。世界の創造主とされていおり、世界を見通す神としてウェルダン王国でも唯一の宗教として崇めている存在だった。各国・地方に教会があるが、総本山は聖地でもあるアルリア法国にある。熱心な信者は総本山まで赴くというが、大多数は自国の教会で十分だと、法国まで向かうことはない。
今回も、王都にある大聖堂にティアクリスは出向いたということなのだろう。
「シアリィルド様がお目覚めになられたのは、祈りが届いたものと喜んでおりました・・・ねぇ、フィア」
「っ・・・」
声を掛けられたフィアーリスは、ティアクリスの手をぎゅっと握ったまま顔を上げていなかった。マナフィールもティアクリスも、娘の様子に首を傾げている。視線を合わせるように姿勢を低くとり、二人はフィアーリスの顔を覗きこむ。
「フィア、どうしたんだい?」
「ほら、ご挨拶なさい」
「・・・わ、たし・・・グスっ」
「フィア?」
鼻を啜る音がした。フィアーリスは泣いているようだった。だが、何故泣いているのかがわからない。
「シアリィルド、フィアの手を握れるか?」
「・・・わかりました」
苦笑しながら、マナフィールが頼んでくる。兄に請われれば断れない。ティアクリスと繋がれていない反対の手をマナフィールが持つと、ベッドの上に置かれているシアリィルドの手に重ねた。それを握る。力は入らないため、触っている程度に近い。それでも伝わるはずだ。少し熱いためか、重ねられた手は冷たく感じた。
「フィア・・・」
「シア、叔父さま・・・っ叔父さまぁ!」
シアリィルドが名を呼ぶと、バッと顔を上げ目尻に涙を溜めながら抱きついてきた。小さな身体でも、今のシアリィルドには抱き返すことは出来ない。顔を胸元に埋めながらも、泣いているフィアーリス。ゆっくりと手を動かして、その頭に手を乗せた。
「シア、叔父さま・・・し、しんじゃうかと、グズっ・・・おもい、ました。わ、わたし、こわくて、こわくて・・・うわぁぁぁん」
「そうか・・・」
フィアーリスはまだ4歳だ。何を説明されたとしても、シアリィルドが酷い怪我をして目を覚まさないということの衝撃が大きかったのだろう。実際、生死の境を彷徨っていたことは事実なので、フィアーリスの懸念は思い込みではなかったのだが、この小さな姪を不安にさせてしまったことには罪悪感を抱いてしまう。
「あらあら・・・この子ったら」
「随分我慢をしていたんだろう。私たちの前でも泣いていなかったんだよ。父としては寂しいが・・・シアリィルド、覚えておきなさい。決して忘れてはいけないよ」
「兄上・・・はい」
何を、とは聞かない。
シアリィルドが傷つけば、こうして心配をし涙を流す者がいること。悲しませることのないように、己の身を守らなければならない。今回はそれが出来なかった。まだまだ、シアリィルドは弱いということなのだろう。あの瞬間に、怪我を負うことを選択したのだから。これが統括団長であれば違う結果が出たのかもしれない。結果論に過ぎないが、もっと強くあらねばならない。シアリィルドは、そう決意したのだった。
マナフィールが中へと招くと、ティアクリスがフィアーリスの手を取って部屋へと入ってきた。そのままシアリィルドの側へ寄り、身を屈める。
「義姉上・・・」
「ご無沙汰をしております、シアリィルド様。お目覚めになられたと聞いて、安堵しておりましたが・・・まだ顔色は宜しくありませんね」
「・・・ご心配をお掛けして、申し訳ありません」
「そのように仰らないで下さいませ」
マナフィールと共に来ていたのならば、シアリィルドが屋敷に戻ってきた状態も知っているはずだ。優しい義姉が、何とも思わないわけがない。だからこその謝罪だが、ティアクリスは首を横に振る。
「私には心配することしか出来ませんから・・・今日も、フィアと共に女神様へ祈りを捧げておりました。願うことしか、出来ないこの身が悔やまれます」
女神。
この世界で信仰されている平和と豊穣の女神だ。世界の創造主とされていおり、世界を見通す神としてウェルダン王国でも唯一の宗教として崇めている存在だった。各国・地方に教会があるが、総本山は聖地でもあるアルリア法国にある。熱心な信者は総本山まで赴くというが、大多数は自国の教会で十分だと、法国まで向かうことはない。
今回も、王都にある大聖堂にティアクリスは出向いたということなのだろう。
「シアリィルド様がお目覚めになられたのは、祈りが届いたものと喜んでおりました・・・ねぇ、フィア」
「っ・・・」
声を掛けられたフィアーリスは、ティアクリスの手をぎゅっと握ったまま顔を上げていなかった。マナフィールもティアクリスも、娘の様子に首を傾げている。視線を合わせるように姿勢を低くとり、二人はフィアーリスの顔を覗きこむ。
「フィア、どうしたんだい?」
「ほら、ご挨拶なさい」
「・・・わ、たし・・・グスっ」
「フィア?」
鼻を啜る音がした。フィアーリスは泣いているようだった。だが、何故泣いているのかがわからない。
「シアリィルド、フィアの手を握れるか?」
「・・・わかりました」
苦笑しながら、マナフィールが頼んでくる。兄に請われれば断れない。ティアクリスと繋がれていない反対の手をマナフィールが持つと、ベッドの上に置かれているシアリィルドの手に重ねた。それを握る。力は入らないため、触っている程度に近い。それでも伝わるはずだ。少し熱いためか、重ねられた手は冷たく感じた。
「フィア・・・」
「シア、叔父さま・・・っ叔父さまぁ!」
シアリィルドが名を呼ぶと、バッと顔を上げ目尻に涙を溜めながら抱きついてきた。小さな身体でも、今のシアリィルドには抱き返すことは出来ない。顔を胸元に埋めながらも、泣いているフィアーリス。ゆっくりと手を動かして、その頭に手を乗せた。
「シア、叔父さま・・・し、しんじゃうかと、グズっ・・・おもい、ました。わ、わたし、こわくて、こわくて・・・うわぁぁぁん」
「そうか・・・」
フィアーリスはまだ4歳だ。何を説明されたとしても、シアリィルドが酷い怪我をして目を覚まさないということの衝撃が大きかったのだろう。実際、生死の境を彷徨っていたことは事実なので、フィアーリスの懸念は思い込みではなかったのだが、この小さな姪を不安にさせてしまったことには罪悪感を抱いてしまう。
「あらあら・・・この子ったら」
「随分我慢をしていたんだろう。私たちの前でも泣いていなかったんだよ。父としては寂しいが・・・シアリィルド、覚えておきなさい。決して忘れてはいけないよ」
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