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20.ウンディーネとアップルパイ
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「では、行ってきます」
「えぇ。楽しんでらっしゃい」
これからウンディーネ(本体?)の住処に初訪問の本日、文句なしの晴天。
馬車に乗り込んで、カラカラと回る心地よい車輪の音に耳を傾けながら外を見るとは無しに見ていると、
また、領民が思い思いに挨拶をしてくれる。
「本当に、良い領ですね……」
「えぇ。うちの領は水が豊富で肥沃な土地だから豊かなの。
気候も穏やかなせいか、領民も穏やかな人が多いわ」
笑顔で領民に手を振りながら母が言った。
「……領地は誰が継ぐのですか?」
「そうねぇ…私はセフィロス公爵家に降嫁したわけだから、婿養子ってわけにもいかないし…
孔雀さん、継いでみる?」
そんな、バーゲンセールの品物を気軽に「あげるよ」みたいな口調で言われても。
「い、いいです!だけど、この土地の事を愛してくれる人に継いで欲しいですね……」
「そうね……まぁ、その辺りは追々考えていきましょう。
親族の中で最適な人物を探すという事も選択肢としてはありますからね」
「そうですね」
20分ほど馬車を走らせてウンディーネの住処である湖に着いた。
森が湖を囲むようにあり、鬱蒼と生い茂っている訳でもないため、
光がほどよく入ってすごく気持ちいい。
入り口で馬車と業者さんに待っててもらって2人で徒歩で湖へ向かう。
母が持つ荷物がデカイのが気になる。しかも2つ。
手伝うと言ったら微笑まし気に見られて
「今はまだ持てないと思うわ。もう少し大きくなったらお願いするわね」と言われた。
5歳児の腕力じゃ話にならないらしい。悔しみ。
「うっわぁ……」
森が開けると、目の前に虹色に輝く湖が広がった。息を呑むほど美しい光景なのだが……
「か、かあさま……」
「あらあらあらあら。すっごく張り切っていらっしゃるわね」
目の前に、水で出来た魚たちがふよふよと泳ぎ回る光景が広がっていて度肝を抜かれた。
リュウグウノツカイみたいな見た目の長くて大きい魚や、
エンゼルフィッシュみたいな魚やルリスズメダイのような小魚、
見た事もないような魚が日の光を反射してキラキラ輝きながら勝手気ままに泳ぎ回る様は圧巻の一言だった。
『よく来たな、孔雀』
音が耳に届いて聞こえるというよりも、直接脳に語り掛けられたような声が響いた。
それは、老成した人間のような、成熟した大人のような、
子供のような……性別もどちらともいえない、なんとも奇妙な声だったが、不思議と落ち着く。
「はい、来ました。おまねきいただき、ありがとうございます」
『よい、よい。そんな畏まるでない。お前と私の仲ではないか』
どんな仲だよ。そんなに親密に交流をした覚えはないぞ———
などとそんな事は口が裂けても言えないんだけど。
普段のウンディーネだったら容赦なく言えるんだけど、
このウンディーネにはいつものように軽々しくは言えない何かがあった。
『ここに来てもらったのは他でもない。
お前の持つ稀有でありながら危険な能力に対する忠告と———』
「忠告と?」
ごくりと無意識に唾を飲み込んだ。
『その、あーーー……それ、あれだ』
なんだ
『その、持ってきておるだろう?』
「え?何を……?」
『え!?そんな!持ってきてないなどと言わないよな?!』
「え?え?え?」
「孔雀さん、どうしたの?」
「えぇっと、何かを持ってきてるだろう?と言われてるんですけど…」
「あぁ!」
母がポン、と手を叩いていそいそと木陰に置いていた籠をごそごそ漁りだした。
「はい、これですね」
『おぉーーーーーーー!!!!!!!』
「え?あっぷる・・・ぱい?」
しかもバカでかいんだが。なんだそれ。
「そうそう、それそれ!それを待ってたのだ!」
と狂喜乱舞しながら美しい人が姿を現した。
「え、だれ………」
「まぁ!もしかして、ウンディーネかしら?」
「久しいな、ジャネット。そういえばお前は私の声も姿も見るのは初めてだな』
「えぇ。いつも我れらのルチル領を守護してくださり、ありがとうございます。
お陰様で皆、豊かで健康な生活を送れていますわ」
『いいのだ。私がこの領地と領民が好きだからな。
お前たちの、変わらず私へ持ち続けている感謝や畏敬の念がそうさせているんだよ。
お前たちが幸福であればあるほど、私の力も増すというわけだ』
へぇー。win-winってやつか。なるほどなぁ。
そういえば、神様が存在し続けるためには人々の信仰心が必要だって聞いた事があるな。
母を見ると頬を染めて、感激した面持ちで目が潤んでいる。
そりゃそうか、神様に会ったようなもんだもんな。
守ってくれているわけだし、まさに、守護神だな。
『あー…それはそうと……ジャネット、その、手にあるアップルパイをだな』
「そうでしたわ!今回も、腕によりをかけて作りましたの!さぁ、どうぞ召し上がれ」
『う、うむ。ではいただこうかな』
母からバカでかいアップルパイを受け取ったと思ったら……ガパッと口が開いて、
そのままかぶりついた。ひぇ……2口で喰ったんだけど、この人。
そして、泣いてるんだけど、この人———人と言っていいのか分からんが。
『うまい……うまいぞ。久しぶりに食べた。色々食べたがやはり、
アップルパイはジャネットの手作りが一番だ』
「うふふふ。そう言って頂けると、作りがいがありますわ。
おかげ様で降嫁する事が決定いたしましたし、また作れますわ。
聞くところによると、孔雀さんの近くにいらっしゃるとか。
それであればいつでも食べて頂けますわ。他にも色々と作りたい物がございますの。
よろしかったら是非、食べて頂きたいわ」
『おぉ!おぉ!そうか、そうか。まぁ、本体を頻繁にそちらに行かす事は難しいが、
ジャネットのケーキを食べにそちらに行こう』
「嬉しいです」
何が何だか分からんが、どうやらウンディーネは母が作るアップルパイが大好物のようだ。
———俺も食べたかったな……ちょっと残念に思っていると
「まだお代わりもありますし、ちゃーんと孔雀さんのも用意しているのよ?」
微笑む母が菩薩に見えた。
ウンディーネの『なんだと?!今日はなんて良い日なんだ!!』と騒いでいる声が聞こえる。
人外の美形がアップルパイ、アップルパイと狂喜乱舞している姿はなかなかにシュールだ。
「えぇ。楽しんでらっしゃい」
これからウンディーネ(本体?)の住処に初訪問の本日、文句なしの晴天。
馬車に乗り込んで、カラカラと回る心地よい車輪の音に耳を傾けながら外を見るとは無しに見ていると、
また、領民が思い思いに挨拶をしてくれる。
「本当に、良い領ですね……」
「えぇ。うちの領は水が豊富で肥沃な土地だから豊かなの。
気候も穏やかなせいか、領民も穏やかな人が多いわ」
笑顔で領民に手を振りながら母が言った。
「……領地は誰が継ぐのですか?」
「そうねぇ…私はセフィロス公爵家に降嫁したわけだから、婿養子ってわけにもいかないし…
孔雀さん、継いでみる?」
そんな、バーゲンセールの品物を気軽に「あげるよ」みたいな口調で言われても。
「い、いいです!だけど、この土地の事を愛してくれる人に継いで欲しいですね……」
「そうね……まぁ、その辺りは追々考えていきましょう。
親族の中で最適な人物を探すという事も選択肢としてはありますからね」
「そうですね」
20分ほど馬車を走らせてウンディーネの住処である湖に着いた。
森が湖を囲むようにあり、鬱蒼と生い茂っている訳でもないため、
光がほどよく入ってすごく気持ちいい。
入り口で馬車と業者さんに待っててもらって2人で徒歩で湖へ向かう。
母が持つ荷物がデカイのが気になる。しかも2つ。
手伝うと言ったら微笑まし気に見られて
「今はまだ持てないと思うわ。もう少し大きくなったらお願いするわね」と言われた。
5歳児の腕力じゃ話にならないらしい。悔しみ。
「うっわぁ……」
森が開けると、目の前に虹色に輝く湖が広がった。息を呑むほど美しい光景なのだが……
「か、かあさま……」
「あらあらあらあら。すっごく張り切っていらっしゃるわね」
目の前に、水で出来た魚たちがふよふよと泳ぎ回る光景が広がっていて度肝を抜かれた。
リュウグウノツカイみたいな見た目の長くて大きい魚や、
エンゼルフィッシュみたいな魚やルリスズメダイのような小魚、
見た事もないような魚が日の光を反射してキラキラ輝きながら勝手気ままに泳ぎ回る様は圧巻の一言だった。
『よく来たな、孔雀』
音が耳に届いて聞こえるというよりも、直接脳に語り掛けられたような声が響いた。
それは、老成した人間のような、成熟した大人のような、
子供のような……性別もどちらともいえない、なんとも奇妙な声だったが、不思議と落ち着く。
「はい、来ました。おまねきいただき、ありがとうございます」
『よい、よい。そんな畏まるでない。お前と私の仲ではないか』
どんな仲だよ。そんなに親密に交流をした覚えはないぞ———
などとそんな事は口が裂けても言えないんだけど。
普段のウンディーネだったら容赦なく言えるんだけど、
このウンディーネにはいつものように軽々しくは言えない何かがあった。
『ここに来てもらったのは他でもない。
お前の持つ稀有でありながら危険な能力に対する忠告と———』
「忠告と?」
ごくりと無意識に唾を飲み込んだ。
『その、あーーー……それ、あれだ』
なんだ
『その、持ってきておるだろう?』
「え?何を……?」
『え!?そんな!持ってきてないなどと言わないよな?!』
「え?え?え?」
「孔雀さん、どうしたの?」
「えぇっと、何かを持ってきてるだろう?と言われてるんですけど…」
「あぁ!」
母がポン、と手を叩いていそいそと木陰に置いていた籠をごそごそ漁りだした。
「はい、これですね」
『おぉーーーーーーー!!!!!!!』
「え?あっぷる・・・ぱい?」
しかもバカでかいんだが。なんだそれ。
「そうそう、それそれ!それを待ってたのだ!」
と狂喜乱舞しながら美しい人が姿を現した。
「え、だれ………」
「まぁ!もしかして、ウンディーネかしら?」
「久しいな、ジャネット。そういえばお前は私の声も姿も見るのは初めてだな』
「えぇ。いつも我れらのルチル領を守護してくださり、ありがとうございます。
お陰様で皆、豊かで健康な生活を送れていますわ」
『いいのだ。私がこの領地と領民が好きだからな。
お前たちの、変わらず私へ持ち続けている感謝や畏敬の念がそうさせているんだよ。
お前たちが幸福であればあるほど、私の力も増すというわけだ』
へぇー。win-winってやつか。なるほどなぁ。
そういえば、神様が存在し続けるためには人々の信仰心が必要だって聞いた事があるな。
母を見ると頬を染めて、感激した面持ちで目が潤んでいる。
そりゃそうか、神様に会ったようなもんだもんな。
守ってくれているわけだし、まさに、守護神だな。
『あー…それはそうと……ジャネット、その、手にあるアップルパイをだな』
「そうでしたわ!今回も、腕によりをかけて作りましたの!さぁ、どうぞ召し上がれ」
『う、うむ。ではいただこうかな』
母からバカでかいアップルパイを受け取ったと思ったら……ガパッと口が開いて、
そのままかぶりついた。ひぇ……2口で喰ったんだけど、この人。
そして、泣いてるんだけど、この人———人と言っていいのか分からんが。
『うまい……うまいぞ。久しぶりに食べた。色々食べたがやはり、
アップルパイはジャネットの手作りが一番だ』
「うふふふ。そう言って頂けると、作りがいがありますわ。
おかげ様で降嫁する事が決定いたしましたし、また作れますわ。
聞くところによると、孔雀さんの近くにいらっしゃるとか。
それであればいつでも食べて頂けますわ。他にも色々と作りたい物がございますの。
よろしかったら是非、食べて頂きたいわ」
『おぉ!おぉ!そうか、そうか。まぁ、本体を頻繁にそちらに行かす事は難しいが、
ジャネットのケーキを食べにそちらに行こう』
「嬉しいです」
何が何だか分からんが、どうやらウンディーネは母が作るアップルパイが大好物のようだ。
———俺も食べたかったな……ちょっと残念に思っていると
「まだお代わりもありますし、ちゃーんと孔雀さんのも用意しているのよ?」
微笑む母が菩薩に見えた。
ウンディーネの『なんだと?!今日はなんて良い日なんだ!!』と騒いでいる声が聞こえる。
人外の美形がアップルパイ、アップルパイと狂喜乱舞している姿はなかなかにシュールだ。
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