樹くんの甘い受難の日々

生梅

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第二章

84.拉致られる

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「結局、佐久間は隠れ蓑だったわけだよな」

そう。表向きは佐久間の親衛隊が起こした不祥事で、本当の黒幕は宝生だった。
二転三転する錯綜っぷりに美鈴たちも翻弄されたから時間がかかったという事もある。

「でもさ、よく分かったな?佐久間という事で落ち着いたのに」
「そりゃあ、みぃだってそれなりだからね?」
「マサくん、その言い方…」
「それなり?」
「そっ。みぃの家もあいつらの家格に負けてないってこと。佐久間を探っていたら最終的には宝生に辿り着いた」
「えぇぇぇっ!!!!美鈴ってば!!!お坊ちゃまだろうってのは分かってたけど!」

宝生家ってのは元華族の家柄で、今は財閥系の巨大企業の一族らしい。当然、経済界に顔が利くため宝生家の腰巾着になりたがる奴らも多いんだとか。
学生時代に宝生との繋がりを作っておきたいという子息がわんさかいて、宝生はその頂点でふんぞり返ってるというわけらしい。
とはいえ、宝生がカーストのトップオブトップという訳ではなく、そこはそれ、他家と拮抗してバランスを保っているらしい。

御〇家のように幾つかの家のひとつが宝生家であり、朱雀家もそのひとつだった。マジか!実行委員長としての責任ゆえの発言で、委員長以上の権限はないと思ってたがまさかそんな隠された設定があったとは…!

「佐久間も大概だけど、宝生は本当に狡猾で陰湿な奴でさ。使えるものはなんでも使うし自分の手は汚さないし、躊躇なく蜥蜴のしっぽ切りするし…ほんっとに嫌い!」

話しているうちにどんどん興奮してきて美鈴の顔は真っ赤になって握った拳がぶるぶる震えている。なんていうか、美鈴の正義感がそうさせているのかもしれないけど、それを見ていたら俺のために滅茶苦茶怒ってくれていると感じて嬉しくて頬が緩んでしまった。

「ありがとな、美鈴。俺のために怒ってくれてマジで嬉しいわ」
「当たり前だよ!!……だからこそ今回あいつに出し抜かれてものすごく悔しいんだ。
こんな時に力を使いこなせない自分が不甲斐なくて情けないよ」
「美鈴…」
「だけど、僕、諦めないから!」
「うん…うん…本当にありがとな。美鈴の気持ちがすげぇ嬉しいし、それに救われるわ」
「だづぎぐぅぅ~ん」

また泣いて抱き着いてきた美鈴の背中をよしよしと撫でる。慰めているようで、実は俺自身が慰められてるような気持ちになった。
それが伝わったのか、今度は雅樹が俺らを引きはがす事はしなかった。

うん。俺、やっぱり世界一の幸せモンだな。




「お姫様♪」
「げっ」

最近はずっと登下校時は誰かしらが俺に着いてくれていたんだけど、今日は勝は部活で志木は急用、雅樹は家の用事があって久々に1人で帰ろうと校門を出たところで声をかけられた。見ると、牧がフェンスにもたれかかるようにして立っていた。

「牧!!!」
「わーい。名前覚えててくれてたんだね~。嬉しいよ」
「加害者の名前を忘れるかよ。お、おい。お前それいじょうこっちくんなよ!」
「うわ~。人をばい菌みたいに…傷つくなぁ」

あっち行けと、シッシと手で振り払うようにするとわざとらしく眉を下げた牧が哀れっぽい声でそうのたまった。

「ある意味ばい菌じゃねぇかよ」
「えーっ。俺と接触しても何もうつらないよ?性病だってちゃんと定期的に検査しているからクリーンだしっ!」
「高校生なのに定期的に検査するほどお前の性事情は乱れてるのかよ」
「うーん…否定できないね?」
「さいってー」
「相手も自分も守るためには大事だよ?誠実でしょ」
「……なにしに来たんだよ」
「なにってそりゃあ、お姫様とえっちするために?」
「はぁ?」

あまりの発言に口をパカッと開けて呆然としてしまう。

「おい。お前、頭おかしいんじゃねぇの?」
「そうだね。それは否定できないな」
「頭おかしいやつに付き合ってる暇はない。帰る。じゃーな」
「えぇぇぇ~。恋しくて恋しくて会いに来たのにぃ」
「知らねーよ!!俺は会いたくなかった。帰れよ」
「やーだぁぁー。ようやく1人の所に出くわしたんだもん。いつもは番犬と一緒でしょ?」
「は?え…お前、ストーカー?」
「中らずと雖も遠からず?」
「うっわ。マジかよ。やばい。こわい。きもい」
「あ!ちょ、ちょっと!彼氏に通報するのやめてよ!」
「おい!スマホ返せ!」
「返したら通報するでしょ!」
「当たり前だろ!おい!離せよ!ばか!変態!だーれかーぁぁ助けてぇぇぇえ!!」
「ちょっと!姫!!騒がないでよ~」

牧が小脇に俺をひょいと抱えて走り出したから焦って、あらん限りの声で叫びまくる。

「あれ?樹じゃん。どったの?楽しそうじゃん」
「田中っ!!良い所にっ!!雅樹か志木に連絡してぇぇぇええ!おれ、ピンチ!」
「はっ?へっ?えぇぇっ?!」
「田中くん!姫は全然ピンチじゃないから!通報いらないからね!じゃっ!!」
「たなかぁぁああ~~~マジで頼むよぉぉぉおおお~~」

無情にも田中の姿が遠ざかる。

「もうっ。お姫様の行動にびっくりだよ!」
「俺はお前の行動にびっくりだよ!」

バタバタ暴れるけど、牧はそんなにガッシリした体型じゃないのに安定して俺を抱えたまま走り続ける。…色々と自信を無くす。後はもう、田中の正しい行動に望みを託すしかない。

「はぁ~。びっくりした。予想外に運動しちゃったよ。この体力はお姫様に使うつもりだったのになぁ。もちろんエッチな意味でね?」
「知らねぇっつの。俺はしねぇよ」
「えーっ。絶対に相性いいって」
「俺は、愛情がないエッチはお断りだ」
「あるよ!溢れんばかりの愛情がっっっっ!!」
「俺にはねぇよ!!!」
「これから持てばいいじゃない!」
「ばっかじゃねぇの!無理に決まってんだろ」
「まぁまぁ…っと、ここら辺でいいかな?」

気が付けば人気の無い路地にいた。通りから離れた入り組んで奥まった先で、民家はなく周囲はどちらかといえば工場?とか廃墟になった企業の建物らしかった。

「ちょ、マジで怖いんだけど。なに?」
「んー?俺のお姫様とゆーっくり話したくてさぁ。本当はカフェとかがいいんだろうけど、今の状態じゃ一緒に入ってくれないでしょ?それに…」
「それに?」

牧の目がスッと細まり、その目に囚われて固まっていると牧の顔がどんどん近づいてきて呆然としている間にキスをされていた。
ちゅっ、と可愛らしい音がしてそのまま唇が触れそうな距離で俺を見つめたまま牧が囁いた。

「言ったでしょ?最後までしようね、って」

言い終わって貪るようにキスをしてきた。
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