樹くんの甘い受難の日々

生梅

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第二章

72.無自覚色男ホイホイ

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「ま、雅樹…」
「ん?どしたの?」
「あ、あのさ。一緒に帰らない?」
「あー…ごめん。みぃと約束してて」
「そ、そっか。分かった…」
「うん。本当にごめんね?」
「———あのさ」
「なに?」

(俺の事、避けてない?)

そう、言おうとしてやっぱり怖くてやめた。その一言を言ってしまうと一気に物事が進んでしまいそうな気がしたから。

「なんでもない」
「そう?」
「うん。じゃあ、頑張って」
「ありがと」

雅樹の側から足早に去って、姿が見えなくなると走った。もう、色々と限界だった。雅樹は明らかに俺を避けてる。そして、その代わりに朱雀とべったりになった。
2人は幼馴染っていうよりも、恋人みたいに距離が近くて、見ていて…すごく苦しくて不快だった。

「———ここだったか」

今日の委員会会場は聖上だったから、今日みたいに1人になりたい時はここに逃げ込むようになっていた。ベンチに座って、膝を抱え込んでそこに額を押し付けてうなだれていると、カサリと葉っぱを踏む音が聞こえて、次いで大我の声が聞こえた。

「ごめん。少し休んだら戻るから、先に戻ってて」

今、顔を上げたら涙がこぼれてしまう。涙が出ないように膝に瞼を強く押し付けた。
これまでの雅樹だったら、さっきみたいに俺が言いよどむと食い下がってきたし、予定だって代替案を絶対に出してくれた。
なのに、アッサリと断ったあとはもういいかな、とでも言うように俺を優しく突き放した。
そう、あれは雅樹に突き放された。恋人だから気づいた。
もう、嫌だ。委員会なんか引き受けなきゃ良かった。朱雀が、朱雀が雅樹を指名しなければこんな事にもならなかった!
また、どす黒い感情が沸いてそんな自分を激しく嫌悪した。

「樹」
「———大丈夫だって。戻ってて」

そう突き放すように言ったのに、ぎしりとベンチを軋ませて隣に大我が座った気配がした。

「樹、顔あげて」
「やだ」

いつものように頭を優しく撫でてくれるから、傷心の俺の心がぐらぐらと揺らいで涙腺が決壊してしまった。大我に気づかれないように息を殺すけど、鼻水まで出てきて静かにすすろうにも下を向いているから難しい。

「樹、無理しなくていい。おいで」

ぐいと腕を引っ張られて、体勢が崩れてしまった。慌てて顔を下に向けたままなんとか立て直そうとするのに、ぐいぐい遠慮なく引っ張られて気が付いたら大我の胸に抱きこまれていた。

「好きなだけ泣けばいい。無理するな」
「———ふっ」

もう、ダメだった。どうしたって我慢できなくて俺は子供みたいにワンワン声を上げて泣いた。その間、大我は何も言わずに背中を優しく撫でてくれた。

「も゛う゛、だいじょぶ。あ゛でぃがど」
「そうか」

静かにそう言うと、ハンカチで俺の顔を拭いてくれる。

「ハ、ハンカチ汚れる!!」
「気にするな。ハンカチは汚すものだ」
「ぷっ!なにそれ」
「———目が腫れてしまったな」
「うひゃ!」

大我に優しく瞼にキスを落とされて、あまりにも驚いて変な声が出てしまう。

「え。あの、大我さん?」
「なんだ樹さん」
「な、なにをされているのです?」
「キスです」

大我が俺の顔中に優しくキスの雨を降らしまくっている。なんで?

「!!!!」

唇の端にチュッとされて混乱の極み。
そのまま顔を離した大我がじっと俺を見つめながら親指で優しく俺の唇を撫でる。指の腹でトントンと軽くノックされて、キスの許可を取っているんだと気づいた。
それに気づいてカッと頭に血が上ってしまう。ダメ、だ。流されちゃダメ。したいと思ってしまったけど、ダメだ。断ろうと口を開けようとした瞬間、大我が何も言わずにキスしてきた。

「ん…」

ダメだと思うのに、傷心の心には大我の優しいキスが染みて、まずいと思うほどに離れがたくなってしまった。

「ふゎ…」

気持ちよくて口を開けたらするりと大我の舌が咥内に入ってきて俺の舌を絡めとった。そのまま舌を擦りあげられて、優しく吸われる。

「ん。はっ…ふん」

軽く舌と唇を甘噛みされたあと、唇を大我の唇で食まれてちゅっ…と音がして離れていった。

「な、な、にを…?」
「樹の泣き顔が煽情的で、止められなかった」
「ばか。なに言ってんだよ。ほんと、ばか」
「うん。馬鹿なのは訂正しない。けど、すまん。キスしたことは謝らない」
「は?———んむ」

また大我に咥内を貪られた。気持ちよくて心地よくて、気が付いたら大我の首に腕を回して縋っていた。



◇◇◇◇◇◇



「樹」
「なに」
「何があった」
「な、なんも?」
「嘘こけ!この野郎!」
「あだだだだ!」

ソローリと目を反らしたら首を強引に勝に向けられた。

「ごりって音がしたぞ!ごりって!!」
「それはすまん。で?何があった?」
「だからなんも…」
「嘘だね」
「な…」

勝はバカだ。しかし、バカ故に野生の勘が時々恐ろしく鋭い。時々だけど。

「樹ちゃん?」

後ろから圧が…圧がっ!!!!

「ほ、本当に何もねぇよ」
「強情めっ!でも上目遣いで睨まれても可愛いだけだぞ!可愛いっ!!」
「もがっ」

ぶちゅーーって感じでキスされた。

「ふぬぅ…なん、というか、えぇと…」
「うん」
「さ、寂しかったといいますか、はい」
「え?」
「みんな忙しいじゃん。だからそんな事いっても仕方ないし」
「「……」」
「ほ、ほらぁ~。そうなるから言いたくなかったんだよ!期間限定だし、そんな風に感じる俺が悪いんだし!」
「樹ぃ」
「樹ちゃん…」
「な、なんだよ」
「「可愛い……」」
「もがぁ」

勝と志木に正面と後ろから抱き着かれた。

「俺は、萌えという感情を噛みしめている…」
「尊いっていう感情はこういう事をいうのか…?」
「おい。お前ら何いってんだよ。てか志木まで勝みたいになってんじゃねぇよ」

ぎゅうぎゅうに抱きしめられながら頭に強めに頬ずりされてちょっと痛苦しいけど、久々の恋人の匂いと暑苦しさに泣きそうになるくらい満たされた。
気を抜いたら泣いてしまいそうで、ぐっと気合を入れる。
そして、本当の事———大我とキスしたこと———がバレなくてホッとした。

「ごめんね。樹ちゃん…もうちょっとだけ我慢して。俺らもすっげぇ我慢してる。本当はもっとイチャイチャしたい。可能な限りくっついていたい。けど、今は…」
「俺も。本当は俺の樹なんだって皆にアピールしたいくらい、いつもどおりくっついていたい。———特に、獅子尾」
「!!!」

一瞬体がギクリとこわばってしまったけど、バレなかったようだ。

「な、なに言ってんだよ。大我とは同じ補佐だから一緒にいるだけだし」
「「大我?」」
「ん?」
「いつの間に名前で呼ぶようになったんだ?」
「割と最近かな?でも別におかしな事じゃねーだろ」
「いぃや。なんかおかしいと俺の勘が言っている」
「お前の勘なんて打率低くてポンコツだろが」
「うぐぅ!」

な、なんとかごまかせたか?
でも別に名前呼びくらいおかしくねーだろ。同性だし。

「いやでも、やけに距離近くない?ちょっと前から感じてた事だけどさ、昨日は2人で休憩から帰ってきた時、獅子尾の野郎、樹ちゃんの腰に手を当ててたよな?」
「へ?そうだっけ?」
「そうなの。その後も、隙あらば樹ちゃんにベタベタ触りやがって…」
「樹っ!!!お前は無自覚色男ホイホイなんだからな!気を付けやがれ!!」
「なんだよ無自覚色男ホイホイって。知らねーし。……てか、お前自分が色男だと思ってるのか?」
「え!?違うの?樹の勝はイイオトコでしょ?!」
「言ってろ。バカ」
「ひどいっ!!」

一瞬ちょっとヒヤッとしたけど、勝と志木とのやり取りでささくれ立っていた心がほわほわとまるーくなってじわりと満たされた。
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