カミサマカッコカリ

ミヤタ

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センセイと弟子

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 市長に感謝されながら世界中に対する一斉放送で何があったのか知らせることになった。砂鯨を捕鯨しようとした犯人たちの末路と注意喚起のために。世界中で行われてもこまるのだ。盗賊団やら海賊がまねをしたら榛名は遠隔からでもそいつらを抹殺できる。ただ砂海を渡る海賊たちですら砂鯨には手を出さないというのにと呆れていた。世界中に戒めとして広めるとともにこういうことをやらかせば即座に対処するぞ。という脅しをかける。なお、市長は辞任することが決まった。放送が終わった後、即座に辞任し、榛名は砂鯨のルート変更は自分の部屋に帰らないとできないんだったという事実に頭を抱える。まあ砂鯨に手を出せば命は無いということがわかっただろう。
 あくまでも天罰が下るというニュアンスであったのに、榛名の元には術式者仲間から「お前だろ(笑)」メールが届いていた。恥ずかしいから特定やめて。と思う。一泊でも十分英気を養えたらしい出発するときに人質となった女性たちがお礼を言いにきた。何も出来ませんがと、それでも新鮮な野菜や魚介を沢山貰ったのでキッチン組は大喜びだ。早速下ごしらえしたり、さばいたりと忙しい。
「先生」
 声を掛けながら榛名の執務室兼プログラム室へと入ってきたのは松宮だ。榛名のキャラバンは王都ラウへ向けて大街道をのんびりと走っていた。和気藹々とするキャラバンの中で、一人表情が優れていないのを思い出した榛名はどうしましたと術式者たちに返信をしたためる手を止めた。百面相でもしているような顔に、ああ一番処理が追いついていないのがこの子だったなぁと改めて思う。榛名の中に打ち込まれた術式は榛名の命を食らい尽くす呪いそのもの。それと対抗するための力を対抗ウイルスとして自分の中に打ち込んでいる。第五のアレがこれの中身をちゃんと見ていなくてよかったと榛名は思った。正直死んだとさえ思ったのだから。今は天野のプログラムと拮抗している。あごの辺りのウイルスが引いてくれたので今は左目だけではなくほほまで覆うようにバンダナを巻いている。
「うん。私の部屋に行きましょうか」
 腰を上げて、榛名はベッドのある自室へと入った。防音のプログラムを立てて狭い室内だ、ベッドに腰掛けるように促すが座ろうとしない。仕方が無いので小さなテーブル用のいすに腰掛ける。
「どうしたの」
「先生は、神様ですか?」
「そうだよ。前から言ってるでしょう」
「言ってましたっけ?」
「言ってましたよ。君たちが信じてないだけで」
「信じろつったって、神様なんてそりゃ絵空事ぐらいの勢いでしょう。自称神(笑)ぐらいの勢いですけど、でも死んだ人を生き返らせる事なんて誰もできない。正直今でも驚いてるんです。割と混乱してるんです」
「私は間違いなく、君たちの神様だよ。この世界を作り出した張本人だ。天野はこの世界を壊した。これをごらん」
 両手のひらを見せる。その上にホログラムの何かが現れた。
「これ、は」
「これがこの星の本来の姿。私が作り出したもの。そして君はこのどこかに生まれて育つはずだったのだけれどね。天野が私の星にウイルスを流し込んで、結果大陸はすべて海に落ちた。砂鯨は補助プログラムの一部だったのだけれど、それも発動させた。中央に巨大な砂海を抱く円形状の大陸。それが今のこの世界。私はこの世界に吸い込まれた。無理やりね。中から修復する以外、私が元の世界に戻る事ができない。大陸、群島ごとにプログラム自体の補修をしているところだね。大陸の中にはいくつかの国があるから気の長くなるような話ではあるのだけれど」
「これ、カーヌラ神殿の壁画にあるやつだ」
「あー。よく残ってたと思った。神の怒りに触れて、大地は落ち、今の姿になった。でしたっけね。的確に捉えているなと。それでその神の怒りを鎮め、祈りをささげることにしたっていう事ね。神罰がくだらないように」
「そうです。でも、俺たちは世界がプログラムでできてて死ねばプログラムが消えるだけって、わかっているから」
「信仰というのはね、心のよりどころでもあるんだ。信仰自体に私は何も言わないけれどそれこそ人々が考えて作り出したものだから黙って見守っているだけだけれど、事実がしっかり伝わっているだけでもよしと思っていますよ」
「ああ、先生が本当に神様だから、先生が、死んだ人を復活させたからちゃんと神様だって思った。でも、なぜ殺したんですか?盗賊団は捕らえて人の手で裁くべきだったのではないですか?あのすごいやつ、普通の人間じゃ絶対生み出せないプログラムですよね。人間じゃかなわないですよね」
「君は、神を何だと思っているの。神の怒りに触れて、やさしく諭してもらえると思っているの」
 静かな声は、何の温度も感じさせない。びくりと体を震わせた松宮の顔が青ざめて赤くなる。
「砂鯨はね、本当にこの世界の救急措置のひとつなんだよ。特にこのラウは砂漠と荒野が九割を占める。山岳部には水があれどもそれがラウ都や砂漠部、ヨウラウなどの荒野部に届かない。つまり砂漠や荒野に人が住めなくなる。従来からここには水を供給できるように砂鯨を設置していた。この国に生きる九割の人間の、この国を行き来する人間の生命線というのはわかるでしょう。それを殺そうとされて怒らない人はいませんよ。砂鯨の代替わりは六百年に一回。まだあの砂鯨は若い。一国をつぶすつもり?」
「そんっ、そんな」
 ふぅと息をひとつ。
「神なんてね、傲慢なんだよ。そのときの気分しだいで慈悲を与え、罰を下す」
 足を組み、その太ももに頬杖をついて憂いた声で告げる。
「でも、先生は俺を救ってくれた」
「君はね、ちゃんと術式者になる子だったんだけど、私じゃなくて誰かのところで。私が術式者としてはイレギュラーなものだから、一人で回ろうって思ってたんだけれど、ウイルスのせいか君が本来出会うべき術式者よりも先に私が出会ってしまったので拾いました。本当なら君は私なんかよりもちゃんとした術式者の下にいるべきなのだけれどね」
「いやだ!」
「わがままに育ったね」
 思わず笑う榛名に、困ったように松宮は口を開く。
「俺は、先生の足手まといになっていませんか?先生が神様で、たまたま俺を拾ってくれて、弟子にしてくれて、でも先生は一人でできちゃうじゃないですか。リュエトとかグロックなんかよりも断然強い。なのにひっそりとまるでそんなことないかのように振る舞いますよね。術式者ランキングとかっていうランキングでも下から数えたほうが早いっていうかした一人しかいねーですけど。だけど、俺にとって先生は先生だけです。人間を生き返らせるなんてプログラム、ほかのやつらは扱えない。先生が、俺たちと違うってのはわかりました。先生が今回すごくご立腹だったのは知ってます。だけど、なら、俺のときにも村を助けてくれなかったんですか。神様がいるならなんで、善良な村人を、殺すんですか。あいつらこそ、神罰が下らなきゃいけないのに。先生は、無償で助けることはしないですよね。今回だけですよね、死んだ人を生き返らせたの。俺の父さんや母さんや村人たちを殺して回った盗賊団は、何もしてくれませんでしたよね。神様は平等ではないのですか?平等であればなんで村を救ってくれなかったんですか。彼女たちは助けて、俺のときは助けてくれなかったんですか。困っている人を全員助ければ、平等ですよね。争いもなくしてしまえば、平和ですよね。悪いやつを排除してしまえば、悲しまなくて、こんなつらい思いしなくてすみますよね。何で」
 叫ぶように言葉を重ねていく松宮に頬杖をとき、足を下ろして立ち上がった。わずかに背の高い弟子の額に指を当てる。
「黙りなさい」
 絶対的な命令。やっと松宮は自分が何を言っていたのか理解して口をはくはくと開閉させた。額にあてた指だけで松宮を押し、ベッドに据わらせる。よろけて、手を突いた松宮の額にあてたられた指ははずされていない。見下ろすような位置に榛名は立ち、口を開く。
「馬鹿か」
「せ」
「お前は馬鹿かと。さっきから言ってるけれど、私はこの世界を創造した神なのよ。神は基本的に手を出さない。君たちにすべては委ねられている。君の言うように平等で平和でなんの憂いも悲しみも怒りもない世界なんて、君たちはただ衰退し、死ぬだけだろう。種として生きていくことはできない。そういう世界もあるっちゃあるが、人形だよ。そこにすむのは人形だけだ。君が今感情をあらわにしているそれらはすべてなく、気候は落ちつき、平和だよ。だが、それだけだ」
「あ」
「つまらんと思わんか?私はつまらんと思った。私は最大の平等を与えている。死ぬという事だ。生まれ出たものはいずれ死ぬ。その長短はあろうが、死はそのすべてが平等だ。等しく死ぬ。死なぬならそれは、その世界のものではない。私は、この世界のものじゃない。今は天野のウイルスによって縫いとめられているだけだけれど、この世界における死という概念は私には通用しない。ウイルスで変質しているから若干そのへんは予測を含むがね。私はこの世界を祝福した。私が作り出した世界だから。すべては不平等だよ。生きとし生けるものは皆。だけれど、それでも君は多様な感情を持っているだろう。つらいこと悲しいこと苦しいこと。楽しいこと、うれしいこと。怒ったこと。幸福だと思ったこと。そのすべての感情は今君が生きていて初めて生まれるものだ。感じられるものだ。君がそうやって何で、と思う心もすべて不平等だから生まれるものだよ。松宮くん、今回彼女たちを生き返らせたのは砂鯨に絡んでの事だ。手引きしたのは天野というのがはっきりわかっている以上、彼女たちの全うな生を返してやらねばならない。だから君に奇跡を見せた」
 額にあてていた指をはずし、松宮の頭にぽんと手をおく。
「君の言いたいこともわかるけれど、私はこれ以上バグを増やすわけにはいかないんだよ。だから、世界は不平等だ。だからこそ君たちは生きていく。そういう風にプログラムしている。私にはこの世界のウイルスを除去して元の姿に戻すという使命がある。ウイルスの除去にはまだまだ時間がかかるから。できれば私に力を貸してほしい。君がいやだというのであれば別の術式者を紹介するけれど」
「なんで、なんでですか」
 ひゅうとのどからもれる呼気を一度飲み込み、声を震わせる。
「私が神様だというのを信じた上で、それでも私はこの世界の人間を全員助けるつもりはない。だけど、君はついてきてほしい。たぶん、君に出会うように調整されていたのかもしれないと思ったんだよ。君を助けたときに。だから、君を引き取って弟子にした。
 世界は不平等でできている。死だけが平等だ。これが当たり前なんだよ。そういう風にしているんだから。だから私は根幹たるそれに手を加えるつもりはない。何度もいうけれど、私は、この世界の創世神だから。君はどうしたいの」
「俺は、先生じゃなきゃいやだ」
「じゃあ、いいじゃない。いい大人が泣きなさんな」
「うああああああああああああああああああ」
 情報過多であらゆるものが一気に流れ込んだ松宮はパンクしたのだろう。子供のように腰にしがみついて泣くので榛名は頭をなでるしかできなかった。
 思い出すのは滅びた故郷。死んだ村人たち、両親。あの絶望の日。

 外に出て仕事をして、偶の休みに帰省した。松宮は一人山の中に入っていた。村は山脈のそばにあったので。そのときに取れる山の恵みを取りに出かけていた。だから知らなかった。戻ってきたときにはほぼ壊滅状態で、村中を盗賊団が蹂躙していた。松宮はすぐに見つかり、捕らえられて暴力を受けた。なぶり殺しの最中、もう意識も飛びかけた頃、榛名がやってきてそいつらを一掃した。鞭のような光の縄が盗賊たちをたたき、殴り、そして締め上げる。ほかの盗賊団を捕らえ、松宮は助けられた。治療を施されている間、村の様子を呆然と眺めていた。
「君、大丈夫?」
 榛名が声をかければうつろな瞳が榛名を見上げる。何かをいおうとして中途半端に開いた口が一度閉ざされた。
「術式者の先生ですか?」
「榛名という」
「せんせい、あそこバグってる」
 火の燃えているその中心にぽっかりと穴があいていた。
「ああ、確かにバグだ。君はプログラムが読めるのか」
「ああ、うん。読める。読めるけれど、術式者に弟子入りするのもなんだかなって思って。俺、キャラバン車とかバイクとか車とかの機械修理とメンテがすきなんですよ。作ったりするのも好きだけど。だから、町の工場で働いてて」
 目の前に、モニターを表示する。プログラムが流れているのを見て瞬きを繰り返し、榛名とモニターを交互にみやった。
「どこがバグなのか、わかるかい?」
「ここからここまで」
 プログラムをざっと読み込み、スクロールして範囲を指定するとそれをそのまま削除する。目の前にあった炎の穴が消えてそこには炎が家を燃やしていた。そこに水が飛んでくる。消火自体は消防団が行っているので生存者の保護を榛名は急いでいた。
「待っていなさい」
 そういって立ち上がって、救助活動を行っている消防団に混じる。その間それをずっと松宮は眺めていた。涙を流しながら。助かったという安堵と家族を、故郷を失ったという喪失感が松宮の中を荒らしていく。すべてが落ち着いて、自分の体も癒えて緑の治癒プログラムが消えても松宮はそこから動けなかった。もうまぶたも開かないほどに嗚咽も出ない。ただ吸い切れない呼吸がしゃっくりとなって漏れる。それでも涙は止まらなかった。
「君、私と一緒に来ますか?君は術式者の素質がある。プログラムを弄れるなら術式者に習って君は、術式者になったほうがいい。おいで。私の元に」
 手を差し出され、松宮はその手をとった。

 懐かしい思い出を引っ張り出し、結局この子はこんなにも感情豊かなのだと榛名は弟子を思う。村を滅ぼされ、自身も死ぬ目にあいながらそれでも時に故郷を懐かしみ、時にみんなと馬鹿騒ぎして、楽しいことも起こることも泣くことも、そのすべての感情を詳らかに変えていく。人間とはそうあるべきだと榛名は思う。
「私の元にいていいの?」
「先生がいいです」
「不満あるんでしょう」
「もう先生のことはカミサマカッコワライぐらいの勢いだから、いいです。神様が絶対に助けてくれないのはわかってたし。何度祈っても神様いないって思ってたから」
「隣にいるけど」
「それな」
「だから、先生に関しては、もう自称神様かっこ笑ぐらいでいいです。ちゃんと先生は助けるべきは助けてくれていますから、大丈夫。すみません。取り乱して」
「だから前から言っていたのに。ほら、ティッシュ。鼻かんで。ああ、私の洋服が」
「ずみまぜん」
「助けることはしない。だけれどこの世界を修復している。天野のウイルスプログラムのせいで内側に縫いとめられてしまっていますが」
「先生は先生の世界に戻れないということですか」
 何回も鼻をかんですっきりしたのか、涙を拭いた松宮が聞く。
「そう。天野のウイルスでこっち側に縫いとめられているからね。向こうからでもだいぶ手間のかかるウイルスを内側から修復するのは時間がかかるんだ。修復されたくなかったのだろうけれど」
「あの人は嫌いです。先生に害をなそうとしてるし、この世界滅ぼすって言ってましたよね」
「子供みたいなこといわないの。その辺は少々考えています。私がここにいたら何もできないのだけれど、どうにか手を打てないかと。第三次元がどうにか障壁になっているようだけれど。私の体についてもだし、さすがにちょっと後手にまわりすぎててね。私がここから抜けだせる条件がわからないから第一次元に戻りたくても戻れないのよね」
「あいつもう一回捕まえればいいと思います」
「探知できない人をどうやって捕まえろっていうんです。どうせ行く先々でちょっかい出してきそうだけれど。とにかく王都に向かい、山脈に行きましょう。崩落しているというのだったら、何かバグが原因かもしれないでしょ」
「わかりました。先生、増幅装置返してください。つかっちゃったほう。それをギターに組み込んどきますから」
「あ、はい」
 ベッドから腰を上げた松宮を執務室へと追い出し自分は着替える。それが終わると改めて執務室へと戻り、机のそばにかけてあったコートのポケットから赤い水晶を取り出した。それを松宮に渡せば、じっくりと検分する。
「使ったのって一回だけですか」
「そ、彼女たちを慰めるために歌ったときだけ。あれは鎮静効果を高めるために増幅させたから。その前に割りとでかいプログラムつかったでしょう。だから負担を減らしたくてね」
「了解しました。これ後九回ですね」
 それを握り、出て行く姿を見送ってどさりといすに腰掛けた。
「まったく、まだ子供なんだから」
 そうやって額を押さえながらそれでも毒の抜けたような松宮に安心したのだった。
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